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第三話「ケンプフェルト、軍師の懸念を知る:前編」

 統一暦一二一五年十月二十一日。

 グランツフート共和国中部ヴァルケンカンプ市郊外、中央機動軍駐屯地。ゲルハルト・ケンプフェルト元帥


 昨日、グライフトゥルム王国の国王ジークフリート陛下の一行がやってきた。

 昨夜は兵たちと歓迎の宴を行っているが、ジークフリート王は王子時代と同じく、兵士たちに交じって酒を酌み交わしていた。


(以前より大人びたな。それによい感じに自信も付けている。四聖獣様にはっきりと意見を言ったと聞いたが、なかなかの若者になった。マティアスが指導しただけのことはある……)


 朝食の後、互いの情報を交換し、今後について協議することになった。

 王国側の出席者はジークフリート王とマティアス、外務卿のヴィリバルト・フォン・ルーテンフランツ子爵、近衛連隊長になるアレクサンダー・ハルフォーフの四名だ。


 我が方からは儂、ロイ・キーファー将軍、フランク・ホーネッカー将軍、ダリウス・ヒルデブラント将軍の四名だ。


 この中でルーテンフランツ子爵のみ旧知の間柄ではないが、一緒に戦った者が多いため、自然な感じで話し合いは始まった。


「まずは儂から我が国の状況を説明しましょう。まあ、千里眼(アルヴィスンハイト)殿がいるから、ご存じだとは思いますがな」


 マティアスの情報収集能力は優秀というより異常というべきレベルだ。

 下手をすると、儂より我が中央機動軍のことを知っている可能性すらある。


「中央機動軍はほぼ平時の体制に戻しています。ただ、王国への帝国の侵攻を考慮し、一個師団は即応できるように準備は怠っておりませぬし、法国側の国境の町クルッツェンはまだ占拠したままです……」


 五月一日に行われたランダル河殲滅戦から半年近く経っているが、法国との停戦協定は未だに正式に結ばれていない。これは北方教会領軍が禁忌を冒し、四聖獣である鷲獅子(グライフ)様より制裁を受けたという情報が入ったためだ。


 神の代行者である鷲獅子様の制裁を受けた国と安易に協定は結べない。下手をすれば、我が国まで制裁の対象となりかねない。また、停戦協定の条件である王国軍の捕虜が解放されたという情報も入っていないことも理由の一つだ。


「そのため、法国軍の捕虜二万は未だにこの周辺で開拓に従事しております。マティアスの策通り、奴らに相互不信の種を蒔いたから、組織だって反抗する者はもちろん、脱走を試みる者もほとんど出ておりません。奴らは帰国することだけを願い、真面目に働いているという感じですな。そのお陰で開拓がずいぶん進んでおります」


 マティアスは二万人にも及ぶ法国軍兵士を百人ずつのグループに分け、それぞれに担当区域を定めて開墾作業に当てる案を提案してきた。


 更にそのグループの中で進捗がよいところには食料を手厚く分配し、サボっているグループには最低限の食料しか与えないという“飴と鞭”を使い分けることも提案している。


 また、各グループは相互に接触することなく孤立しているため、大規模な反乱は計画すらできない。


 それに加え、定期的に帰国の可能性について情報を与えており、下手に逆らって帰国が遅れることを怖れており、協力的な態度の者が多かった。


 この管理のお陰で、手付かずだったヴァルケンカンプ周辺の原野は見事に開拓され、今では千人以上の農民が入植している。


「それはよかったですね。捕虜の管理を提案した手前、失敗したらどうしようかと思っていましたから」


 マティアスはそう言って笑っているが、儂らの中に失敗すると思っていた者は誰もいなかった。それほど完璧な計画だったのだ。


「儂からの報告は以上です」


 儂の言葉にジークフリート王が頷く。


「貴国の状況はよく理解できた。こちらからも簡単に我が国の状況を説明しよう。マティアス卿、よろしく頼む」


 マティアスは小さく頷くと説明を始めた。


「我が国では国政と軍制の改革を行うことにしました。既に実行することは陛下の命により決定されており、来年四月一日に組織改正、再来年の一月一日から施行となります。具体的な内容ですが……」


 マティアスは流れるように説明していくが、その驚くべき内容に儂らは言葉を失っていた。しかし、儂は一抹の不安を感じていた。


(ずいぶん大胆な案だな。マティアスなら上手くやれるのだろうが、これほどの大規模な改革が上手くいくのだろうか……)


 彼の説明は更に続いていく。


「……軍については王国軍として一元化し、中央軍と各方面軍により防衛と治安維持を行います。防衛については、当面は東部方面軍によるシュヴァーン河の防衛強化を図り……」


 王国騎士団を拡充するのではなく、全く別の組織にすることに頭がくらくらする。


「……王国軍司令長官にはラザファム・フォン・エッフェンベルク侯爵が就任し、全軍を統括します。また、東部方面軍にはハルトムート・フォン・イスターツ男爵を副司令官とし、ラウシェンバッハ騎士団を東部方面軍第二師団として、その配下に組み込みます。これにより、これまで通りの侵攻作戦であれば、充分守り切れると考えております」


 その言葉に少し引っかかった。


「これまで通りの侵攻作戦か……つまり、これまでと違う策であれば不安があるということか?」


「その通りです。この会議で一番話したかったことがまさにそれなのです」


 マティアスはそう言うと、地図を取り出した。


「貴国とシュッツェハーゲン王国との国境には貴国側にマッセルシュタイン城が、シュッツェハーゲン王国側にグラオザント城があります。その北にはツィーゲホルン山脈、フォーゲフォイヤー砂漠、ベーゼシュトック山地という天然の要害がありますが、そこに帝国が街道を整備しつつあります」


「その話は聞いている。だが、五十人程度の隊商でも通行が難しいと聞く難所だ。街道を整備したとしても一万人規模の軍を移動させることは不可能だろう」


 軍を移動させるためには道があればいいというわけではない。

 十分な広さの野営地がなければ休息もままならないし、潤沢な水源がなければ、水の運搬が必要になる。


 補給物資を運ぶ輜重隊も食糧や飼葉、水を必要とするから、険しい山や砂漠の中に道ができたとしても大軍を運用することは現実的ではないのだ。


「元帥閣下のおっしゃる通りですが、帝国は補給物資の集積所を整備しつつ、街道を作っているようです。また、フォーゲフォイヤー砂漠ですが、東の端、つまりツィーゲホルン山脈にちかいところは砂漠というほど乾燥しているわけではありません。山脈から水を引けば、水源を確保することができるのです」


 この情報は初耳であり、儂ら全員が驚く。


「つまりだ。帝国の奴らは道だけではなく、本格的な侵攻ルートを整備しているということか……シュッツェハーゲンはどの程度把握しているのだ? ツィーゲホルン山脈から抜けた先はグラオザント城だが」


 儂の言葉にマティアスは表情を暗くする。それだけで何となく事情が分かった。


「警告は何度も発しているのですが、あそこを大軍が抜けてくることは不可能と思い込んでいるようです。もっともグラオザント城の兵力を増強するだけではあまり意味はありませんが」


「それはどういう意味だろうか? あの辺りの地形について詳しくないので、教えていただきたい」


 ダリウスが質問するが、ロイとフランクも大きく頷いている。もちろん儂も知りたい。

 マティアスは小さく頷くと、説明を始めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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