第二話「軍師、帝国に対する懸念を伝える」
統一暦一二一五年十月七日。
グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ伯爵領、領主館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
王都を出発した後、船を使って商都ヴィントムント市に入り、そこからエンテ河を遡上して我が領地の領都ラウシェンバッハに入った。
ここでも民たちが大勢で出迎えてくれ、その中を進んで領主館に入る。
「相変わらず、卿の人気は凄いな」
国王ジークフリートが笑顔で言ってきた。
「今回は陛下を歓迎する声の方が大きかったですよ。何と言っても、最初の行幸の地に選ばれたのですから」
ヴィントムント市にも入っているが、早朝に到着したため、宿泊することなく、すぐに出発している。エンテ河では途中で一泊したものの、船着き場があるだけの小さな村ということで、本格的に訪問するのはラウシェンバッハ市が最初だ。
これは国王がそうしたいと考えたためだ。
『卿に対する信頼を表しておきたい。王国改革の助けになるだろうから』
国政改革と軍制改革については、今のところ受け入れられているが、具体的に動き始めれば、反発されることは間違いない。
国政改革は宰相が仕切り、軍制改革は妻のイリスと司令長官であるラザファムが主導するため、反発する者たちは若い国王に直訴しようと考えるだろう。しかし、その国王が発案者である私を強く支持していれば、その者たちも打つ手がなくなる。国王はそれを狙ったのだ。
到着の翌朝、国王は領民に対して演説を行った。
『我が国が守られたこと、そして私が王になれたのはここにいるマティアス卿とラウシェンバッハ領の兵士諸君のお陰だ! そのことに私は大いに感謝し、最初の行幸の地としてここを選んだ! しかし、国難はまだ去っていない! 帝国は野心を隠さず、兵力を増強させつつある。諸君らは領主であるマティアス卿を助け、我が国の平和を守るために尽力してもらいたい!』
その言葉に民衆たちの万歳と拍手が響き渡る。
(圧倒的な人気だな。謙虚だし若くてやる気もある。それに演説も上手くなってきた。あとは驕らないように導いていくだけだな……)
王の姿を見ながら、そんなことを考えていた。
ラウシェンバッハからもエンテ河を使い、共和国との国境ゾンマーガルト城まで進む。
護衛であるラウシェンバッハ騎士団の第三連隊と偵察大隊は先行しており、ゾンマーガルト城で合流することになっていた。
十月九日、ゾンマーガルト城に到着した。
そこにはラウシェンバッハ騎士団だけでなく、城外にはグランツフート共和国軍の一個連隊二千名が待機していた。
共和国軍の将軍、フランク・ホーネッカー将軍が私たちを出迎えてくれた。
すらりとして背の高い武人が、優雅に片膝を突き、首を垂れる。
「ジークフリート陛下、数ある戦いを勝利に導き、即位されたこと、心よりお祝い申し上げます。これより先は我が軍も陛下の盾となるべく、同行させていただきます」
「共に戦った共和国軍が同行してくれるとは心強い。だが、将軍を含め、皆私の戦友なのだ。あまり肩肘の張ったことはなしにしよう」
国王は笑顔でホーネッカー将軍に伝える。
この辺りもすべてアドリブだが、ホーネッカー将軍を始め、共和国軍の将兵もその話を聞き、喜んでいた。
今のところ順調だ。しかし、ここからは陸路ということで一日当たりの移動速度は一気に落ちる。但し、共和国軍は騎兵中心だし、ラウシェンバッハ騎士団も徒歩だが獣人兵であるため、一日三十キロメートル以上進める。一番足を引っ張っているのは馬車に乗る私だ。
大陸公路を三千三百ほどの軍が南下していく。
多くの商人が行きかう街道だが、事前に通知されているため、特にトラブルが起きることはなかった。
十月二十日。予定通り、共和国中部の主要都市、ヴァルケンカンプ市に到着した。
ここでも熱狂的な歓迎を受ける。
市内に入ると、市民たちが花びらを撒いて、万歳を何度も叫んでいる。
「ジークフリート陛下、万歳!」
「王国、万歳!」
「ラウシェンバッハ騎士団、万歳!」
六万五千というレヒト法国の大軍が狙っていたのはこの町だ。その大軍を僅か一日で殲滅した連合軍で最も活躍したラウシェンバッハ騎士団の兵士たちは、この町の人々にとって英雄と言っていい。
ランダル河殲滅戦の後、ここに寄っているが、その時はすぐに王国に戻る必要があり、郊外の駐屯地で休息しただけで、市内にはほとんど入っていない。
そんなこともあり、市民たちは私たちを熱烈に歓迎してくれたのだ。
市の中心にある市庁舎に入ると、市長を始めとした共和国の役人が出迎えてくれた。
その中には見知った偉丈夫の姿があった。
「ケンプフェルト閣下、お元気そうで何よりです」
「連戦で体調を崩したと聞いていたが、マティアスも元気そうでよかった」
共和国の守護神、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥が待っていたのだ。
元帥は国王の姿を見て、片膝を突き、大音声で祝福の言葉を述べた。
「国王となられたこと、心よりお祝い申し上げます」
「元帥は我が戦友というには偉大過ぎるが、共に戦った仲だ。以前と同じように接してくれると嬉しい」
「そう言っていただけると嬉しいですな」
国王の言葉に元帥は笑みを浮かべている。
市庁舎であいさつを受けた後、郊外の共和国軍の駐屯地に向かった。
これも国王の提案だが、保安上の理由を付けて、共和国政府に了承してもらっている。
駐屯地に入ると、中央機動軍の兵士たちが出迎えてくれた。
彼らとは半年ほど前に一緒に戦った仲であり、特に私に対する声が多かった。
「マティアス卿の人気は凄いな」
市内から近いということとケンプフェルト元帥と一緒であるため、国王と私も騎乗で移動している。
「儂もそう思いますな。マティアスが我が国に来たら、すぐにでも国家元首になれまずぞ」
共和国は限定的な民主制国家だ。最高運営会議という組織が国家を運営している。
国家元首はその最高運営会議の議長を指すが、元帥の言葉はジョークに過ぎない。
なぜなら、選挙権は高額の税を収めた商人や地主のみに与えられ、彼らの権益を守る者を議員として選出する。その議員の中から議長が選ばれるため、選挙権を持たない民衆や兵士に人気があっても議長になれるわけではないからだ。
「それは困るな。我が国の将来の宰相を奪われるわけにはいかないからな」
国王も笑いながらその冗談に乗る。
「真面目な話、マティアスに恩を感じている者は多いのです。我が国に長期にわたる平和をもたらしてくれましたからな」
ランダル河殲滅戦で共和国の直接的な脅威である東方教会領軍はほぼ全滅している。その戦力が回復するには二十年以上掛かると考えられており、勝利に貢献した私に感謝しているらしい。
「そのことですが、明日にでも閣下と将軍方にお話があります」
私が真剣な表情でそう言うと、元帥も真面目な顔になる。
「帝国のことか? 儂はあまり心配しておらんのだが」
一応、同盟国である共和国にも情報は流しているため、私が何を懸念しているのか、すぐに理解したようだ。
「はい、そのことです。特に閣下にはいろいろとお願いしたいことがありますので、お時間をいただきたいと思っています」
ケンプフェルト元帥は共和国の中央に駐屯する中央機動軍と呼ばれる主力部隊の総司令官だ。
中央機動軍は東方教会領軍と戦うだけでなく、我が国への援軍として派遣される軍だ。
「承知した。だが、この場は兵たちに応えてやってくれ。お前への感謝の気持ちなのだからな」
「そうですね」
私もその言葉に頷き、笑顔に戻し、兵士たちに手を振り返した。
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