第一話「軍師、聖都に向けて出発する」
新章の始まりです。
統一暦一二一五年十月三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮前。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
一昨日、王国改革の詔勅も発布された。改革については関係者に引継ぎも終え、とりあえず王都で行うべきことは片付けた。
この間に王都を去った者たちがいる。
先王フリードリッヒ五世は新国王即位の興奮が収まった九月二十四日、静かにグライフトゥルム市に向かった。その表情は晴れやかで、ようやく恐怖から解放されたという感じが伝わってきた。
『これで兄上も平穏な暮らしができるだろう……』
国王はそう呟きながら、見送っていた。
我がラウシェンバッハ領の兵士たちも王都での戦勝記念式典と国王即位式典に参加した後、家族と共に王都観光を楽しみ、一週間ほど前にほぼ全員が王都を出発している。
他にも地方の貴族たちも出発しており、王都は日常を取り戻しつつあった。
そんな中、私はジークフリート陛下の随行員として、レヒト法国の聖都レヒトシュテットに向けて出発する。
同行するのは、外交使節団として外務卿のヴィルバルト・フォン・ルーテンフランツ子爵と外務官僚五名と、護衛として近衛隊長であるアレクサンダー・ハルフォーフと近衛兵十名、黒獣猟兵団に十名、カルラら陰供十名だ。
国王の一行として随行者が僅か三十七名というのは非常に少ない数だ。
これは海路を使うため、魔獣の襲撃を受けない人数に制限する必要があるためだ。実際、この少ない人数でも二隻に分乗する必要があるほどで、これ以上増やすことは現実的ではない。
アレクサンダー率いる近衛兵だが、我が領の獣人族から選抜された。
以前の近衛兵の多くが、ヴォルフタール渓谷の戦いで戦死し、残っていた者はマルクトホーフェン派が多く、新国王の即位に伴い、一気に入れ替えたのだ。
ちなみに近衛兵も軍制改革の対象で、中央軍に属する一千名の近衛連隊となる。その連隊長にはアレクサンダーが内定しており、近衛兵も改めて選抜されるが、実力主義で採用されるため、その多くが我が領の獣人になる予定だ。
この近衛連隊だが、王宮内の守りだけでなく、実戦部隊としても考えている。エンツィアンタールの戦いで獣人族精鋭部隊の有用性が証明されたためで、“黒騎士”の異名を持つアレクサンダーが指揮する切り札的な部隊にするのだ。
近衛兵の装備だが、アレクサンダー以外は白を基調としている。これは儀仗兵でもあるためで、隊長であるアレクサンダーも同じ色にすべきだが、ジークフリート王がそれを止めている。
『アレクには黒が似合う。それに近衛兵が白い装備で統一しなければならない決まりはないはずだ』
私も同じ意見だし、“黒騎士”の異名を持っているので、それを利用するためにも黒を基調とした方がいいと思っていた。但し、これまでのような実用本位の装備ではなく、国王の護衛に相応しい華麗なものになっている。
同行する陰供だが、表立って同行するのは十名で、見えないところに更に二十名ほどいると聞いている。これは国王が管理者候補でもあるためだ。
そのため、国王の陰供であるヒルデガルトたちは侍従や侍女に扮し、私の護衛であるカルラとユーダたちは侍女と執事に扮している。
黒獣猟兵団はファルコ・レーヴェがリーダーのいつもの班だ。
もっともグランツフート共和国の国境であるゾンマーガルト城から首都ゲドゥルトまでは、我がラウシェンバッハ騎士団から第三連隊一千名と偵察大隊三百名が同行する。また、共和国からも中央機動軍から同数程度が派遣されると聞いている。
この間はほとんどが陸路であり、人数制限の必要がないためと、一国の国王に相応しい軍容を見せる必要があるためだ。
私としては安全な共和国内ということもあり、無駄に物資を浪費するので不要だと思っているが、ジークフリート王の初の外遊であるため、経費だと割り切っている。
王宮の門の中で出発準備を行う。
私には妻のイリスを始め、子供たちや両親が見送りに来ていた。
「一緒じゃないから不安だわ。身体には充分に気を付けて。それと無茶は絶対ダメよ。あなたは時々、私たちが思ってもいないようなことをするから」
同行できない妻が不安を口にしている。
「今回の道中は安全だし、会合でも大賢者様と鷲獅子様がいらっしゃるから、無茶なことをする必要はないよ。まあ、法王や皇帝と個別に会うだろうから、そこだけは注意しておくけどね」
今回の四聖獣との会合だが、大賢者からの指示では十二月三十一日までに聖都レヒトシュテットに入ることになっていた。来年一月一日に四聖獣、大賢者、各国の元首、各魔導師の塔の責任者が一堂に会するため、遅れることは許されない。
その翌日の一月二日に、各国の元首を集めて世界初の国際会議を開催する。これは私が大賢者に提案し、それが認められたのだ。
各国の元首も余裕を見て十二月の半ばまでに聖都に入るはずで、その国際会議の前に個別に会談が行われると考えている。
レヒト法国とは戦後補償の問題があるから当然だが、ゾルダート帝国の皇帝マクシミリアンが会談を要求してくる可能性が高い。
この会合に際し、四聖獣及び大賢者は各国の元首や塔の責任者に対し、出席者への攻撃を禁じている。それを破れば、四聖獣による制裁が行われるため、皇帝といえども無茶なことはしてこないと思うが、こちらを罠に嵌めようとしてくることは充分に考えられる。
法王との会談に注意するのは、トゥテラリィ教の聖職者が信用できないからだ。法王自身は常識的な人物であり、私を害するような行動は起こさないだろう。
しかし、私は二万を超える法国軍将兵を死に追いやった張本人と思われている。肉親を失った者が自国の命運など考えず、短絡的に暴走する可能性は考えておいた方がいいだろう。
「カルラ、ユーダ、ファルコ。マティのことを頼んだわよ。無事に彼を連れて帰って」
「「「承りました」」」
三人は同時に頭を下げた。
子供たちに別れの言葉を掛けていると、ジークフリート王がリヒトロット皇国のエルミラ皇女と言葉を交わしている姿が見えた。
皇女は涙を浮かべて王の手を取りながら無事を祈っている。それを微笑ましく国王は見ながら、安心させるように声を掛けていた。
「皇女殿下もずいぶん慣れたようだね」
「そうね。即位の式典の後、割と頻繁に王宮に会いに行っているの。それに殿下も陛下のお力になりたいと努力していらっしゃるわ。あの方となら陛下も幸せになれる気がする」
皇女は私の屋敷に住んでいる。そのため、イリスとよく話をしており、自分に何ができるのか、探っている段階のようだ。
国政に口を出したいという感じではなく、純粋に力になれることがないか、探しているらしい。
「まだお若いのだから、無理はさせないようにね。それを言ったら君もだ。軍の改革で大変だと思うが、ラズもヴィルヘルムもいるんだ。抱え込まないようにしてほしい」
彼女には軍制改革を主導してもらうことになっている。
計画書などは作ってあるが、実際に始めればトラブルはいくらでも出てくるだろう。
私が残っていれば、ある程度抑えは効くが、王国の武人には女性を軽く見る者が多い。
しかし、彼女も勝気な性格で、そんな相手でも何とかしようと頑張るはずだ。
「大丈夫よ。軍の上層部はほぼ掌握しているわ。意味もなく反対するような者にはきちんとつけを払ってもらうから」
やりすぎるような気がするが、最初のうちはこのくらいでもいいかもしれないと思い、何も言わなかった。
別れの挨拶が終わると、王宮の門が開く。
外には貴族たちが見送りに来ていた。四聖獣たちとの会合のことは大々的に公表されており、今日出発することも事前に発表されている。
貴族たちが手を振る中、近衛兵に守られた馬車が進んでいく。
見知った顔も多く、私と国王も手を振ってそれに応えていった。
貴族街を抜けると、王都の市民たちが大通りに溢れていた。
兵士たちが抑えて何とか道を作っている。
「国王陛下、万歳!」
「お気をつけて!」
そんな声が方々から聞こえてきた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
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