第三十六話「ジークフリート、人事を確認する」
統一暦一二一五年十月一日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。国王ジークフリート
マティアス卿の王国改革案を実行する旨を詔勅として発布した。
それに合わせ、閣僚などの人事も発表している。
宰相は引き続き、マルクス・フォン・レベンスブルク侯爵だ。
切れるという感じではないが、国家の重鎮としての安定感があり、行政府の長として適任だとマティアス卿が太鼓判を押している。
国内の治安や地方行政を担う内務卿には、前ケッセルシュラガー侯爵、エドヴァルト・フォン・ケッセルシュラガーが就任した。西部域を独自に発展させた手腕に加え、侯爵軍の近代化に着手するなどの先見性を評価した結果だが、別の思惑があった。
ケッセルシュラガー侯爵家は代々国政に参画せず、西部域で半ば独立した状態だ。そのため、中央集権化の障害になりかねないとマティアス卿は考え、前侯爵を内務卿に指名したのだ。
『西部方面軍の司令官にケッセルシュラガー侯爵が就任することは避けられませんから、軍閥化の芽を残すことになります。エドヴァルト卿やユストゥス卿に野心はなくとも、王国改革の障害になりかねませんので、積極的に国政に参画していただくよう、要請しました』
用意周到なことに、戦勝記念式典参加と前国王フリードリッヒへの挨拶を理由に、前侯爵まで王都に呼び寄せていたのだ。
『エドヴァルト卿は最初断ってきましたが、将来に禍根を残さないために前例を作っておくべきだとお願いしましたら、理解していただけました』
マティアス卿がにこやかに説明したが、横で聞いていたイリス卿が微妙な表情をしていたので、脅しに近い説得をしたのではないかと思っている。
外務卿は宰相府で外務を担当していたヴィリバルト・フォン・ルーテンフランツ子爵だ。マティアス卿の父リヒャルト卿とは旧知の間柄で、誠実な人柄と慎重な性格が評価された。
彼も当初は子爵ということで遠慮したが、私が直接依頼し、就任させている。
財務卿は引き続き、ユルゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵だ。最も難しい役職であるため、実務に詳しいアルミン・フォン・クレンペラー子爵を財務次官とし、多くの優秀な官僚を配置した。
軍務卿も引き続き、ヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵だ。王国軍司令長官のラザファム卿と協力して軍制改革も担当してもらう。
農業や水産業の振興を担う農務卿には元中立派の法衣貴族、アンゲルス・フォン・ブリュッゲマン子爵が就任する。また、街道や港湾の整備、河川の管理を担当する工務卿にも元中立派の法衣貴族、ヨハン・フォン・カシュニッツ子爵が就任する。
二人ともほとんど名を聞かない者のようで、宰相であるレベンスブルク侯爵はマティアス卿にどのような者か確認していたほどだ。
『ブリュッゲマン子爵は宰相府で農業関係を担当していた方です。カシュニッツ子爵も同じく宰相府で街道の整備の窓口をされていました』
『卿が推薦するのだから問題と思うが、名を聞いたことがない。大丈夫なのか?』
宰相の問いに珍しくマティアス卿が自信なさげな表情を浮かべた。
『正直なところ、この二つの役所については手探りなのです。いずれも誠実な方ですので、管理者としては問題ないと思いますが、上手くいくかは全く自信がありません』
そう言いながらも二人には分厚い計画書を渡しており、私は楽観している。
商業や産業の振興を統括する商務卿はリヒャルト・フォン・ラウシェンバッハ前子爵だ。
『父は商都ヴィントムントの商人にも顔が聞きますし、我が領地の振興策でも堅実な手腕を見せています。身内の贔屓目を抜きにしても、最適だと断言できます』
その言葉にリヒャルト卿は首を横に振った。
『あれはお前の計画に従っただけだ。それに商人たちもお前の父ということで遠慮があったのだ。商務卿などという重職に就くわけにはいかぬ』
その言葉にマティアス卿は笑顔で反論する。
『私の名を使って商人たちを制御できるなら、それで充分ですよ。それにモーリス商会も全面的に協力してくれるので、父上に負担は掛けません』
『私からも頼む。マティアス卿が最適と断言したのだ。ならば、リヒャルト卿以外に選択肢はない』
私の説得でリヒャルト卿も就任を受け入れてくれた。
教育を司る教務卿はカルステン・フォン・エッフェンベルク元伯爵だ。
『ラザファム卿、イリス卿、ディートリヒ卿の三人を育てた卿なら安心だ。よろしく頼む』
私の言葉にカルステン卿は苦笑する。
『マティアスがいたから子供たちは首席や次席になれたのです。私は何もしておりません』
『それでも卿の言葉なら皆が聞いてくれる。今後の王国を左右する重要な仕事を任せられるのは卿しかいない』
私の説得でカルステン卿も渋々受け入れてくれた。
そして、一番説得に時間が掛かったのが、法務卿だった。
法務卿には元王国第三騎士団長、ベネディクト・フォン・シュタットフェルト伯爵に就任を打診した。融通は利かないが、法を守らせるという点で、マティアス卿の考えは理解できる。
『私はフォルクマーク陛下を守れなかった罪人です。国家の重鎮に名を連ねる資格はありません』
『それについては第四騎士団長のハウスヴァイラーを始めとしたマルクトホーフェン派の指揮官の失態だ。それに騎士団長の地位を剥奪したことで充分な罰になっている。だから、王国のためにもう一度働いてくれないだろうか』
私がそう言って頼んでも首を縦に振らなかった。
そこでマティアス卿が説得を始める。
『シュタットフェルト伯爵には私を掣肘する役をお願いしたいと思っています』
その言葉にシュタットフェルトは首を傾げた。
『卿を掣肘する? そんなことができるとは思えん。できるとすれば、イリス卿かラザファム卿くらいだろう』
『いいえ。彼らに私を止めることはできないでしょう。私が王国のために最も合理的で最も適した方法を実行すると知っていますので』
『ならば、止める必要などないではないか』
私も同じ疑問を持った。
『法国のマルシャルク白狼騎士団長は合理的な考えから、最適な方法として禁忌を利用しようとしました。もし、そこに伯爵のような方がいらっしゃれば、止められたはずです』
『それはそうだが、卿ならそのような愚かな真似はせんだろう。意味があるとは思えん』
私も同感だった。
マティアス卿なら合理的と分かっていても、あらゆるリスクを考えて判断するはずだからだ。
『私も人間です。見落としや勘違いなどいくらでも起こすのです。その際、私と全く違う考えの方が違う視点で指摘してくれれば、止まることができます。伯爵には法に厳格に従った視点でチェックしていただきたいのです』
『言わんとすることは分かるが、私が罰を受けるべき者だという点は変わらん』
『私が依頼していることは非常に辛い役目です。国のために頑張ろうとしている者に対し、四角四面に苦言を呈するのですから、周りからは煙たがられるでしょう。ですが、その割には評価されません。ある意味、罰と言えるのではないかと思います』
その言葉に私も乗った。
『王宮から去り領地に篭れば、嫌な思いをすることなく、静かに暮らせるだろう。しかし、嫌われ役になれば、そんな暮らしはできない。シュタットフェルト伯爵、これは卿に対する罰だ。辞退することは許さぬ』
『王命、拝承致しました』
私の言葉で伯爵も最後には首を縦に振った。
この他に宮廷官房長に私の守役、シュテファン・フォン・カウフフェルト男爵が就任する。
『男爵とは面識がありませんが、ラザファムは誠実な人物で信頼に値すると断言していました。以前の宮廷書記官長のような権力はありませんが、宮中の秩序を守り、陛下の相談役となるのであれば、最適だと思っています』
宮廷官房長は侍従たちを統括し、行事などを円滑に行う役職と聞いている。
『シュテファンの能力を考えればもったいない気はするが、いつまでも卿に特別顧問をやってもらうわけにはいかない。そう考えれば、宮廷内に相談できる人物がいることは心強い』
シュテファンは宰相府の役人として次の世代を担う才を持つと言われていた。それを父フォルクマーク十世が頼み込んで私の守役にしたと聞いている。
また、マティアス卿は現在、臨時の役職である国王特別顧問だが、聖都での会合が終わり、国政改革と軍制改革が軌道に乗ったところで、重職に就いてもらうつもりでいる。
王国軍についても全軍を指揮する王国軍司令長官にラザファム卿を当て、大将の階級を与えた。また、ハルトムート卿は中将として東部方面軍副司令官になり、対帝国戦の要となる。
イリス卿は臨時の役職である司令長官補佐官として改革室長となり、軍制改革の指揮を執ることになっている。彼女にもマティアス卿と同じく、将来的には重職に就いてもらいたいと考えている。
これらのことを発表した。民たちは理解できなかったが、マティアス卿が考えたことだと知ると、全面的に支持した。
『商人たちを使って情報操作をしたようですわ。彼らの間には税が安くなるという話が広まっていましたから、内容が分からなくても受けれたのでしょう』
その用意周到さに心強いと感じていた。
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