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第三十五話「王国改革案」

 統一暦一二一五年九月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。


 王宮内の謁見の間において、国王特別顧問であるマティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵が国政改革案と軍制改革案について説明を行っている。


 玉座には新たに王になったジークフリートが座り、その後ろには宮廷書記官長であるカルステン・フォン・エッフェンベルク元伯爵と近衛隊長であるアレクサンダー・ハルフォーフが立っていた。


 謁見の間には男爵家以上の貴族と宰相府の文官、そして、王国騎士団の連隊長以上の指揮官と参謀たちが序列に従って並んでいる。

 その数は百人ほどで、全員が真剣な表情でマティアスの説明を聞いている。


「……国政改革についてですが、現在の行政府である宰相府を細分化するだけでなく、予算と権限の委譲により、効率的かつ迅速な政策実現を目指しています。具体的には内務省、外務省、財務省、軍務省、法務省、工務省、商務省、農務省、教務省の九つの省に分け、宰相府がそれらを統括します。内務省は内務卿をトップとし……」


 マティアスの説明は十分以上続いた。

 既に多くの貴族が付いていけず、困惑の表情を浮かべているが、文官のトップである宰相が何も言わないため、大人しく聞いている。


「……国政改革につきましては、以上となります。続きまして、軍制改革について説明いたします。軍制改革の目的は最大の敵、ゾルダート帝国の侵略を防ぎつつ、財政負担の軽減を図ることです。現在我が国には王国騎士団と貴族領軍という二つの組織が存在します。しかしながら、それらは全く別の組織であり、指揮命令系統はもちろん、兵の練度や装備などもバラバラで合同作戦では大きな問題がありました……」


 軍制改革に入ると、軍関係者の表情が引き締まる。但し、ここにいる者たちには既に説明が終わっており、困惑している者はいない。


「……王国騎士団と貴族領軍を統合し、王国軍に再編します。その際、統一的な階級を制定し、効率的な指揮命令系統の確立を実現します。また、王都から離れた東部や西部での戦闘を考慮し、方面軍制を導入いたします。方面軍には独自の指揮権を与え、王都からの指示を待つことなく、効率的な防衛作戦を行うことを……以上が軍制改革案の骨子となります。私からの説明は以上です」


 怒涛の説明が終わると、宰相であるマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵が引き取る。


「一度の説明で理解できるとは考えていない。だが、発案者のラウシェンバッハ伯爵に質問したい者がいれば、誰であっても発言を許す」


 その言葉に貴族や文官たちが驚きの表情を見せる。これまで謁見の間では御前会議で承認されたことが通達されるだけであり、伯爵以上ならともかく、子爵以下の貴族や一介の官僚に発言の機会などなかったためだ。


「発言をお許し願います」


 貴族の列、それも真ん中辺りから、声が上がった。

 声の主であるアルミン・フォン・クレンペラー子爵が列から前に出て、国王に向けて優雅に一礼する。


 クレンペラーは五十代半ばの元財務官僚で、マティアスの父リヒャルトや財務卿であるユルゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵とは旧知の間柄だ。


「クレンペラー子爵か。発言を許す」


 宰相の言葉にクレンペラーは頭を下げる。


「お許しいただき、ありがとうございます。ラウシェンバッハ伯爵にお聞きしたい。徴税の一元化は素晴らしいと思いますが、現在の宰相府では圧倒的に人が足りません。また、予算の一元化についても、現在の領主に必要な予算を要求するノウハウはなく、行政が停滞するのではありませんか。その点についてどうお考えか、お聞かせいただきたい」


 その問いに対し、マティアスは笑みを浮かべて答えていく。


「クレンペラー殿のご懸念は皆さんも感じていることでしょう。まず、徴税についてですが、当面の間は領主が徴税官となり、これまで通り税を徴収します。但し、徴収した税は一度全額を国庫に入れていただきます。これならば、これまでのやり方と大きく変わっていないので、戸惑われることはないでしょう」


 そこで貴族たちの列に視線を向ける。

 ほとんどの者が頷いていることを確認すると、マティアスは回答を続けた。


「次に予算要求とその執行についてですが、導入年度の人件費や設備修繕費などはこれまでの実績を鑑みて、財務省が支払います。また、必要な事業についてですが、予算要求用の書類のフォーマットを作成しますので、それに必要事項を記入し提出していただきます。それを財務省で審査・査定し、それに従った金額を現地に送付することになります。最初のうちは慣れないとは思いますが、記載する項目が決まっていますから、それほど困惑することはないでしょう」


「なるほど。領主側については理解しました。ですが、財務省で審査、査定するとおっしゃいましたが、多くの貴族領から提出される事業の査定が可能なのでしょうか? 私も長く財務を担当しておりましたが、そのようなノウハウは持っていないと思うのですが。この点についてもお聞かせいただきたい」


「よい指摘だと思います。この点も課題であると考えておりますが、事業の査定方法についてもある程度マニュアル化することにしております。そのノウハウはヴィントムントの商人組合(ヘンドラーツンフト)から得る予定ですので、最初のうちは大変でしょうが、大きな混乱は起きないと考えています」


「ご回答ありがとうございます。確かに商人たちのやり方を上手く取り入れれば、合理的な査定ができると思います。宰相閣下、私からの質問は以上です」


 クレンペラーはそう言って頭を下げてから列に戻る。

 この一連のやり取りはマティアスが依頼したことだった。財務官僚として実績がある彼が口火を切ることで、議論の呼び水にしようと考えたのだ。


 マティアスの思惑通り、多くの質問が出されたが、それに対し、彼はよどみなく答えていく。

 一時間ほど質疑応答が続き、質問が途切れた。


「他に質問がないようであれば、本改革案について陛下のご裁可をいただく。陛下、ラウシェンバッハの改革案について、ご裁可をお願いしたします」


 全員の視線がジークフリートに集中する。


「マティアス卿の改革案は我が王国に必要なことである。よって、本案の実行を命じる。但し、半年という時間を準備に当て、来年四月一日をもって組織を改正する。また、徴税及び予算の執行については、再来年の一月一日より運用を開始するものとする」


「「「はっ!」」」


 ジークフリートの堂々とした発言に、出席者の多くが驚きながらも一斉に頭を下げる。

 マティアスのシナリオに沿っているとはいえ、十七歳に過ぎない国王が百人以上の廷臣を前に気負いもなく発言したことに驚いたのだ。



 保守的な貴族たちはこの改革案を認めたくなかったが、今のマティアスと対立することは、マルクトホーフェン派を思い出させることになるため、多くの貴族は不満があってもあえて口にしなかった。


 彼らはこのような大胆な施策が上手くいくはずがないと思っており、失敗してから口を出せばいいと思っていたのだ。


 しかし、国王ジークフリートの信任を受け、宰相以下の重臣たちが積極的に協力したことに加え、一千ページにも及ぶ計画書はほぼ完璧であり、四ヶ月近くマティアスが不在という状況であっても準備は順調に進んでいった。


 また、実行に際してもモーリス商会を始めとした商人たちが積極的に協力し、大きなトラブルは発生しなかった。

 商人たちが積極的に協力したのは、マティアスが流した巧妙な噂に乗せられたためだ。


 彼はこの改革により大きな商機になると噂を流した。そして、モーリス商会がコンサルティング契約を結ぶと、商人たちは我先にとマティアスの下を訪れた。


『商務省は新たな組織だから、最初から関与しておいた方がよいだろうね。文官たちも相談相手に配慮するだろうし、私もすべてには関われない。モーリス商会だけに利益を独占させるのは惜しいと思わないかな?』


『農務省関連も大きな投資になることは間違いない。何と言っても、私の提案で法国から十万人という獣人族が我が国に開拓者としてやってくるのだから』


 このような感じで商人たちに利益を匂わせ、参画を促したのだ。


 この改革案は“マティアスの王国改革”と言われ、グライフトゥルム王国のみならず、各国にも大きな影響を与えることになった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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