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第三十四話「第三王子、玉座を継ぐ」

 統一暦一二一五年九月十七日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。第三王子ジークフリート


 戦勝記念式典の二日後、私は兄フリードリッヒ五世陛下から呼び出しを受けた。

 国王の執務室に入ると、兄の横には宮廷書記官長であるカルステン卿と特別顧問であるマティアス卿が立っていた。


「二人に相談したのだが、三日後の二十日に譲位してはどうかということになった。どうだろうか?」


 予想していたことであり、大きく頷く。


「戦勝式典の余韻も冷めているでしょうし、ちょうどいいタイミングだと思います」


 昨日もそうだが、王都は今日も建国以来の最高の勝利に沸いたままだ。落ち着くにはあと二日は掛かるだろうと見ていた。

 私の同意を受け、カルステン卿が段取りを説明していく。


「それでは、今後の予定について説明いたします。明後日の御前会議におきまして、陛下には体調不良のために退位され、その療養のためにグライフトゥルム市に移られることを伝えていただきます。既に出席者には根回し済みですので、その日のうちに二十日に殿下の即位の儀を行う旨を大々的に発表いたします。ちょうど、地方の貴族も王都に残っていますので、良いタイミングでしょう」


 戦勝式典にはほとんどの貴族に招集を掛けている。特に伯爵以上の上級貴族では東の要衝ヴェヒターミュンデ城を守るヴェヒターミュンデ伯爵以外が集まっていた。


「翌二十一日は市内をパレードしていただき、二十二日は近隣の町や村にも行幸していただきます。二十三日に王家主催の園遊会を行い、市民にも酒などを振舞います。本来でしたら、そのまま各地を回っていただく方がよいのですが、聖都に向かわなければなりませんので、地方への行幸は来年以降となります」


「それで構わない。予定では十月三日に王都を発つということだったが、それに間に合うなら問題はない」


 聖都レヒトシュテットはここから千九百キロメートル離れており、片道だけでも最短で一ヶ月半、海路が使えない場合は二ヶ月半程度掛かる。来年一月一日の会合に欠席するわけにはいかないから、リスクを考えれば、三ヶ月程度は見ておく必要があった。


 マティアス卿が引き継いで説明を続ける。


「二十五日から国政改革と軍制改革について閣僚を集めて議論を行い、十月一日には来年四月一日から施行する旨を詔勅として発布していただきます。本格的な準備期間中にご不在ということになりますが、計画案自体はほぼ出来上がっておりますので、問題はないと考えております」


「それで構わない。国政の方はレベンスブルク侯爵やカルステン卿らがいれば問題はないだろうし、軍の方もラザファム卿とイリス卿がいればスムーズに進むはずだ。三月には戻れるだろうから、最終的な確認はそこで行えばよい」


 本来なら立案者であるマティアス卿に残ってもらいたいところだが、今回の四聖獣と各国の元首を集める会合を提案した彼を外すわけにはいかない。


 その後、詳細な調整を行った後、王宮内の自室に戻る。


(私が王になるのだな……未だに信じられない……)


 ソファにもたれかかり、息を吐き出しながら何度目かの自問を行う。


「お疲れのようですね」


 そう言いながら(シャッテン)のヒルデガルトが声を掛けてきた。


「疲れているわけじゃない。未だに信じられないだけなんだ」


 彼女とは子供の時から一緒にいるから、気兼ねなく話せる。


「ジーク様なら大丈夫ですわ。この九ヶ月間でよく学ばれましたし、マティアス卿やラザファム卿もいらっしゃるのですから」


「そうだな。私には建国王の双翼を超える四翼がいる。彼らの信頼を勝ち取り続けられるなら、やっていけるはずだ」


 これは自分自身に言い聞かせる言葉だ。

 田舎に篭っていた十七歳の若造にできることなどほとんどない。だが、彼らのような優秀な臣下がいてくれるなら、私でもやっていける。だから、彼らの信頼を裏切らないようにしなければならないと常に自分自身に言い聞かせているのだ。



 それからあっという間に二日が経った。

 既に王宮内だけでなく、王都内でも譲位の話が広まっており、市内はお祭り騒ぎが続いていると護衛のアレクサンダーが教えてくれた。


「恐らくマティアス殿が広めたのでしょう。民は皆、殿下に期待しているようですよ」


 その言葉に苦笑が浮かぶ。


「民の期待を裏切らないようにしないと。しかし、重いものだな。まだ即位していないのに、期待で圧し潰されそうな気がするよ」


 正直な思いを吐露する。


 午前中に御前会議が行われ、兄の退位と私の即位が諮られた。

 我が国では王の交代に御前会議での承認は必要ないのだが、円満に譲位が行われているという印象を与えるために、マティアス卿が提案したのだ。


 そして、午後に王宮前の広場で大々的に譲位が公表された。

 発表者は宮廷書記官長のカルステン卿で、私は城門の上に立ち、市民たちからの祝福を受ける。


「「「ジークフリート陛下、万歳!」」」


 普段なら貴族街ということで多くの市民を入れることはないのだが、今回は王宮前広場どころか、通りは埋め尽くされ、市民たちの祝福の声が響き渡っていた。


 翌日の九月二十日、朝から即位の儀が行われた。

 フィーア教の大神官から祝福を受けた後、大賢者マグダ殿が私の頭に王冠を載せる。


「世界のためによき王となるのじゃ。期待しておるぞ」


「期待に添えるよう、努力します」


 そう言って頭を下げた。


 これもマティアス卿の提案だった。

 大賢者殿は一ヶ月前に鷲獅子(グライフ)様と一緒に王都に現れており、王都の民たちは改めて大賢者殿が(ヘルシャー)助言者(ベラーター)であると認識した。


 助言者(ベラーター)代行者(プロコンスル)の四聖獣と同格であり、その人物が直々に戴冠することで、国王が四聖獣に認められたように見える。

 マティアス卿はその効果を狙ったのだ。


 実際、この後のパレードでも大賢者殿が一緒にいたことから、多くの市民が神の祝福を受けたと言って喜んでいる。


 王宮に戻った後、マティアス卿らが出迎えてくれた。


「市民たちはずいぶん熱狂的だったようですね」


 マティアス卿の言葉にイリス卿も頷いている。


「あなたの狙い通りでしょ。これで日和見をしていた貴族たちも陛下を支持せざるを得ないわ」


 その言葉にハルトムート卿が感心している。


「今後の改革を円滑に進めるために上手いことを考えたものだ。さすがはマティだな」


「狙ったことは間違いないけど嘘じゃないんだ。実際、鷲獅子(グライフ)様は陛下のことを認めていたんだからね」


 マティアス卿の言葉に私は首を横に振る。


「あれは卿のお陰だ。私だけではお認めいただけなかっただろう」


 これは正直な思いだ。

 禁忌に対し、王国としての対応を説明したが、そのほとんどがマティアス卿の考えに従ったものだ。もちろん、私自身が考えたことだが、多くのヒントをもらっているから私の案でも認めてもらえたのだ。


 その後、園遊会が開かれたが、これまでならマルクトホーフェン派を警戒し、宰相であるレベンスブルク侯爵と距離を取る者も多かったそうだが、マティアス卿の狙い通り、ほとんどの貴族が宰相に接触していた。


「これなら問題なさそうだな」


 傍らにいるマティアス卿に話し掛ける。


「今のところは大丈夫でしょう。宰相閣下の政敵になり得る存在はいませんので。ですが、油断は禁物です」


 国内ではマルクトホーフェン派を一掃し、私を支持するレベンスブルク侯爵、マティアス卿、ラザファム卿らを脅かすような存在はいない。そのため、疑問を口にした。


「どういうことだろうか?」


「帝国がこの状況をよしとするはずがありません。皇帝が何らかの手を打ってくることは間違いないですから、油断できないのです」


「なるほど……」


 二十年近くゾルダート帝国に謀略戦を仕掛けているマティアス卿が警戒していることに驚くが、同時にそれだけ皇帝マクシミリアンが危険だと認識した。


 伯爵家以上のあいさつを受けた後、多くの下級貴族が集まってきた。

 その多くが、私と同世代の若い女性を連れている。


「我が娘のエリザベートです。王立学院の文学部で学んでおり……」


「姪のリーゼロッテと申します。レベンスブルク閣下の屋敷で行儀見習いを……」


 これまで私はこういった場にほとんど出てこなかったので、ここぞとばかりに売り込んできたようだ。


 子爵家だけでも二十人以上いたはずだが、ほとんど覚えていない。

 美しい女性が多かったとは思うが、ダンスにも文学にも興味がないからか、話がかみ合わなかった。それ以前にグイグイ来られて困惑していたということもある。


 落ち着いたところでイリス卿が話しかけてきた。


「どうでしたか? 気に入った令嬢はいらっしゃいましたか?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて聞いてくる。

 私は苦笑を浮かべることしかできなかった。


「印象に残った者はいないな。卿のような輝いている女性を見ていたからかもしれない」


「お上手ですわね。でも、夫がいる私を褒めても意味はありませんわ」


「確かにそうだな」


 更に苦笑が強くなった。


「お忙しいでしょうが、時間を見てエルミラ殿下をお連れいたしますわ。しばらくお会いできませんから」


「そうしてもらえるとありがたい。まだ妻になるという実感はないが、家族だという思いは生まれつつある」


 正直なところ、マティアス卿とイリス卿に言われなければ、エルミラ殿と結婚することは考えすらしなかっただろう。


(父上と母上もこんな感じだったのだろうか……)


 そんなことをふと考えた。


「陛下も会場を回られたらいかがですか? ちょうどラズが令嬢たちに捕まって困っているようですから、助けにいけば恩を売れますよ」


 そう言ってマティアス卿が笑っている。


「そうだな。“氷雪(シュネーシュトルム)烈火(フォイエル)”殿を助ける機会など滅多にない。その貴重な機会を逃さないようにしよう」


 私はそう言って笑いながら、ラザファム卿のところに向かった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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