第三十三話「エレン、祝勝会に出席する」
統一暦一二一五年九月十五日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。エレン・ヴォルフ連隊長
勲章授与式が終わった。
緊張していたが、何とか失敗することなく終えることができ、謁見の間を出たところで、第四連隊長のミリィ・ヴァイスカッツェと顔を見合わせていた。
「何とか無事に終わったな」
「そうね。一応、勲章はもらっているみたいだけど、ほとんど覚えていないわ」
そう言って胸に付けられた銀色の勲章、白銀十字勲章に視線を落とす。
白銀十字勲章はラザファム様やハルトムート様が以前受勲された由緒ある勲章で、未だに信じられない。
「控室に戻るわよ」
イリス様が笑いながらそうおっしゃった。俺たちが呆然としていたので声を掛けてくださったのだろう。
控室に向かいながら、団長であるヘルマン様に小声で話しかける。
「やっぱり俺たちも園遊会に出なきゃいけないんですよね?」
貴族だらけの園遊会に出ることで気後れしていたのだ。
「当然だ。陛下から勲章を直接授与されたのに、それを披露しないのは不敬に当たるからな」
その言葉にガックリと肩を落とす。
ヘルマン様がニヤリと笑われた。
「いいことを教えてやろうか」
「何でしょう?」
「兄上と義姉上の護衛として後ろにいればいい。そうすれば、ほとんどの人は話しかけてこないはずだ」
ヘルマン様の提案にミリィが笑顔で頷く。
「なるほど! 確かにそうですね」
この方法なら大丈夫そうだと安堵した。
控室に入ると、ハルトムート様がソファの背もたれに身体を預け、だらけておられた。
「どうされたんですか?」
「この後のことを考えると、やる気が出ねぇんだよ」
ハルトムート様は昔からこういった堅苦しい行事を嫌っていたので違和感はない。
「ハルトムート様は初めてじゃないんでしょ。何と言っても伯爵令嬢を奥方にされたんですから」
奥方のウルスラ様は大貴族に数えられるヴェヒターミュンデ伯爵のご令嬢だ。
「伯爵様もウルスラもこういったことが嫌いなんだ。だから、これまでほとんど出たことなんてないんだよ」
意外だったが、よく考えれば、ヴェヒターミュンデ伯爵もハルトムート様と同じく豪快な武人で、園遊会や舞踏会でダンスを踊っている姿は想像できない。
「まだそんなことを言っているのか。いい加減諦めろよ」
ラザファム様がそう言って笑っておられる。
「途中で抜け出して、騎士団本部の方に行っちゃ駄目か?」
「駄目に決まっているだろう。それに向こうは夜までやっているんだ。二時間くらい我慢しろよ」
ラザファム様は軍を指揮している時の凛とした感じではなく、砕けた感じだ。
そんな話をしていると、侍従が現れた。
「そろそろ準備が終わりますので、移動をお願いします」
その言葉で全員が立ち上がった。
園遊会の会場は王宮の中庭だ。
マルクトホーフェンたちが占領している間に荒れていたが、庭師たちが頑張って修復したのか、花壇には花が咲き誇っている。
俺とミリィはマティアス様とイリス様から離れないように、三歩ほど後ろを歩いている。
こうして歩くと、十年ほど前に黒獣猟兵団の団員として、護衛していたことを思い出す。
「そう言えば、こんな感じでお二人の護衛をしていたことがあったな」
ミリィも同時期に護衛をしていたため、俺の言葉に頷く。
「そうね。あの頃はずっと緊張していたけど、結構楽しかったわ」
そんな話をしていると、国王陛下が現れ、園遊会が始まった。
「こういった場で無駄な言葉は不要だ。我が国の英雄たちを皆で称えてやってほしい!」
陛下の簡潔なあいさつが終わると、楽師たちが演奏を始める。
爽やかな秋風のような軽やかな音楽が流れると、出席者たちが動き始めた。
今回の園遊会は立食パーティのようなもので、舞踏会のようにダンスを踊らなくてもよいらしい。
始まると、すぐにマティアス様たちのところに人が集まってくる。
「マティアス卿、ぜひともお話を伺いたい。ランダル河ではどのようなお考えで……」
「イリス様も戦場に出られたそうですね。恐ろしくはなかったのですか……」
中立派と呼ばれていた貴族たちのようだ。
「兄上が王国一の実力者になったから近づいてきたのだろうな。マルクトホーフェンが幅を利かせていた頃はあいさつにも来なかった連中だ」
温厚なヘルマン様にしては珍しく、不愉快そうな表情で教えてくれた。
その後、俺たちのところにも何人もの貴族がやってくる。
「ラウシェンバッハ伯爵閣下の信頼篤き騎士と聞いている。君たちから閣下に紹介してもらえないか」
「ラウシェンバッハ領の獣人族と取引がしたいのだが、君は取りまとめ役のデニス・ヴォルフの長男と聞く。一度連絡してくれぬか」
平民の獣人ということで、居丈高な感じで接触してくる。
マティアス様のすぐ近くにいるので大丈夫かと思ったが、聞こえないような小声で話しかけてくるのだ。
「我々はマティアス様の護衛ですので」
「取次は代官であるフリッシュムート様が一括して行っておられます。勝手なことはできません」
そんな感じであしらうが、ハルトムート様が出たくないといった意味がよく分かった。
「戦場では無敵のエレン殿もここでは苦戦しているようだな」
後ろから聞きなれた声が聞こえた。
振り返ると、ジークフリート殿下の護衛、アレクサンダー・ハルフォーフ様が笑いながら立っていた。
「アレク様、殿下から離れてもよかったのですか?」
アレクサンダー様も勲章を授与されているが、ジークフリート殿下の護衛ということで、控室には入らず、授与式でチラッと見ただけで、今日は話していなかった。
「ジーク様から会場を回ってこいと言われたんだ。俺も正直面倒で、ハルト殿と話していたんだが、そのハルト殿もいろんな人に捕まってな。それでここに逃げてきたわけだ」
アレクサンダー様は黙っていると近寄りがたい雰囲気があるが、さすがに今日は貴族たちの相手をしていたらしい。
「あの辺りに王国騎士団の者たちがいる。もう少ししたらここから逃げ出すそうだから、一緒にどうだ?」
そう言いながら、少し離れた場所に視線を向けた。
そこにはアルトゥール・フォン・グレーフェンベルク伯爵やヴィンフリート・フォン・グライナー男爵らがいた。
「しかし、マティアス様から離れるわけには……」
「先ほどマティアス殿から頼まれたのだ。エレン殿たちが困っているから助けてやってほしいとな」
「では、マティアス様のご命令ということですか」
「そうだ。だから抜け出しても問題はない。まあ、イリス殿は羨ましがっていたがな」
イリス様には悪いと思ったが、アレクサンダー様に従うことにした。
開始から一時間ほどで国王陛下が退席された。
アレクサンダー様が俺たちに声を掛けてきた。
「では、抜け出すぞ」
俺はマティアス様とイリス様に声を掛ける。
「では、騎士団本部の方に行ってきます」
「みんなによろしく伝えておいて。私たちもあと二時間くらいしたらそっちに行くから」
「私の分のお酒は残しておいてね。ここじゃ呑めないんだから、あっちで本格的に呑むつもりだから。頼んだわよ」
冗談かと思ったが、イリス様の目は本気だった。
「承りました。充分な量を確保しておきます」
それだけ言うと、会場を後にした。
騎士団本部では演習場で大々的に宴会が行われていた。
「エレン! こっちだ!」
幼馴染のクルトが俺を見つけて声を掛けてきた。
どうやら、そろそろ来ると思い、入り口近くで見ていてくれたようだ。
「まずは飲みましょう、連隊長!」
若い部下がジョッキを持ってきた。
それを受け取りながら、忘れないうちに大事なことを伝えておく。
「イリス様からのご命令だ。あと二時間くらいでこちらに来られるから、酒は残しておけとのことだ」
「分かっていますよ! さっき、ハルトムート様も同じことをおっしゃっていましたから」
俺たちが最初に抜けだしたと思っていたから驚く。
「もう来られているのか?」
「三十分以上前に来られてましたよ」
マティアス様から最後までいるように言われていたはずだし、少なくとも国王陛下が退席されるまではいなければならなかったはずだ。拙いんじゃないかと思ったので、聞かなかったことにする。
「それじゃ、乾杯しましょう! 我らがエレン連隊長とミリィ連隊長に乾杯!」
「「「乾杯!」」」
俺とミリィもその声に合わせてジョッキを掲げる。
俺の妻、レーネが子供たちと一緒にやってきた。
「お疲れ様。エレン、それにミリィも」
「本当に疲れたよ。俺には貴族の世界は無理だ」
「でも、その姿は立派よ。陛下から勲章をもらうところを見たかったわ」
妻の言葉にクルトも頷く。
「俺も見たかったな。俺たち獣人族の代表なんだからな」
そんな話をしていると、あっという間に時間が経つ。
既に空はオレンジ色に染まり、そろそろ午後六時の鐘が鳴る頃だ。
「みんな待たせたね」
そうおっしゃりながらマティアス様が会場に入って来られた。
「私の分は残っている? もう喉がカラカラなの」
イリス様はドレス姿から騎士服に着替え、いつも通りの調子でそうおっしゃられた。
「第一声がそれかい。伯爵夫人としてはどうかと思うよ」
マティアス様が呆れたような声でイリス様を嗜められた。
「いいのよ。私は一緒に戦った戦友と勝利を祝うために来たのだから」
「そうだね。ここにいるのはみんな仲間だから、いつも通りが一番だね」
マティアス様はそうおっしゃると、用意されたジョッキを受け取る。
「では、みんな! 乾杯しよう! 乾杯!」
騎士団を立ち上げた時のような気安さでジョッキを掲げられた。
「「「乾杯!」」」
俺たちもそれに応える。
「昔のままだな」
俺がそう言うと、レーネとクルトが頷く。
「そうね。こんな感じが一番いいわ」
ここ数年、マティアス様とイリス様がいらっしゃらなかったことが嘘のようだと思った。
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