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第三十二話「軍師、勲章を授けられる」

 統一暦一二一五年九月十五日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 午前中に戦勝記念パレードを終え、論功行賞のために王宮に入った。

 準備が整ったとの連絡を受け、謁見の間に向かう。


 謁見の間の扉の前には近衛騎士が直立不動で立ち、私たちを見て背筋を伸ばす。

 出迎えに来た侍従が入室を促す。


「それではケッセルシュラガー侯爵閣下、エッフェンベルク伯爵閣下を先頭にお入りください」


 扉が開かれると、中には多くの貴族が待ち構えていた。今回の式典に合わせて、各地から呼んであったのだ。これはこの式典の後に行われる譲位を見据えたものだ。


 ケッセルシュラガー侯爵とラザファムが先頭を歩き、私とイリスがその後ろに続く。

 予め決められていた場所に着くと、そこで国王を待つ。


「グライフトゥルム王国国王フリードリッヒ五世陛下、ご入来!」


 宮廷書記官長である義父カルステン・フォン・エッフェンベルクのよく通る声が響く。

 それを受け、謁見の間にいる全員が頭を下げる。


「面を上げよ」


 国王の命令で全員が顔を上げる。

 国王はそれを見て、淡々とした口調で話し始めた。


「我が王国は未曾有の危機に陥った。しかしながら、ここにいる者たち、そして彼らと共に戦った兵たちの我が身を顧みぬ献身により、その危機を乗り切ることができた。彼らを賞することはもちろんだが、戦場で散っていった兵たちに、まずは感謝したい……」


 そこで国王はゆっくりと目を瞑る。

 五秒ほど沈黙した後、表情を緩めた。


「では、宮廷書記官長、進行を頼む」


「承りました」


 義父はそう答えると、一枚の紙を手に持った。


「では、呼ばれた者は陛下の御前に出よ。勲功第一位、マティアス・フォン・ラウシェンバッハ!」


 私が勲功第一位となった。私としてはラザファムが妥当だと思ったのだが、国王を始め、重臣たちが全員一致で私を推挙したのだ。


「はい」


 答えた後、国王の前で跪く。


「卿の智謀により、レヒト法国の野望は打ち砕かれた。そして、同様に我が国を長らく蝕んでいた獅子身中の虫、マルクトホーフェンの野望も潰えた。この功績は建国王の双翼の一人、軍師アルトヴィーンに勝るとも劣らぬ。よくやってくれた」


 そう言うと、後ろに控える侍従から勲章を手に取る。


「卿の功績を称え、鷲獅子十字勲章を授与する」


「ありがとうございます」


 そう言って一度頭を下げた後、立ち上がる。

 国王は私の左胸に勲章を付けながら、私にだけ聞こえる声で話し掛けてきた。


「卿の功績に報いるにはこの勲章でも足りぬと思っている。すまないが、この先はジークフリートを支えてやってくれ」


 鷲獅子十字勲章は王国最高の勲章だ。

 勲章が付けられると、万雷の拍手が謁見の間に響き渡る。

 国王が両手を広げると、拍手は収まった。


「この功績により伯爵位を授ける。今後も王国のために尽力せよ」


「ありがたき幸せ」


 今回の功績で子爵から伯爵に陞爵した。


 私としては陞爵の必要性は感じていなかったが、今後の政権運営を考えると、上級貴族になっておくことは悪くないと思い直した。また、これはこちらから提案したことだが、陞爵のみで領地の加増は受けていない。


 国王や宰相たちは加増すべきと言ってきたが、今回の論功行賞では誰も加増しないことを提案したのだ。

 理由は王家の領地を削りたくなかったからだ。


 今回の内戦で旧マルクトホーフェン侯爵派の貴族領を没収した。その領地は王国全体の三割に達しており、これにより王家が持つ領地は王国内の四十五パーセントに達した。

 その結果、王国内での王家の力は突出し、中央集権体制を確立しやすくなった。


 一方で爵位だけでは国王が吝嗇と思われるため、報奨金の形で報いることになったが、この原資はマルクトホーフェン侯爵が貯め込んでいたものだ。そのため、王家の力が落ちることはない。


 私が下がると、義父が次の名を告げた。


「勲功第二位、ラザファム・フォン・エッフェンベルク!」


 ラザファムが国王の前に行くと、同じように鷲獅子十字勲章が授与された。


「急遽招集された兵を率い、倍する敵と連戦して勝利したこと、誠に見事! その功績を称え、侯爵位を授ける。宰相らと協力し、王国のために尽力してほしい」


 ラザファムも陞爵された。

 彼自身は侯爵に陞爵されるほどの功績を上げていないと辞退しようとしたが、私が強引に受けさせている。


 理由は私と同じで、王国内での発言力を増すためだ。

 マルクトホーフェン家が子爵に降爵したため、侯爵家は四家になった。この後、メンゲヴァイン家とクラース家も排除する予定であるため、レベンスブルク家とケッセルシュラガー家だけになってしまう。


 現状ではケッセルシュラガー家と王家の関係は悪くないが、王都から離れた西部に軸足を置いているため、二大侯爵家という形は避けたい。そのため、武の名門エッフェンベルク家を入れ、三侯爵家体制にすることにしたのだ。


 ラザファムが下がると、義父が再び声を上げる。


「勲功第三位、イリス・フォン・ラウシェンバッハ! 同じく、ハルトムート・イスターツ!」


 妻のイリスとハルトムートが同時に返事をし、国王の前に向かう。

 二人には鷲獅子勲章という鷲獅子十字勲章に次ぐ勲章が与えられた。


「イスターツには男爵位を授ける。これからも王国のために尽力せよ」


 ハルトムートは男爵になった。

 平民から騎士爵になり、更に男爵になるというのは異例中の異例だが、彼の功績ならおかしくはない。


 ただ、彼は男爵になることに難色を示していた。


『ハルトムート・フォン・イスターツって、なんか間が抜けた感じがしないか?』


 貴族になるということが面倒なようだ。

 イリスには勲章だけだ。彼女の働きも含めて、ラウシェンバッハ家が陞爵したという扱いだからだ。


 勲功の第五位はケッセルシュラガー侯爵だ。大きな戦果は挙げていないが、北方教会領軍の半数にも満たない戦力で補給線を脅かし、結果としてマルシャルクの焦りを誘発させたことが評価されたのだ。


 第六位はヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵とルーファス・フォン・グリュンタール伯爵だ。


「卿らの活躍により、マルクトホーフェンの野望は潰えた。法国軍との戦いの勝利以上に我が国への貢献が大きかったとラウシェンバッハは評価している。私も全く同感だ。よくやってくれた」


 二人の伯爵は法国軍との戦いに参加しなかったため、式典への参加を辞退しようとしていた。それを私が説得したのだ。


 実際、二人の軍はほとんど戦闘を行っていない。

 しかし、マルクトホーフェンを王宮に閉じ込めた後、侯爵派の貴族領軍が自由に動ける状態であったなら、私たちはマルシャルク率いる神狼騎士団に向けて進軍できなかった。


 そうなると、王都で迎え撃つことになるし、侯爵派の軍が引き返してきたら、倍以上の軍と戦うことになっただろう。それを防いだことは戦略上、非常に重要だった。


 二人の伯爵には王国第一勲章と報奨金が与えられた。


 この後は順位を付けずに勲章が与えられていく。

 その中にラウシェンバッハ騎士団の第一連隊長エレン・ヴォルフと第四連隊長ミリィ・ヴァイスカッツェの名もあった。


「ヴォルフよ、敵将フルストを討ち取ったこと、誠に見事である」


 国王の言葉にエレンは紅潮した顔で「はっ! ありがたきお言葉!」と応えた。


「ヴァイスカッツェもラウシェンバッハの策を見事に助けたと聞く。よくやってくれた」


 ミリィは緊張気味に頭を下げる。


「ありがとうございます」


 謁見の間にいる貴族たちは驚きながらも他の受勲者以上に喝采を送っている。


 王国では獣人族(セリアンスロープ)が国王から直接勲章を受けることは稀だ。

 それに加え、僅か十五年前は法国内で奴隷同然に扱われていた獣人族が、彼らを抑圧してきた騎士団長を討ち取った。そのことに驚き、そして喝采を送ったのだ。


 ヘルマンたちも受勲し、式典は一時間ほどで終わった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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