第三十一話「軍師、戦勝式典に参加する」
統一暦一二一五年九月十五日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮前広場。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
今日は対法国戦の戦勝記念式典が行われる。
王宮前の広場にはラウシェンバッハ領とエッフェンベルク領の兵士たちで溢れ返っていた。また、少数ながらもケッセルシュラガー侯爵領の兵士の姿もあった。
私たちも軍装に身を包み、その最前列に並んでいる。
国王フリードリッヒ五世が王宮の城門の上に上がり、拡声の魔導具のマイクを持つ。
『ケッセルシュラガー侯爵領、エッフェンベルク伯爵領、ラウシェンバッハ子爵領の兵士諸君。諸君らの働きにより、我が国は未曾有の危機を乗り越えることができた。国王として感謝を伝えたい……』
王太子時代とは異なり、堂々とした口調で演説を行っている。
『また、その功績に対し、王国として賞することとなるが、まずは多くの国民から称えられるべきである。よって、これより王都内での戦勝記念パレードを行う!』
その言葉に対し、我々は一斉に敬礼を行う。
総司令官であったジークフリート王子がマイクを手に取った。
『これより王都内を一周するパレードを行う! 先頭はラウシェンバッハ騎士団! 続いてエッフェンベルク騎士団、突撃兵旅団、エッフェンベルク領義勇兵団、ラウシェンバッハ義勇兵団、ケッセルシュラガー軍と続く! エッフェンベルク伯爵、これより卿に指揮を任せる!』
その言葉にラザファムが「はっ!」と答え、命令を出す。
「ラウシェンバッハ騎士団! 出発せよ!」
団長であるヘルマン・フォン・クローゼル男爵が「はっ!」と答えると、エレン・ヴォルフら団員たちは一斉に敬礼を行う。
そして、ヘルマンは用意された馬に乗り、団員たちを引き連れて王宮前広場から南門に向かった。
「私たちも行こうか」
妻のイリスに話し掛ける。
すぐに護衛である黒獣猟兵団の兵士が私たちの馬を用意した。
私たちは騎士団の真ん中辺りに入るが、周囲には漆黒の装備の猟兵団員が固めている。これは帝国の放った暗殺者を警戒してのことで、猟兵団以外にも複数の陰供が密かに護衛をしていた。
一応、パレードのルートはすべて確認してあり、暗殺者が狙撃できそうな場所にはパレードに参加しない黒獣猟兵団員が配置されている。また、私たちと並行して影たちが屋根の上などを移動しながら警戒しているため、暗殺の可能性は低いと見ていた。
貴族街は落ち着いた感じだが、平民街に入ると、一気に熱気を帯びてくる。
「ラウシェンバッハ騎士団、万歳!」
「マティアス様、万歳! イリス様、万歳!」
王都全体が沸き立つようで、その民衆の声に私たちは手を振って応える。
「凄い熱気ね。兵たちも満足そうに見えるわ」
「そうだね。これで少しでも彼らの働きに報いられればいいのだけどね」
もちろん、今回の戦いに対し、適正に評価し、褒賞を出すつもりだ。しかし、それだけでは足りないと考えていたのだ。
「大丈夫よ。彼らにとってはあなたの言葉だけでも十分のだから」
パレードは平民街の大通りを一周するコースだが、その距離は六キロメートルほどあり、二時間ほど掛かる。
九月の半ばということで、馬に乗っているだけでも汗が噴き出してくるが、時折吹く風に秋を感じ、苦痛というほどではない。
大通りでは市民たちを相手に多くの屋台が出ていた。
「あとで行けないかしら? 王宮での園遊会より、屋台の方が楽しめそうなのだけど」
イリスがそんなことを言ってきた。
「今日は駄目だね。パレードの後に式典があるんだし、その後には園遊会も控えている。主役である私たちが抜け出すことなんてできないよ」
「そうよね……でも、いいわ。以前と違って、嫌味を言ってくる貴族はほとんどいないんだから」
マルクトホーフェン侯爵が宮廷を牛耳っていた時代を思い出したのだろう。当時は侯爵と対立していた私や彼女に対し、露骨に嫌味を言ってくる者が多かったのだ。
正午頃にパレードを終えると、兵士たちは王国騎士団本部のある西地区に向かう。そこで騎士団主催の祝勝会が行われるためだ。
「あっちの方がいいわ。楽しそうだもの」
イリスは未練がましく、兵士たちを見ていた。
王家主催の式典に参加するため、一度屋敷に戻る。
私たち二人だけでなく、ヘルマンやエレンたちも一緒だ。
「急ぎ、ご昼食を。その後はすぐに着替えをお願いします。午後二時には王宮に入っていただく必要がありますので」
メイド姿に戻った影のカルラがイリスを急かす。
「ドレスに着替えないといけないのよね……本当に面倒だわ……」
将として式典に参加するだけなら軍装でも良いのだが、その後の園遊会に参加する必要があり、子爵夫人に相応しい格好をする必要があったのだ。
午後一時頃、準備が終わり、王宮に向かう。
妻と弟だけでなく、母と子供たちも一緒だ。本来なら十歳未満の子供が式典に参加することはないのだが、ジークフリート王子が提案したためだ。
『せっかくの晴れ舞台なのだ。長く両親を引き離してしまった詫びでもないが、子供たちにも卿らの姿を見せてやりたいと思ったんだ。それに一番幼いティアナでも無暗に騒ぐようなことはないから問題はないだろう』
次女のティアナはもうすぐ五歳になる元気な女の子だが、王子が言う通り、騒いで困らせるようなことは一度もなかった。
この他にもラウシェンバッハ騎士団から第一連隊長のエレン・ヴォルフと第四連隊長のミリィ・ヴァイスカッツェが参加するため、一緒に王宮に入っている。
二人ともラウシェンバッハ騎士団の礼装に身を固めているが、ガチガチに緊張していた。
「勲章をもらうだけだから、そんなに緊張する必要はないよ」
「しかし、陛下から直接いただけると聞いています。俺が国王陛下からですよ。無理ですよ……」
いつもはきりっとしているエレンだが、狼の耳は落ち着きなく動き、立派な尾は少し垂れている。
「私も無理です……言い間違えたらどうしよう……」
ミリィは奇襲部隊を率いることが多く、肝が据わっている女性だが、国王の前に出るということで情けない声を出していた。
「敵を掻き回すことに比べたら、失敗しても誰も命を落とさないんだから、そこまで緊張する必要はないよ」
「ですが、しくじったらマティアス様のお顔に泥を塗ることになります。そんなことはできません」
私に対する忠誠心が原因だったようだ。
そこでイリスが真剣な表情で二人に意見を言った。
「そうね。なら、こう考えなさい。今回の式典はマティの策を成功させるための任務だと。それなら一言一句間違えることはないはずよ」
そこで二人は同時に頷いた。
「確かにイリス様のおっしゃる通りです。自分のことだと思うから駄目なんですね。任務だと考えれば、何とかなりそうです」
エレンがそう言うと、ミリィも同意する。
「森の中で敵の大軍を引きずり回すより簡単そうです。ありがとうございます、イリス様」
彼らが賞賛される場であるはずなのに、それでいいのかと思わないでもないが、これで緊張せずに式典に臨めるならいいかと思うことにした。
式典会場は謁見の間だ。
私たちは控室に向かうため、謁見の間に向かう家族と別れる。
控室にはラザファムらが既に入っていた。
控室にいたのはラザファム、ハルトムート、実弟のヘルマン、義弟のディートリヒ、それに加え、ヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵とルーファス・フォン・グリュンタール伯爵だ。全員が三十歳くらいであり、これまでにはないことだ。
ラザファムとハルトムート、そしてヴィルヘルムは寛いでいるが、ヘルマンとディートリヒ、グリュンタール伯爵は緊張気味だ。
そんな中、控室の扉が開いた。
そこには三十代前半の貴公子であるユストゥス・フォン・ケッセルシュラガー侯爵がいた。その後ろには四十代後半の渋い美男子の参謀長エルヴィン・フォン・メルテザッカー男爵が微笑みながら立っていた。
我々はすぐに立ち上がり、敬意を表するため、頭を下げる。
「一緒に戦った戦友なのだ。堅いことは抜きにしよう」
ライゼンドルフでは東西に分かれていたが、レヒト法国軍と戦っている。また、その後の対応で何度も協議を行っており、肩ひじを張るような間柄ではない。
全員が座り直すと、侯爵が話し始めた。
「軍制改革について少しだけ話を聞いたが、ずいぶん大胆な案だな。方針としては賛成だが、現場に混乱が起きないか、不安があるのだが」
今回の軍制改革でケッセルシュラガー侯爵は西部方面軍を率いることになる。西部方面軍にはレヒト法国との要衝ヴェストエッケ城が含まれるため、不安を感じているようだ。
「少なくとも西部で問題は起きませんよ。そのように手を打っていますので」
「卿がそこまで言うのであれば、問題はないか。メルテザッカー、そうだな?」
「はい。マティアス殿は大言壮語とは無縁の方です。数年単位で北方教会領軍が動くことはないと見ていいでしょう」
メルテザッカー男爵とは彼が第二騎士団の参謀長時代に面識があり、私のことを高く評価してくれる人物だ。
そんな話をしていると、侍従が現れた。
「それでは準備が整いましたので、謁見の間にご案内いたします」
私たちはその言葉を受け、立ち上がった。
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