第三十話「軍師、軍制改革案を説明する」
統一暦一二一五年九月十四日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
私の屋敷でラザファムらの慰労会を行った。
慰労会がお開きになった後、私はイリス、ラザファム、ハルトムート、実弟のヘルマン、義弟のディートリヒを誘い、私の書斎に移った。
手にはブランデーなどの酒があるが、真面目な話をするためだ。
「軍制改革について意見を聞きたい。大体のところは分かっていると思うけど、まずは私から概要を説明する……」
私の考えている軍制改革は軍の近代化だ。
「目的は指揮命令系統の一元化だ。今は王国騎士団と領主軍は別々の組織になっている。義務に縛られる領主としては仕方がない面はあったけど、このままでは組織も装備も一貫性がないし、大規模な作戦は事実上不可能だ……」
我がラウシェンバッハ騎士団やエッフェンベルク騎士団、ノルトハウゼン騎士団は王国騎士団改革を受けて、同じような組織にしている。
しかし、ケッセルシュラガー騎士団を含め、他の騎士団は旧来の小領主軍の集合体のままであり、指揮命令系統や装備は統一されていない。
「しかし、各領の兵力をすべて無くすわけにはいかないし、兵士はその地に住む者が主体となるだろう。それに当面の間、指揮官は領主になる可能性が高い……」
領主軍は治安維持部隊でもあるため、一時的でも不在という状況は作れない。改革が定着するまでの数年間は、現状の領主軍を王国軍に編入することになる。
「問題は指揮命令系統をどうするかだ。仮に男爵が率いる軍に対し、王国軍の指揮官が命令できるようにするとして、どの階級が命令を出せるのか、例えば、大隊長クラスなら可能で、中隊長なら不可能といった感じになるはずだ。しかし、その基準が不明確な状況だ……」
貴族の階級である爵位と軍の階級とは全くリンクしない。そこが問題なのだ。
「そこで領主軍を一旦解散し、王国軍の指揮下で再編する。その際、軍の統一した階級を領主にも付与し、その階級に従って命令権を与える。具体的にはこの表を見てほしい……」
そこで用意しておいたメモを見せる。
そこには将官として大将、中将、少将を、佐官として大佐、中佐、少佐を、尉官として大尉、中尉、少尉という階級が書いてあった。
「例えば、五千人クラスの騎士団の団長には中将、二千人規模の騎士団の団長には少将、三百人規模の守備隊なら少佐といった感じで階級を与える。同じ軍組織の中将なら、騎士爵であっても男爵である少将への命令権を有しているとする。こうすれば、指揮命令系統に混乱は起きない」
そこでヘルマンが質問する。
「つまり、五千人のラウシェンバッハ騎士団の団長である私は中将になり、二千人の騎士団の団長であるグリュンタール伯爵閣下に命令できるということでしょうか?」
グリュンタール伯爵家は北部の武の名門であり、過去には王国軍を指揮したこともある。
「単純に人数で割り振ればそうなるね。だけど、グリュンタール伯爵には北部方面軍副司令官をお願いするつもりだから、恐らく同じ中将になると思う」
「それでも私と同じ階級なのですか……ずいぶん高い地位になるのですね。その地位に見合った働きができるか、自信がありません」
ディートリヒも同じ思いなのか、大きく頷いている。
「その点については、私は不安に思っていないよ。だけど、地位に見合った責任があるというのは間違っていない。だから、階級を付与した後にきちんと教育を受けてもらうつもりでいる」
領主には正式な教育を受けていない者が多くいる。特に田舎の騎士爵は王都に出てくることすら稀で、十八年前に始まっている王国騎士団改革すら知らない者がいるほどだ。
「私は賛成だな。しかし、問題はクライネルトのような無能で有害な貴族の指揮官をどう排除するかだ。マルクトホーフェン派以外にもそんな奴らはいくらでもいるからな」
ラザファムの発言にハルトムートらが頷く。
「その点は課題だと思っているよ。王国軍のトップである司令長官のラズと軍務卿のヴィルヘルム、総参謀長のヴィンフリート殿たちにしっかりとチェックしてもらうしかない」
「ま、待て! 私が王国軍のトップなのか!」
ラザファムが驚く。
「君以外にできる人がいない。能力的にはハルトでもイリスでもいいと思うけど、騎士爵や女性がいきなりトップになると反発が大きい。今回の戦いで王国軍の実質的な総司令官を務め、大きな功績を上げた君なら爵位も問題ないし、誰も文句は言わないだろう」
「俺もマティの考えに賛成だ。ラズが王国軍を率いれば、俺もやりやすい。ちなみに俺はどうなるんだ?」
「ハルトには中将として、東部方面軍副司令官に就任してもらう。司令官はヴェヒターミュンデ伯爵だから問題はないだろう」
「それは助かるな。ところでイリスはどんな役職に就くんだ? マティは国王特別顧問で軍と政府の両方を見ると聞いているが」
「彼女には中将待遇で司令長官付きの補佐官になってもらう」
「補佐官? 具体的に何をするんだ?」
ハルトムートの問いにイリスが答える。
「軍制改革を担当することになるわ」
「確かに適任だな」
ハルトムートの言葉に頷くと、他のメンバーに視線を向ける。
「では、説明を続けるよ」
全員が頷いたので、説明を再開する。
「階級は今説明した通りだけど、組織も大きく変える。さっきも言ったけど、領主軍を廃止し、王国軍に統合する。王国軍といっても距離の問題から王都だけでは管理できない。そのため、総司令部の下に中央軍、東部方面軍、西部方面軍、北部方面軍の四つの軍を置き、それぞれに司令部を置く……」
中央軍は王都シュヴェーレンブルクを中心とした地域を管轄する軍で、王国騎士団とエッフェンベルク騎士団が主力となる。その他に治安維持部隊として一個師団五千名を各地に配置する。
東部方面軍はヴェヒターミュンデ城に司令部を置き、ヴェヒターミュンデ騎士団とラウシェンバッハ騎士団、リッタートゥルム守備兵団が主力となる。
ヴェヒターミュンデ騎士団を第一師団、ラウシェンバッハ騎士団を第二師団、リッタートゥルム守備兵団を第一旅団とし、補給連隊を置く。
西部と北部も同じように既存の騎士団や守備兵団を主体に再編する。ちなみに南部は同盟国であるグランツフート共和国と接しているだけなので、方面軍は置かず、国境警備などは東部方面軍が管轄する。
「そうなると、ラウシェンバッハ領の義勇兵や突撃兵旅団はどうなるんですか? 最大一万五千の獣人兵を王国軍としないのはもったいない気がしますが」
ディートリヒが質問してきた。
「我が領の義勇兵は即応予備兵として、必要になったら東部方面軍司令部が招集する。正規兵にすると維持費が馬鹿にならないからね」
即応予備兵は日本の自衛隊にある即応予備自衛官をイメージしている。といっても私も詳しいわけではないので、イメージだけだ。
即応予備兵は、平時はそれぞれの仕事に従事しつつ、定期的に訓練に参加する。また、武具なども貸与しておき、司令部が招集したら即座に指定の場所に移動し、指揮下に入る。
訓練には手当が出るが、常備兵と異なり、日当だけだ。そのため、人件費を抑えることができる。但し、戦地に赴けば、常備兵と同じ給与が支払われ、消耗品なども軍から貸与される。
「確かに人件費や消耗品費は頭が痛い問題ですね」
エッフェンベルク騎士団長であるディートリヒも、いろいろと苦労しているようだ。
「今のところ、王国軍の常備兵力は四万五千くらいになる予定だ。もちろん、治安維持のための兵力も含んでいるので、純粋な防衛戦力は三万ほどだ。それでも我が国の財政的には過剰なんだ」
グライフトゥルム王国の総人口は約五百万人。国内総生産は推計で約六十億組合マルク。単純な比較は難しいが、金貨や銀貨の重量から日本円に換算すると、一マルク百円程度になるから、六千億円になる。
国家予算は税制改革を行うため、二十五億マルク程度になり、軍事予算はそのうちの二十パーセント、約五億マルクになると考えている。
ちなみに、この軍事予算には治安維持費は入っていない。
つまり、兵士一人当たり一万七千マルク弱、百七十万円しかないということだ。
もっともこの世界の農民の平均年収は五千マルク、都市部でも平均一万二千マルク程度であり、平時の兵士の俸給はそれに色を付けた程度だ。
それでも軍事費が国家予算の二割というのはかなり大きい。できれば削減したいのだが、国際情勢がそれを許さない。
今のところ、中央軍と東部方面軍以外の常備兵は、半数程度を即応予備兵にしようと考えている。
そのことを説明すると、ハルトムートが大きな溜息を吐く。
「ふぅぅぅ……まさか俺が国の予算のことで頭を悩ますことになるとは思わなかったな……」
「王国軍の上層部になるということは、そう言ったことも考えないといけないということだよ」
私の言葉にハルトムートは力なく頷いた。
この他にもシュヴァーン河の水軍に専属の陸戦隊を配置することや、伝令部隊や遠距離専門の弩弓兵部隊の創設なども改革案に盛り込んでいる。
すべてを説明した後、ラザファムたちに意見を聞いたが、特に反対はなかった。
「この改革はジークフリート殿下が即位された後に、国政改革と一緒に提案する。但し、人事案は今言った通りで変更はない。そのつもりでいてほしい」
全員真面目な表情で大きく頷いた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
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