第二十九話「軍師、久しぶりに仲間たちと語らう」
統一暦一二一五年九月十四日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
ラウシェンバッハ領軍が到着した。
王都の門の前では市民たちが盛大に出迎え、凱旋という言葉がよく似合う。
その日の夕方、ラザファムたちが私の屋敷にやってきた。
皆、家族を引き連れており、小さな子供が多いため、ホールに集まると賑やかだ。
「子供たちの声を聴くと、平和な感じがするね」
私の言葉にイリスが頷く。
「ええ。この子たちが戦場に出ないで済めばいいのだけど」
戦場を駆けまわっていた雰囲気はなく、母親の顔だ。
この場にはリヒトロット皇国のエルミラ皇女と彼女の護衛リーゼル・ヴァンデルフェラー伯爵令嬢もいる。
私の乾杯の音頭で気の置けない仲間たちとの慰労パーティが始まった。
「全員が無事でよかった。今だから言うが、六万五千の法国軍に挑むと聞いた時には多くの者が帰ってこないのではないかと思ったものだ」
父リヒャルトがそう話すと、ハルトムートの妻で元ヴェヒターミュンデ伯爵令嬢ウルスラが豪快に返す。
「リヒャルト卿はそう言うが、私は全く心配していなかったぞ。何と言ってもマティアス殿、イリス殿、ラザファム殿が一緒だったのだからな。子供がもう少し大きかったら、ハルトが手柄を挙げるところを見るために私も同行しただろう。イリス殿が羨ましいと何度も思ったものだ」
ハルトムートとウルスラの子は長男ラルスがあと一ヶ月で三歳、次男のヴァルターが生後九ヶ月と小さく、豪快なウルスラもさすがに子供を置いてはいけなかったのだ。
「ラザファム卿が王国軍の指揮を執ったと聞いていますが、どのような戦いだったのですか?」
リーゼルがラザファムに話し掛けている。
彼女は時折ラザファムに熱い視線を向けており、恋心を抱いているのではないかと思っている。
「全軍の指揮はマティが執っていたようなものだな。私は前線で彼の言う通りに指示を出していただけだよ。そうだろ、マティ?」
ラザファムはリーゼルの気持ちに気づいているのか、謙遜気味に答え、私に話を振る。
「ランダル河での戦いでは全軍の指揮を共和国軍のヒルデブラント将軍が執っていたから、私は助言に徹していたよ。王国に戻ってからは局地的な戦いが多かったから、現場に任せていたしね。ラズの方こそ、前線でずいぶん活躍していたじゃないか。敵の総司令官と一騎打ちをするのかと思ったくらいだからね」
「敵将と一騎打ちですか?」
リーゼルが驚いて聞いてきた。
「彼はエッフェンベルク伯爵領の兵と共に敵の主力、白竜騎士団に突撃を掛けたんですが、その時、総司令官である白竜騎士団のフルスト団長が先頭にいたんですよ。そのままぶつかるかと思って冷や冷やしました」
私がそう言って笑うと、ラザファムは少し拗ねたような顔で抗議してきた。
「あれはお前が可能なら討ち取れと言ったからじゃないか」
ラザファムが普段見せない表情をしたことにリーゼルは驚いている。
「確かにそう言ったけどね。結果として敵将を討ち取れたから現場での君の判断が正解だったということだ」
「討ち取れたのはお前がエレンに西に向かえと指示を出したからだ。私だけなら逃げられていただろうな」
そんな話をしていると、もうすぐ八歳になるラザファムの子、フェリックスが目を輝かせている。
「ハルト君も活躍したそうじゃないか。マティでも使いづらいと言っていた突撃兵旅団を完全に掌握したと息子が褒めていたよ」
父がハルトムートに話し掛けている。
「活躍できたのは兵が優秀だったからです。それにイリスの力も大きかったですね。戦いながら的確な助言をしてくれましたから」
「あら、その話は聞いていないわ。イリスさん、どういうことかしら?」
母ヘーデがそう言うと、イリスは途端に挙動不審になる。
「そ、それは……安全なところで助言していただけですわ……そ、そうよね、ハルト」
彼女は縋るようにハルトムートをみるが、彼の方は面白いものが見れると思い、更に追い打ちをかける。
「そうでもないだろう。敵の隊長の一人を討ち取っているし、突撃兵たちが“さすがはイリス様”と感心していたほどだからな」
「イリスさん、後でお話をしましょう。子爵夫人としてどうあるべきかを……」
イリスはハルトムートを睨みつけた。
その様子にラザファムが大笑いする。
「ハハハ! イリスもヘーデ殿には敵わないようだな。これで大人しくなってくれればよいのだがな」
「兄様の命令に従っただけじゃない。酷いわ」
学生時代に戻ったような会話になっている。
その様子をエルミラ皇女とリーゼルは興味深そうに見ていた。
母がラザファムに少し強い視線を向ける。
「ラザファムさん、どういうことかしら?」
「い、いや、マティの指示に従っただけですよ。なあ、マティ?」
彼も子供の頃から知っている母には弱いようで、すぐに私に振ってきた。
「確かに私が前線に出ることを許可したけど、安全なところにいるようにと何度も釘を刺しているよ」
「イリスさん? どういうこと?」
母の言葉にイリスが小さくなるが、その様子に実弟のヘルマンや義弟のディートリヒが笑っている。
不憫に思ったのか、父が間に入った。
「まあ、そのくらいで許してあげなさい。今日は久しぶりに気の置けない仲間が集まったのだから」
それで母も矛を収め、イリスは母に見つからないように小さく安堵の息を吐いていた。
「それにしても皆さん仲がよろしいのですね。羨ましいですわ」
エルミラ皇女が笑顔で会話に加わってきた。
「イリスとラズとは十八年以上、ハルトとも十五年以上の付き合いがあります。ヘルマンとディートは家族ですから」
「それでも羨ましいですわ。このように楽しく会話ができるお仲間がいるのですから」
「殿下もこれから仲の良い方ができると思いますわ。もちろん、私でよければ、いつでもお話し相手になりますし、ウルスラ殿、レオノーレ殿、ナディーネ殿も王都にいる間でしたら大丈夫だと思います」
レオノーレはヘルマンの妻、ナディーネはディートリヒの妻だ。
元伯爵令嬢のウルスラは笑顔で頷いているが、レオノーレとナディーネは皇女が王妃になる可能性があると知っており、少し困惑気味だ。
二人とも田舎の男爵令嬢であり、王家はもちろん上級貴族の令嬢との付き合いもほとんどなく、イリスとすら最初はぎこちなかったほどだ。
「レオノーレとナディーネも構える必要はないわ。マルクトホーフェン派はいなくなったし、私たちにうるさく言える人はほとんど残っていないわ。それにこれからは身分の垣根を少しでも下げるべきだと私もマティも考えているの。その中には王室も含まれるから」
実際、母ヘーデは別として、私の妻であり、軍人としても政治家としても有能なイリスに対し、貴族の令室や令嬢が表立って何かを言ってくる可能性はないだろう。
妻の言葉に二人も納得し、表情を緩めた。
「そうなのですね。滅多に王都には来ませんが、私でよければ、いつでもお伺いします」
「私もレオノーレ様と同じです」
二人の言葉にエルミラの表情が明るくなる。
「嬉しいです。私にはリーゼルしかいませんでしたから」
リーゼルも大きく頷いている。
エルミラ皇女たちは四年ほど前、皇国から脱出してきた。しかし、帝国軍の動きが速く、二人しか生き残れなかったのだ。
「私からも是非ともお願いしたい。令室である皆さんにいろいろと教えていただきたいと思っていますから」
女性陣の話を何となく聞いていたが、ハルトムートが笑いながらラザファムに突っ込む。
笑っているが、ラザファムを慕うリーゼルと上手くいけばいいと思っているようだ。
「リーゼル嬢のことはどう思っているんだ? 美人だし、お前が好きそうな真面目な性格だが」
「どうだろうな。確かに素晴らしい女性だと思うが、考えたことがなかったな」
ラザファムは真面目な表情で答えた。
それに対し、私もハルトムートの思惑に乗る。
「深く考える必要はないんじゃないかな。当面、王都にいることになるんだし、ここにも頻繁に来るつもりなんだろ?」
「そうだな。騎士団本部と屋敷を往復するだけでは味気ない。マティとはいろいろと話をしたいしな」
「なら、構えずに自然体で彼女のことを見ればいいと思うよ」
そんな話をしながら、慰労会は進んでいった。
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