第二十五話「軍師、皇女の処遇について議論する:前編」
統一暦一二一五年八月二十三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
昨日、国政改革に関する説明を宰相以下の重臣に行った。
考え自体は否定されなかったが、急進的な改革であり、即座に了承されることはなかった。
これについては想定内だ。宰相であるレベンスブルク侯爵や財務卿であるオーレンドルフ伯爵、宮廷書記官長である義父カルステンはいずれも五十歳前後。ガチガチの保守派になる年齢でもないが、これまでのやり方をすべて否定することは難しいからだ。
唯一、軍務卿になったヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵だけは即座に賛成しているが、彼は私より一歳年下と若く、更に学生時代から私の考え方を知っているから理解できたのだ。恐らく、同じ年代の貴族に説明しても、賛成する者はそれほど多くないと思っている。
そのため、国政改革については来年以降に本格的に実施することになった。当面は宰相府の下に私が提案した九つの省を置き、これまでの慣例に従って、省の長を決める。
但し、子爵であっても省の長、“卿”になれる特例を設けた。
理由は簡単だ。マルクトホーフェン侯爵派を排除したことで、その候補者が減ったためだ。
現在、侯爵家は四、伯爵家は三十五だ。以前に比べ、侯爵家が一家、伯爵家が五家減ったことになる。
また、その伯爵家以上でも候補となれる者が極端に少ない。
ケッセルシュラガー侯爵家は王国の西部に領地を持ち、元々国政への興味が薄かった。また、当主であるユストゥス・フォン・ケッセルシュラガー侯爵は軍制改革で西部の守りの要にする予定であり、候補から外している。
メンゲヴァイン侯爵家だが、六月に当主オットーがアラベラに殺された後、二十五歳になる長男ユスティンが家督相続を申請したものの、未だに相続の審査中だ。
宮廷が混乱していたこともあるが、ユスティンが妾腹の生まれで、正妻の子である次男のハインリッヒが相続の無効を申し出ており、審査が長引いているのだ。
一応、ユスティンが嫡男として記録されていたが、マルクトホーフェン侯爵が宮廷書記官長時代に政敵への嫌がらせとして、それを勝手に破棄しており、泥沼の相続争いになりつつあった。
いずれも有能とは言えず、この機に潰してしまった方がいいと思い、放置している状況だ。
もう一つの侯爵家であるクラース侯爵家だが、当主のフゼイフ・フォン・クラース侯爵は元宰相の父テーオバルトに似て無能だ。家督相続から八年が経ち、四十七歳になっているが、同盟関係にあったマルクトホーフェン侯爵ですら使えないと判断して放置したほどだ。
その結果、マルクトホーフェン侯爵派とみなされず、今回の処分から逃れることができたのだが、重職に就けることなど考えられない。
次に伯爵家についてだが、多くが領地を持たない、いわゆる法衣貴族で、そのほとんどが元王族だ。
これは国王になれなかった王族の男子は公爵になるのだが、そのまま放置しておくと、公爵家だらけになってしまうため、公爵家は三代目になると王位継承権を失い、伯爵に降爵されることになっている。
つまり、現国王の従兄弟までは王位継承権を持つため公爵だが、その次の世代は王位継承権を持たないため、伯爵にされてしまうということだ。
元王家というプライドが邪魔をするためか、人間関係の面で問題があり、また、能力的にもこれまでも重臣に耐えられる者はほとんど出てこなかった。
この他の伯爵だが、シュタットフェルト伯爵やグリュンタール伯爵のように軍関係者が多く、今のところ内政を任せられるのはオーレンドルフ伯爵くらいだ。
ここまで軍関係に偏っているのは、ここ数十年に渡ってマルクトホーフェン侯爵と反マルクトホーフェン派が争っていたためだ。
国政に参加しても二つの派閥の争いに巻き込まれるだけでメリットはなく、軍関係なら、対法国戦で戦果を挙げれば一定の発言力を持てるため、能力がある者は軍関係を選ぶことが多かったのだ。
一方の子爵家以下だが、子爵家が四十五ほど、男爵家が七十ほどになった。その半数ほどが法衣貴族であり、彼らは宰相府の官僚として国政を実際に動かしていた。
また領地持ちであっても我が家のように文官の家系も多い。
これは子爵家以下の領地では優秀な兵を維持することは難しく、また、王国軍改革が行われるまで、能力があっても爵位が壁になって騎士団長になることはほとんどなかった。
そのため、コストが掛からない文官を目指す者が多かったのだ。
子爵以下は実務に携わっているため、その中から各省の長を選抜し、国政を回そうと考えている。
今日は妻のイリスと共にジークフリート王子と今後について話し合っていた。
そこに侍従が現れ、来客があると告げられる。
「リヒトロット皇国のエルミラ・シュヴァルツコップ侯爵令嬢とリーゼル・ヴァンデルフェラー伯爵令嬢がジークフリート殿下にお目通りを願っております。いかがいたしましょうか?」
リヒトロット皇国の皇女エルミラ・リヒトロットは皇国の滅亡後、ジークフリート王子がいたネーベルタール城に匿われた。その際、皇家の生き残りと知られると、帝国の暗殺者の標的となるため、侯爵令嬢と身分を偽っている。
「先触れがあったと聞いている。応接室に通してくれ」
エルミラと彼女の唯一の付き人であるリーゼルは、マルクトホーフェン侯爵を排除したという連絡を受け、ネーベルタール城から安全な王都にやってきたのだ。
「マティアス卿とイリス卿も一緒に会ってくれないか。彼女の今後について、相談したい」
「承りました」
そう言って頷くと、応接室に向かう。
応接室に入ると、ドレス姿の小柄な美少女と二十代前半の女性騎士が待っていた。
「エルミラ殿、リーゼル殿、よく来てくれた。こちらがマティアス卿とイリス卿だ」
ジークフリート王子が私たちを紹介する。
「エルミラ・リヒトロットと申します。高名なラウシェンバッハ子爵ご夫妻にお会いでき、感激しております」
ジークフリート王子と私たち、護衛のアレクサンダーらしかいないため、本名を名乗った。
エルミラ皇女はプラチナブロンドの髪とサファイアブルーの瞳が特徴的な美少女だが、表情は柔らかく、亡国の皇女という悲壮感はない。
「リーゼル・ヴァンデルフェラーと申します。非才の身ながら、皇女殿下の護衛を務めております」
リーゼルはそう言うと、ピシっという感じで頭を下げる。彼女は女性にしては長身で、身のこなしもキビキビとしており、護衛というのも納得だ。ヴァンデルフェラー伯爵家は最後まで帝国に抵抗した皇国の武の名門であり、剣の腕もなかなかのものらしい。
「初めて御意を得ます。マティアス・フォン・ラウシェンバッハと申します。彼女は私の妻、イリス・フォン・ラウシェンバッハです」
私とイリスは最大限の敬意を表するように頭を下げる。
「エルミラ殿も私が卿に師になってもらうため、グライフトゥルム市を訪れたことを知っている。もう少し肩の力を抜いて話をしてもよいと思う」
王子が陽気さを見せながら提案する。
「私もそうお願いしたいですわ。マティアス卿」
十三歳という年齢の割にはしっかりしている。
「それでは非公式の場ではそのようにさせていただきます」
そう言ってからソファに座った。
「エルミラ殿を王宮で保護したいと思っている。帝国には気づかれていないが、ネーベルタール城では不安がある。まだ兄上には伝えていないが、まずは卿らの意見を聞きたい」
ネーベルタール城は辺境の小城で影は配置されているものの、夜の暗殺者を送り込まれたら対応が難しい。
その点、王宮なら警備は万全だ。
「その前にエルミラ殿下のお考えをお聞かせしていただきたいと思います。殿下は皇国の再興をお望みでしょうか?」
十三歳の少女に聞くのは酷な質問だが、聞かないわけにはいかない。
エルミラ皇女は少し考えた後、困惑したような表情で話し始めた。
「正直なところ、私にもよく分からないのです。私は物心つく前から、皇都ではなくクレーエブルク城に住んでいました。母は私が生まれた直後に亡くなったと聞いていますが、父である皇王陛下とは一度も会った記憶がありません。皇家の血を引く身としては祖国の再興を目指すべきなのでしょうが、皇家の義務と言われてもよく分からないのです」
「では、帝国に対して恨みはお持ちですか?」
その問いにはしっかりと頷く。
「はい。クレーエブルクは私にとって故郷でした。その故郷を踏みにじり、両親ともいえるヴァンデルフェラー伯爵夫妻を殺した帝国に復讐したい気持ちはあります」
復讐という言葉を使うが、昏さは感じさせない。
「なるほど。では、ジークフリート殿下にお尋ねします。殿下はリヒトロット皇国を再興させたいとお考えでしょうか?」
王子は少し考えた後、首を横に振る。
「皇国が滅んだことは残念だが、今の王国にゾルダート帝国を打ち倒し、皇国を再興させることは無理だろう」
「分かりました。私の考えはエルミラ殿下を不快にさせるかもしれませんが、お聞きになられますか?」
「お聞きしたいと思います」
エルミラ皇女はしっかりと私の目を見つめて答えた。
そのことに驚くが、それを見せることなく、私は頷いた後、説明を始める。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
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