第二十二話「軍師、会合について提案する:後編」
統一暦一二一五年八月二十一日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
大賢者マグダと四聖獣の鷲獅子が王都シュヴェーレンブルクに降り立った。
四聖獣を集め、我々人族に警告を与える会合について、具体的な提案を行う。
「会合についてですが、五年に一度、各国の首都に四聖獣様が集まり、我らに言葉を掛けていただきます。現在この世界には六つの国がありますから、三十年に一度、自国で開催されることになります。三十年であれば、世代交代はあるものの、前回の記憶は残っていますから、持続的な効果はあると思います」
以前は十年に一度と考えていたが、それでは六十年周期になり、前回の記憶を持つ者は極端に減ってしまうし、記憶がある者も七十を過ぎた老人だけだ。
三十年に一度なら、二十代の者は五十代に、三十代の者は六十代になっている。責任ある立場の世代が体験しているから、無茶なことはできない。
そのため、五年に一度という提案にしたのだ。
「また、五年ごとの会合において、四聖獣様のご発言を各国のすべての町や村に周知いたします。こういったことが行われ、四聖獣様が我ら人族に関心を持っていると知れば、禁忌の重要性を忘れることはないでしょう」
『五年に一度も姿を見せ、言葉を掛けよと申すのか。我はよいが、鳳凰は面倒だと言うだろう。聖竜や神狼もそれほど頻繁に管理者の考えを周知せねばならぬ存在なら、滅ぼしてしまえと言いかねぬぞ』
「もし、そのような事態になるのであれば、四聖獣様が代行者たる資格、すなわち管理者より与えられた義務を放棄したと宣言することに等しいと考えます。それならば、この世界が滅びても仕方がないでしょう」
管理者がなぜ性格の全く異なる四聖獣を代行者にしたのか、理由は伝えられていない。
しかし、その代行者が自らの性格ゆえに義務を果たさないのであれば、その資格がないと言わざるを得ないと本気で考えている。
「マティアスよ、我もそう思わないでもないが、少し口が過ぎる」
大賢者が苦言を呈してきたが、私は反論する。
「私はこの世界を守るために必要な提案を行っています。代案もなしに反対、もしくは無効とされるのであれば、世界を守るという管理者の思いを無視していることと同じです。千二百年前のオルクスの反乱を繰り返すことになりかねません」
千二百年前、フリーデンという統一国家ができたが、オルクスと呼ばれる魔導師たちが反乱を起こし、フリーデンは崩壊した。
ただ崩壊しただけなら一国家が滅びただけだが、その際、魔導の無制限な使用により、多くの魔素溜まりが生まれ、魔獣の脅威が強まったとされている。
「言いたいことは分かるが、代行者が積極的に関与しても、フリーデンは滅んだのじゃ。本当に有効な策か、疑問を感じるの」
「私は代行者の関与が過度であったのではないかと考えています。私の提案は人族の自主性に任せ、方向性が誤っていないかだけを確認するというものです。今はその方向性すら確認されず、数百年ごとに禁忌が行われてしまったのだと思っています」
「なるほどの……鷲獅子よ。儂はマティアスの考えを是とするが、そなたはどうじゃ?」
『我も当面はそれでよいと思っている』
「当面? なるほど、管理者が復活するまでの間と言いたいのじゃな」
『そうだ。我らは前の管理者に、世界の管理を任された存在。新たな管理者が生まれれば、その方針に従うのみ』
大賢者たちはジークフリート王子が管理者となれば、この取り組みも不要になると話しているが、イリスたちは付いていけないのか、疑問を感じているようだ。
「ありがとうございます。その会合の際に四聖獣様や大賢者様から伝えていただきたいことについても提案させていただきます」
「儂らは禁忌を忘れるなと伝えるだけではないのか?」
「それもありますが、管理者についても、繰り返し伝えていただきたいと思っています」
『それはなぜだ?』
グライフが疑問を口にした。
「最後の管理者が身罷られたのはおよそ千五百年前。叡智の守護者の大導師シドニウス様ですら、姿を見ておられないと聞いております。つまり、この世界にいる人族にとって、管理者は遠い存在なのです」
『それは分からぬでもないが、伝承として残っているのであろう。それに助言者が繰り返し話しているはずだが』
「おっしゃる通りですが、伝承については先ほど申し上げた通り、あまりに大きな話で現実味がありません。また、大賢者様は国王や重臣たちと語らうことはあっても、その事実が公表されることはありませんでした。管理者が実在すること、復活があることを四聖獣様と大賢者様からお話ししていただければ、先ほど申した通り、津々浦々まで周知しますので、すべての民が知ることになります」
「それはよいかもしれぬ。我らが集まる会合は民たちの関心も強かろう。そこで話せば、より身近に感じるということじゃな」
『うむ。先ほどのマティアスの考えが正しいのであれば、確かに効果はある』
「はい。私の考えに誤りがあっても、我々の信仰の対象である四聖獣様が語られることには大きな意味があると思います」
四聖獣は滅多に姿を見せないが、その存在は強く認識されている。そのため、彼らが管理者について語れば、いずれ復活すると信じられるようになると思っている。
ジークフリート王子が管理者となるかは分からない。しかし、あまりに不確かな存在だと人族が考えていると、素直に従わない可能性がある。それを少しでも払拭しておきたいのだ。
「……うむ。この提案は我らの悲願にとってもよいことかもしれぬ……」
大賢者には私の意図が伝わったようだ。
「他にもお願いがあります」
『それはなんだ?』
「魔導師の塔に対し、警告を発することです」
「警告……なるほど、真理の探究者に対する警告じゃな」
「はい。お恥ずかしい話ですが、私は幼い頃、ある魔導具の開発を行い、大賢者様の手を煩わせてしまいました。その時はそれが世界を危機に陥れる可能性があるなど、全く考えていなかったのですが、真理の探究者の魔導師たちもその可能性を軽く見ている節がございます」
二十年ほど前、叡智の守護者の塔で療養していた時に、魔導具の原理を使った熱機関の開発を行ったことがある。単に動力を得るためという軽い気持ちだったが、魔導工学の過度な発展により、この世界が滅びかけたと聞き、慌ててやめている。
「そのようなことがあったの」
大賢者は懐かしそうに笑っている。
「はい。他にも神霊の末裔では魔導器の研究を行っているという噂があります。魔導器は魔象界と具象界を繋ぐ器官であり、扱いを誤れば、魔導具以上に危険ではないかと考えております。この辺りは大賢者様の方がお詳しいとは思いますが」
神霊の末裔は配下に夜という暗殺者集団を持っているが、その夜の暗殺者は肉体に改造が施されている。
その改造の根幹が魔導器の強化だと叡智の守護者は考えていた。
神霊の末裔は以前から研究していたが、ここ数年で更に研究に力を入れ始めた。その理由だが、マクシミリアンが皇帝に即位した後、帝国は積極的に夜を雇ったため、大量に暗殺者が必要となり、効率的な養成のために研究を強化したらしい。
単に暗殺者を作るだけなら、我が国への脅威はともかく、世界にとって問題は小さい。しかし、魔導器が暴走すると、本人が魔人化するだけでなく、魔素溜まりを作り出すことになる。
その魔導器が大きくなれば、影響も大きくなるし、暴走しやすくなれば、世界に影響を及ぼしかねない。そのため、警告が必要だと考えたのだ。
「儂も危惧しておるが、叡智の守護者の関係者でもあるからの」
「ですので、四聖獣様から釘を刺していただくのです。彼らも四聖獣様の警告を無視することはできないでしょう」
『それはそなたの利益のためではなかろうな?』
グライフが威圧を込めて聞いてきた。
実際、真理の探究者が魔導具の研究をやめれば、通信の魔導具の性能は低いままなので、我が軍の優位性を維持し続けられる。
また、夜も帝国が雇っているから、それを掣肘することにも繋がり、我が国に大きなメリットがある。
「間接的に利益に繋がることは否定しませんが、それ以上に危険であると思っています」
真っ直ぐにグライフを見つめて言い切った。
『ならばよい。助言者も危惧していたことだからな』
どうやら納得してくれたらしい。
その後、細かな調整を行い、鷲獅子は王都を去っていった。
その夜、大賢者はジークフリート王子と語り合った。
私はその場に参加しなかったので、詳しくは知らないが、大賢者も王子も満足そうにしていた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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