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第二十話「赤狼騎士団長、軍師に操られる:後編」

 統一暦一二一五年八月二十日。

 レヒト法国北部北方教会領都クライスボルン、大聖堂内。オトフリート・マイズナー赤狼騎士団長


 マルク・ニヒェルマン総主教に今後の方針を説明している。

 もっとも俺の考えたことではなく、王国の軍師“千里眼のマティアス”が考えたことだ。

 総主教は俺が饒舌であることに違和感を持ち、そのことに気づいた。


「これは貴様が考えたことではあるまい。誰の考えだ?」


「やはり気づかれましたか」


「貴様は有能な将だが、マルシャルクと違い、交渉事が得意ではない。誰かに耳打ちされたのだろう」


「はい。すべてグライフトゥルム王国の軍師ラウシェンバッハの考えです」


「ラウシェンバッハだと! 今回の元凶の策に乗ったというのか!」


 総主教は興奮して立ち上がった。


「これは我らと奴の双方に利があるのです」


「愚かな! 奴の口車に乗せられたか!」


 総主教は怒りに打ち震えている。


「そうかもしれませんが、まずはお聞きください。奴は我が国が王国西部に攻め込むことを防ぎたいと考えています。帝国という強敵がいる以上、二正面作戦を避けたいためです」


「それは分かるが……」


 俺が理詰めで話すことに困惑しているようだ。


「一方、我が国は東方教会と西方教会の連合軍が壊滅的な損害を受け、今後十年以上にわたり、他国への侵攻作戦を行うことはできません。実際、一二〇三年に行われたヴェストエッケ攻略作戦の失敗により、十年以上にわたり、外征はできませんでした。その時よりも今回の方が損害は多いのです」


「そうだな。ならば、ラウシェンバッハにメリットなどないではないか」


 こう言ってくることはドマルタンが予想しており、すぐに答えていく。但し、真っ直ぐに答えず、少しはぐらかす。


「ですが、奴は獣人族(セリアンスロープ)を欲しています。その交渉を我らに任せることで、早期に強力な戦力を手に入れることができます」


「話が見えぬな」


 ドマルタンはこう言えば、総主教は困惑し、話に興味を持つと断言した。実際、その通りになっている。


「先ほどの再発防止の策に加え、王国との交渉において、賠償金の支払いを軽減する策を提案すれば、猊下の評価は一気に上がるでしょう。そうなれば、法王聖下になられることもあり得ぬこととは言えません」


 法王になるという言葉に目を丸くしている。


「ラウシェンバッハは私が法王になり、獣人族を送ることを期待していると言いたいのか?」


「その通りです。奴は必要な数の獣人族を得るのに十年程度は掛かると見ています。その間、協力体制ができていなければ、円滑に獣人族を得ることができません。そのために我らを利用しようとしているのです」


「利用されると分かっていても奴の策に乗るというのか?」


 総主教はようやく腑に落ちたのか、先ほどまでの興奮は完全に影を潜めている。まさにドマルタンの、つまりラウシェンバッハの予想通りの展開だ。そのことに内心で驚きながらも、ドマルタンに言われた通りに話を進める。


「よくお考え下さい。王国が我が国に攻めてくることはありません。また、こちらから攻めるにしても早くて十年後、恐らくですが、二十年は掛かるでしょう」


「獣人族の兵士は厄介だと聞いた。敵を強くしてどうするのだ?」


 想定通りの質問だ。


「その通りですが、二十年後に苦労するのは我々ではありません」


「貴様は将来に禍根が残ると知りながら、自らの利益のために見て見ぬふりをするというのか?」


 そう言いながらも怒りが込め上げている感じではない。総主教も遠い将来のことより、自分が生き延び、更に権力を握るということに魅力を感じ始めているようだ。


「王国にはラウシェンバッハという稀代の軍師がおります。そして奴はまだ三十歳を過ぎたばかり。二十年後なら五十歳そこそこです。獣人族がいようがいまいが、あの天才を相手にするのですから、苦労することに変わりはないでしょう。それならば、我が国の資産を守る提案をした方が有益だと思われませんか?」


 俺にこんなことは考えられないから、この辺りの言い回しはドマルタンの指示に従っている。


「確かにそうかもしれんが……」


 総主教は迷い始めた。

 ドマルタンは総主教が自らの命と正義感に板挟みになると断言しており、その通りになっている。


「マルシャルク殿の失態により、我が国は未曽有の危機に瀕しているのです。ラウシェンバッハの考えに乗らずに我が国が立ち行く方法があるなら、それをご教示いただきたい」


「……」


 総主教は答えに窮している。


「ラウシェンバッハは確かに敵ですが、奴にとって重要なことは王国を守ることです。我が国が動けぬ以上、王国の脅威はゾルダート帝国のみ。言い方は悪いですが、既に我が国は奴にとって脅威ではないのです」


 悔しいがこれは事実だ。

 総主教も同じ思いなのか、自嘲気味に頷く。


「その通りだな」


「それに戦力にならない獣人族を飼っておくより、高く売りつけた方が国益に合うのです。これは利敵行為ではなく、祖国を守るための策。そうではありませんか?」


 私自身、今の言葉を信じている。

 四聖獣様の怒りから国を守り、グライフトゥルム王国やグランツフート共和国からの過大な要求を躱すには、権力を握る必要がある。


 緊急避難という考え方らしいが、現法王や他の総主教では対応に失敗する可能性がある。それならば、鷲獅子(グライフ)様を説得したラウシェンバッハに乗ることが最も安全だと考えたのだ。


「しかし、マルシャルクは餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)を作り、グライフトゥルム国王を討ち取っている。戦力にならぬとは言えぬのではないか?」


「あれはマルシャルク殿だからできたこと。第一、“名誉普人族(エーレンメンシュ)”という考えが正しいと思っていない者がほとんどなのです。猊下も餓狼兵団のような部隊は二度と作れぬとお考えではありませんか?」


 合理的なマルシャルクだから餓狼兵団を組織し、手足のように使えた。

 奴を失った今、それが可能な将はいないし、聖職者の中にはマルシャルクに直接文句を言っていた者すらいたのだ。同じことをしても成功するはずがない。


「そうだな。役に立つと分かってはいるが、作れるとは思えん」


「ならば、祖国を守るために、この方針で行くべきでしょう」


「……祖国を守るためか……そうだな。貴公の案で行こう」


 こうして総主教は俺の言葉に乗った。


■■■


 統一暦一二一五年八月二十日。

 レヒト法国北部北方教会領都クライスボルン、神狼騎士団本部。(シャッテン)ウーリ・ターク


 マイズナーが大聖堂から戻ってきた。

 その表情は明るく、交渉が上手くいったとすぐに分かった。


「上手くいったぞ。猊下は貴様らの策に乗った」


「それはよかった」


「これからもよろしく頼む。明後日には聖都に向かって出発するのだからな」


 私はマティアス様の指示に従い、マイズナーの相談役になっている。

 この男は単純であり、策を成功させるためには事細かに指示を出す必要があるためだ。


「では、明日にでも総主教に会わねばならんな。その方が貴殿もよいのだろ?」


「そうしてくれると助かる。今日は何とか説明できたが、時々不安になった。貴様が話してくれた方が俺も安心できるからな」


 マティアス様はマイズナーの能力に不安を持ち、私を同行させたのだが、こうも簡単に本人が認めるとは思っておらず、内心で大きく呆れていた。


(まあ、この男はきっかけに過ぎん。野心家のニヒェルマンを上手く制御せねば、失敗することもあり得るのだ。ここからが勝負だな……)


 マティアス様の策の目的は、ニヒェルマンを法王にすることでも、獣人族を救出することでもない。

 法国に政治的な混乱を与え、長期にわたって国力を低下させ続けることだ。


 そのため、現法王アンドレアスを失脚させる必要があり、それが成功するなら、ニヒェルマンとマイズナーが処刑されようと問題はない。


 ただ、ニヒェルマンが法王となり、マイズナーが神狼騎士団のトップになる方が法国の混乱が大きくなるため、王国にとっては望ましい。


「今頃、共和国が休戦協定の破棄を伝えているはずだ。できる限り早急に聖都に入った方がいいだろう」


 ライゼンドルフで神狼騎士団が武装解除に応じた後、マティアス様は共和国の国家元首である最高運営会議議長宛て書簡を作成し、すぐに(シャッテン)に送らせた。


 我らの足であれば、八月の初旬には共和国の首都ゲドゥルトに到着しているはずで、その方針に従ってくれるなら、既に外交官が聖都に入っているはずだ。


「もちろん分かっている。既に貴様の提案に従って船の用意を命じている」


 偉そうに言っているが、この辺りの段取りを全く理解していない。


(聖都までは一ヶ月ほどで着くはずだが、その間、この男の相手をせねばならんのか……)


 仕事に私情を挟むことがない間者にあるまじきことだが、この無能な男の相手をするのには辟易しており、心の中で大きく溜息を吐いていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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