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第十六話「軍師、宰相を唆す」

 統一暦一二一五年二月二十二日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 三年ぶりに王都に戻ってきた。

 王都にはまだレヒト法国軍が動いたという情報が広がっていないためか、平穏そのものだ。


「これが王都か……ほとんど覚えていないな……」


 我が家の馬車に乗り換えたジークフリート王子が外を見ながら呟いている。

 彼は五歳の時に北の辺境、ネーベルタール城に送られ、十年以上戻っていないので記憶がなくてもおかしくはない。


「謁見の申請は行っていますが、宮廷書記官長に握り潰される可能性は否定できません。念のため、宰相に話は通しておりますので、本日の謁見が難しいなら、宰相の屋敷で過ごしていただき、明日以降に謁見をねじ込む予定です」


 私も王子も追放されたわけではなく、療養のために王都を離れただけだ。公職についていない子爵に過ぎない私が国王に謁見することは難しいが、王位継承権保有者である王子が国王に会うことは難しくない。


 但し、宮廷を牛耳っている宮廷書記官長ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵がなんだかんだ理由を付けて、妨害する可能性はある。


 そのため、宰相であるオットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵に共和国防衛の話を含めて、提案があると連絡してあった。


「共和国への援軍の話はどうなっているのだろうか?」


「まだ決まっていないようですね。共和国からの援軍要請もありませんし、その情報が正しいのか、裏も取れていない状況ですから」


「援軍要請を待っていては間に合わないのではないか?」


 王子が憂い顔で聞いてきた。


「おっしゃる通りです。ここからグランツフート共和国軍の駐屯地、ヴァルケンカンプまでは約八百五十キロメートル。そこから国境のズィークホーフ城までは更に四百五十キロメートル。通常の軍であれば、順調であっても二ヶ月強は掛かるでしょう。情報では共和国侵攻作戦は五月一日に発動ですので、国境で防衛するなら既にギリギリなのです」


 グランツフート共和国は大陸公路(ラントシュトラーセ)上にある商業都市ヴァルケンカンプに、共和国軍の主力二万を駐屯させている。


 これはレヒト法国との国境、ランダル河は川幅が狭く水深も浅いため、渡河が容易であることから防衛線が長くなるためだ。国境に戦力を展開すると薄く展開することになり、各個撃破される恐れがある。また、国境付近には大都市がなく補給が難しいことも理由の一つだ。


 元々共和国は法国の一部であったため、ヴァルケンカンプには我が国グライフトゥルム王国と東のシュッツェハーゲン王国への侵攻拠点として大規模な駐屯地があった。そのため、それを流用したという理由もある。


 叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の持つ長距離通信の魔導具を使えば、共和国の首都ゲドゥルトにも一台あることから、援軍要請は今でも行える。しかし、この魔導具については極秘であり、同盟国である共和国にも伝えていない。


 共和国には(シャッテン)が走って西方教会領軍出陣の情報が伝えられているが、一日に二百キロメートル走ることができる(シャッテン)でも、ゲドゥルトからシュヴェーレンブルクまでは一週間は掛かる。


 共和国は闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)と契約していないことから、真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者しかおらず、彼らの能力では少なくとも二倍の二週間は必要だ。正式な援軍要請が来るとしても、来月初旬ということになり、間に合わないことは決定的だ。


「それならまだ間に合う可能性があるということか」


「いえ、軍は兵だけが動けばいいというものではありません。食糧や飼葉の物資がなければ、一日で動けなくなってしまうのです。ですので、今から補給体制を構築し、物資を運搬しているようでは全く間に合わないのです」


 一万人の兵士が移動するだけでも、少なくとも一日当たり約二十トンの食糧が必要となる。一輌の馬車に四トンの物資が積めるとして、一日分で五輌、十日分なら五十輌の荷馬車が必要だ。

 飼葉は更に多く、千頭の馬でも上記とほぼ同じ台数の荷馬車が必要となる。


 また、馬車を引く馬の飼葉も必要になるため、更に物資は増えていくし、飲料水が用意できない場所は重い水を運ぶ必要もある。


「だからイリス卿に準備を頼んだか……私はまだまだだな。共和国が遠いとは分かっていても補給のことまで頭が回っていなかった」


「これから覚えていけばいいだけですよ。それに正式な教育を受けていない我が国の指揮官はこんなことすら理解していませんから」


 そんな話をしていたら、王宮の門の前に到着した。

 執事姿の(シャッテン)、ユーダ・カーンが声を上げる。


「第三王位継承権所有者、ジークフリート王子殿下及び前総参謀長ラウシェンバッハ子爵閣下である! 殿下は陛下にご帰還のあいさつを希望されている! 直ちに宮廷書記官長閣下に取次願いたい!」


 その言葉で王宮を守る第一騎士団所属の近衛騎士が出てきた。


「直ちに連絡いたします。お待ちください」


 一応連絡は来ていたようで、すぐに伝令の衛士が走る。

 五分ほどで衛士は戻ってきた。


「宮廷書記官長閣下より、控室でお待ちいただきたいとのことです。なお、陛下よりジークフリート殿下と家族として話をしたいとのことで、ラウシェンバッハ子爵閣下につきましてはご遠慮いただきたいとのことです」


 想定通りなので笑みを浮かべて答える。


「承知しました。では、メンゲヴァイン宰相閣下とお約束がありますので、そちらに向かいます」


 この話は聞いていなかったのか、近衛騎士が焦る。


「宰相閣下に確認してまいります!」


「不要ですよ。謁見ではなく、宰相閣下の執務室に行くだけですから、何も問題はありません」


「し、しかし……しばし、しばし、お待ちを!」


 近衛騎士は私を入れるなと命令されていたようで、焦りまくっている。


「私は子爵家の当主ですよ。陛下への謁見はともかく、王宮内に入ることを禁じられてはいないはず。それとも私に謀反の嫌疑か何かが掛けられているのですか? そうでないなら、職権乱用で騎士団本部に苦情を申し立てますが?」


 私の言葉は正論なので、近衛騎士は反論できない。


「問題ないようですので、入らせていただきます。ユーダ、馬車を進めてくれ」


 衛士たちも隊長である近衛騎士が何も言わないため、オロオロしているだけだ。その横を通っていくが、ジークフリート王子が今のやり取りについて聞いてきた。


「卿を入れるなという命令が宮廷書記官長から出されていたということか? 勝手に入って問題ないのだろうか?」


「問題ありませんよ。というより、宮廷書記官長が問題にしてくれる方が私にとっては好都合です。王国貴族に与えられた正当な権利を恣意的に侵害したのですから、そのことをもって宮廷書記官長としての資格なしという告発ができます。そうなれば、御前会議で発言できますし、中立派を引き寄せることもできますので」


「卿はそこまで狙っていたのか……」


 王子は驚いているが、この程度で驚かれては今後が不安だ。


「マルクトホーフェン侯爵を排除すると決めたのであれば、徹底的にやるべきです。中途半端な対応は禍根を残すだけですから」


「確かにそうだな。分かった」


 そんな話をしていると、車寄せに到着する。

 そこで馬車を降り、王子と別れて宰相の執務室に向かった。


 オットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵は五十前の肥満気味の典型的な貴族だ。ゴテゴテとした派手な衣装を身にまとい、指には豪華な指輪をいくつも嵌めている。


「久しいな、ラウシェンバッハ」


「お久しぶりでございます。閣下もご健勝のようで何よりです」


 侯爵は機嫌よく話し始める。


「先日は面白い話を持ってきてくれたな。久しぶりに奴の悔しがる顔を見ることができたぞ」


 ラザファムを帰還させるために、御前会議でマルクトホーフェンをやり込めたことを言っているようだ。


「お役に立てたようで幸いです。つきましては、もう一つ面白い話を持ってまいりました。マルクトホーフェン侯爵が悔しがることは間違いないでしょう」


「うむ。聞こうか」


 すぐに興味を持ってくれた。


 この侯爵は昔からとても操りやすい。基本的にライバル視しているマルクトホーフェン侯爵をやり込められればいいだけなので、その方向に話を持っていけば、何でもやってくれるからだ。


「閣下も法国が共和国に攻め込むというお話は聞いておられるかと思います」


「うむ。聞いておるぞ。何でも六万を超える大軍だそうだな」


「はい。それに対して、マルクトホーフェン侯爵は援軍をどうすべきと発言されているのでしょうか?」


 話が見えないのか、怪訝な顔をしているが、すぐに説明を始めた。


「共和国からの援軍要請があってから軍を動かすべきだと言っておる。騎士団長(ホイジンガー)はそれでは遅いと反論しているが、要請もないのに千キロ以上も離れた地に軍を送り込むことはできぬと反対した」


 この件に関しては宰相もマルクトホーフェン侯爵と同じ意見のようで歯切れが悪い。


「なるほど。ですが、援軍要請があってからでは遅すぎるのではありませんか?」


「だが、軍を送るにしても千や二千ではないのだ。最低でも一万は必要だが、それだけの大軍を送れば、途方もない金が飛んでいく」


「では、金を掛けずに援軍を派遣する方法があれば、閣下は了承していただけるということでしょうか」


「それはそうだが……何か良い手があるのか?」


 そこでニヤリと笑う。


「ございます。この手を使えば、我が国の財政に影響を与えることなく、共和国に恩を売ることができます。それも宰相閣下が提案したとなれば、反対しているのは宮廷書記官長とその取り巻きのみ。閣下の名声は更に大きくなり、マルクトホーフェン侯爵が悔しがることは間違いないでしょう」


「詳しく聞こうか」


 宰相は満面の笑みを浮かべた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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