第十七話「軍師、処刑を見守る」
統一暦一二一五年八月十八日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮前広場。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵と第二王妃アラベラらが王宮前の広場に引き出されてきた。
既に数百人の民衆が集まっており、口々に罵倒している。
「売国奴が! くたばれ!」
「貴様の野心のせいで、どれだけの人が死んだと思っているんだ!」
罵倒を受けながらもミヒャエルは平然とした顔で歩いている。そのふてぶてしさに民衆の罵倒も更にヒートアップした。
ミヒャエルの後ろには二人の衛士に引きずられているアラベラの姿があった。かつては美しく結い上げられていた髪も、今では無造作に顔に掛かっており、幽鬼のような印象さえ受ける。
更にその後ろには、エルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵は薄ら笑いを浮かべ、フラフラと歩いている。これから行われることを理解したくないと、精神に異常をきたしているためだ。
他の側近たちは泣き叫ぶ者や茫然自失の者など、貴族としての矜持は全く感じられない。
国王に即位したフリードリッヒ五世が宰相であるマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵ら重臣を引き連れ、城門の上に姿を見せた。
「国王陛下、万歳!」
「王国、万歳!」
罵倒していた民衆たちも国王を出迎えるため、口々に万歳を叫ぶ。
国王自身は何もしていないが、前国王時代からの懸案が一気に二つ解決したことから縁起がよいと思われ、支持されているのだ。
国王が拡声の魔導具のマイクを手に取った。
『ここにいる者らは帝国と法国に通じ、我が王国に多大なる損害を与えた国賊であることは、宰相らの調べにより明白である。よって、斬首刑に処す』
簡潔にそれだけ言うと、国王はすぐに宰相に場所を譲った。
『マルクトホーフェンは敵であるレヒト法国及びゾルダート帝国と密かに結び……』
宰相はミヒャエルらの罪状を述べていく。
民衆たちはそれを黙って聞いていた。
『……なお、ここにはいないクライネルトらについては、関係者をすべて捕らえた後、虐殺に関わった者は全員斬首とする。現在、ラウシェンバッハ子爵の手の者が厳しく取り調べており、近日中に公開処刑を実施する。“千里眼”の目を逃れることは不可能であり、諸君らも満足してくれると確信している。以上』
「マティアス様がお調べになるなら、間違いはない!」
「マティアス様、万歳!」
商業地区で千名もの犠牲者を出した”二番街の虐殺“事件は、王都民にとってマルクトホーフェンの処刑以上に関心が高い。そのため、”千里眼“と呼ばれている私が調べると聞き、歓声を上げたのだ。
「相変わらずあなたの人気は凄いわね」
妻のイリスが話しかけてきた。いつもの騎士服ではなく、貴族の令室らしいドレス姿だ。
「私としては名を出したくなかったのだけど、こうした方が民は安心してくれるからね」
その間にミヒャエルらが断頭台に引き上げられていく。
断頭台といってもギロチンではなく、執行人が斧で首を刎ねるための固定用の台だ。
「愚民どもよ! 覚えておくがいい! お前たちはラウシェンバッハを支持したが、この先、奴の野心に苦しむことになるだろう! 異端者に自らの国を委ねた報いを受けるがいい! ハハハハハ!」
ミヒャエルが大声で民衆を罵倒する。
「売国奴が何を言っている!」
「お前と違って、マティアス様は俺たちを守ってくださる!」
「地獄の業火に焼かれろ!」
民衆が激しくミヒャエルを罵倒する。
「いやぁぁぁぁ! 殺さないで! 死にたくないの!」
意識が戻ったのか、突然アラベラが叫び、暴れ始める。しかし、二人の衛士にしっかりと抑え込まれ、激しく頭を振るだけだ。
「見苦しいわね。早く終わってくれないかしら」
妻が小声で吐き捨てている。私も同感だが、告発者として見届けなければならない。
ミヒャエルらが断頭台に固定された。
騒いでいた民衆たちも刑の執行を見守るため、静かになる。
「執行せよ!」
レベンスブルク侯爵の短い言葉で処刑人たちが斧を振り下ろした。
次の瞬間、民衆たちから拍手と歓声が上がるが、私には何の感慨もなかった。
「ようやく終わったわね。これで帝国に専念できるわ」
妻の言葉に全く同感だった。
「そうだね。その前にやることはいっぱいあるけど」
マルクトホーフェン派の貴族のほとんどが領地を没収された。無能で最悪な者たちではあったが、統治者がいない状況はよくない。優秀な人物を登用し、早急に穴埋めをしないと、旧マルクトホーフェン侯爵領で大混乱が起きるだろう。
また、叡智の守護者から大賢者マグダが四聖獣の説得を終えたと連絡が入っている。
年末にレヒト法国の聖都レヒトシュテットに各国の首脳や各魔導師の塔の責任者を集めるため、今は各国を回っているらしい。
今月中には王都に戻るとのことで、それまでにいろいろと考えておかなければならない。
他にもレヒト法国との戦後交渉や共和国との同盟強化など、やることは山積しているが、元々王国には内政全般を取り仕切れる優秀な官僚が少なく、全体の指揮は私とイリスが執らざるを得ない。
「人材不足は致命的ね。皇帝と同じ苦労をするとは思わなかったわ」
五年前、ゾルダート帝国の皇帝マクシミリアンは、稀代の内政家であるバルツァー軍務尚書とシュテヒェルト内務尚書を疫病で失った。未だにその喪失は尾を引いており、帝国の内政は停滞したままだ。
皇帝も新たな人材の発掘に躍起になっているが、軍事偏重の帝国では官僚に魅力を感じる者は少なく、有能な若者は士官学校に入ってしまうため、人が集まらないらしい。
「積極的に騎士階級や平民から登用するしかないね」
「でも、王立学院の政学部には騎士階級ですらほとんどいないわ。政学部を卒業したからといって優秀な官僚になれるわけじゃないけど、基礎知識すらない騎士階級や平民を登用するには時間が掛かると思うわ」
頭の痛い問題だ。
グライフトゥルム王国の王都シュヴェーレンブルクは学術都市と呼ばれているが、最高学府のシュヴェーレンブルク王立学院の卒業生ですら、使い物になるか怪しいレベルだ。
これは教育のレベルが低いというより、貴族社会で必要な知識を与えるという目的に合わせた教育カリキュラムになっていることが原因で、今後行われる改革で政治機構が変われば、役に立たない可能性が高い。
「教育改革からやらないといけないのか……先の長い話だね……」
思わず溜息が出る。
「フレディたちがいてくれたらよかったのだけど、彼らは商人として自立しつつあるから無理ね。領都から人を呼ぶしかないかしら」
ラウシェンバッハ領では私の考えに基づき、統治機構も改善されている。
「うちの領の状況を考えたら無理だろうね」
父リヒャルトや代官であるフリッシュムートが積極的に優秀な人材を登用しており、急速な発展に対しても対応できているが、我が領地はここ十年で人口は二十五パーセント増加、収入はなんと二・五倍になっており、官僚機構はギリギリの状態だ。
成長率は年率十パーセントほどで、それが今も続いており、そこから役人を引き抜けば、経済を停滞させるだけでなく、内政全体に影響が出かねない。
「皇帝を笑えないわね。私たちも軍事に偏り過ぎていたのだから」
彼女の言葉に頷くことしかできない。
「地道に人を育てるしかないけど、王立学院には期待できないし、どうしたものかな」
「あなたの名で私塾でも作った方がいいかもしれないわね。天才軍師、“千里眼”の教えが受けられるなら、放っておいても人は集まるでしょうし、フレディとダニエルという前例もあるのだから、優秀な若者が挙って来てくれると思うわ」
悪くないアイデアだが、他の仕事が多すぎて手が回らないだろう。
「悪くはないけど、喫緊の課題には間に合いそうにないね」
「そうね。領地のようにモーリス商会に外注するわけにもいかないし、結局私たちでやらないといけないということね」
領地でも深刻な人材不足に悩まされたが、モーリス商会に人材を派遣してもらうことで乗り切っている。
しかし、人口七万弱の一子爵領と五百万人を超える王国全体とでは規模が違いすぎる。また、扱う情報の機密性や重要度が違うため、安易に人材を派遣してもらうわけにはいかないのだ。
「父上たちに頑張ってもらうしかないな。やる気になっている人が多いようだから、案外乗り切れるかもしれないし」
父は現在五十五歳で、まだまだ現役として十分にやれる。早期に隠居したのは私に家督を譲るという目的があったが、マルクトホーフェン派に辟易したことが大きい。
その元凶がいなくなったということで、父を始めとした反マルクトホーフェン派や中立派の元官僚たちはやる気になっている。
そんな話をしながら、王宮に入っていった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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