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第十六話「ミヒャエル、裁かれる」

 統一暦一二一五年八月十七日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン


 私は今、王宮内の謁見の間にいる。

 以前なら玉座の横に立ち、見下ろす立場だったが、今は後ろ手に縛られ跪かされており、両側に立つ貴族たちからも見下ろされている。


 横には同じように縛られ跪く姉アラベラの姿もある。後ろにいるから見えないが、エルンストら側近たちも同じように跪かされているはずだ。


 玉座の横にいるレベンスブルクが無表情で話し始めた。


「国王陛下に代わり、宰相である私がこの裁判を取り仕切る。告発人、前へ」


 その言葉を受け、貴族たちの列からラウシェンバッハが出てきた。手には書状があり、奴が告発者のようだ。


「私マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵はミヒャエル・フォン・マルクトホーフェンを前国王フォルクマーク十世陛下暗殺及び国家反逆罪で告発いたします。また、元第二王妃アラベラについては、第一王妃マルグリット殿下及び元宰相メンゲヴァイン侯爵殺害、ラウシェンバッハ子爵暗殺未遂、更に国家反逆罪により告発します。エルンスト・フォン・ヴィージンガーらについては……」


 奴の冷静な声だけが響いている。

 以前の姉なら叫んでいるはずだが、既にその気力すら失っているらしく、呆然とした表情で玉座にいるフリードリッヒを見つめていた。


「……反逆罪の証拠につきましては、アラベラの私室からゾルダート帝国及びレヒト法国の書簡が多数見つかっていること、ミヒャエルの長子ヨアヒムより事実であるとの証言があったこと、法国軍の将、マルシャルク白狼騎士団長もそれを認めたことから、告発内容は疑いようのない事実であると断言いたします。私からは以上となります」


 ラウシェンバッハが一歩下がると、レベンスブルクがしゃべりだす。


「被告人に発言の機会を与える。マルクトホーフェン、何か言いたいことはあるか?」


 一瞬だけ勝ち誇ったような表情が見えた。そのことに怒りが込み上げてくるが、冷静さを失わないように余裕の笑みを浮かべる。


「先王陛下の暗殺などやっていない。餓狼兵団なる部隊が山を越えるなど、王国騎士団長ですら考えていなかったのだ。後方で督戦するだけであり、戦死されるなど想像できなかった。それに姉の部屋にあった文書も不自然だ。姉に文書で指示を出すなど無意味だからだ。すべてラウシェンバッハが仕組んだこと。よって、私は無実だ」


「ならば、マルシャルクの証言が嘘だというのか? 貴様が奴に宛てた書簡も残っているのだ」


 なぜそんなものが残されているのかと疑問を持つが、すぐに反論する。


「我が国に混乱を与えるために偽の書状を用意したのだろう。我が国に攻め込んできた敵の証言を信用するなど、愚かしい限りだ」


「ならば、ヴェストエッケの防衛力をあえて低下させたのはなぜだ? ハウスヴァイラーのような無能を兵団長にするなど利敵行為の何物でもないが」


「奴がそこまで無能だとは思っていなかったのだ。あれでも兵学部では優秀な成績であったのだからな」


 ここまでは何とか反論できた。


「では、貴様の長子ヨアヒムの証言はどうなのだ? 子が親を訴えるなど、事実でなければあり得ぬが」


 痛いところを突いてきたが、これもどう答えるかは考えてある。


「あの者は厳しい指導をした私に恨みを持っているのだ。それにまだ十五歳の若造だ。感情が高ぶり、ラウシェンバッハの策に乗せられたのだろう」


 何とか反論したが、レベンスブルクの顔には余裕がある。


「なるほど。相変わらず口だけは達者だな。だが、貴様が法国と帝国の双方と繋がっていたことは貴様の腹心、ヴィージンガーが証言している。それもいつどこで何を話したのか、明確に証言しているのだ。それがこの資料になる! これでもまだ言い逃れをするつもりか!」


 私は腹心に裏切られ、逆上した。

 振り返ると、思わず叫んでいた。


「エルンスト! 貴様!」


 エルンストは魂が抜けたような顔で私の叫びに反応しない。


「ヴィージンガーの心は既に死んでいるらしい。ラウシェンバッハ子爵、そうだな?」


「はい。ヴィージンガー殿は厳しい追及に耐えかね、罪を認めてすべてを告白しましたが、その後、ミヒャエル卿に対する後ろめたさから、心を完全に閉ざしてしまいました。こういったことは稀にあることで、王立学院の大図書館にも同様の事例が記録として残されております」


 ラウシェンバッハが淡々と説明した。

 私はエルンストの裏切りで負けを認めるしかなく、言葉を失う。

 レベンスブルクはそんな私を一瞥すると、姉に声を掛けた。


「では、アラベラ。言いたいことはあるか?」


「私は何もやっていません!」


 言うに事欠いて、やっていないと言ったことに失笑が漏れる。


「貴様がマルグリット殿下をナイフで刺したことは多くの者が見ている。メンゲヴァイン侯爵殺害もそうだ。やっていないなどという言い訳が通用するわけがなかろう」


「マルグリットのことは先王陛下が許してくれたわ! それに全部グレゴリウスのためにやったこと!……私は間違っていない……こんなのおかしいわ……」


 最後はブツブツと呟き始めた。

 レベンスブルクは汚らわしいものを見たとでもいうように視線を逸らし、側近たちに確認していく。しかし、まともに答えることができる者はいなかった。


 レベンスブルクはフリードリッヒに顔を向けた。


「告発が誤りであるという事実は見つかりませんでした。よって、彼らは国家反逆罪により極刑が妥当と考えます。また、マルクトホーフェン侯爵家は取り潰すべきところですが、長子ヨアヒムが恭順の意を示し、実父を捕らえたことから領地を没収の上、子爵に降爵することを提案いたします。側近以外の被告人の家はすべて取り潰し、財産を没収の上、国外追放とすることが妥当と考えます」


「我が両親の仇ではあるが、一族すべてを処刑することはなかろう。宰相の判断を尊重する」


 フリードリッヒは感情を露わにすることなく、淡々と承認した。


「処刑は明日の正午! 王宮前広場で行う! このことを王都中に通達せよ!」


「いやぁぁぁ! 死にたくない! 殺さないで!」


 姉が半狂乱になって叫んでいる。


「アラベラを退室させよ!」


 衛士たちは姉を乱暴に引きずっていった。

 それを見届けたレベンスブルクは私に視線を向ける。


「ルドルフは我が領地を削った憎い敵だったが、貴様は奴に数段劣っていたということだな」


 あの傲慢な父に劣ると言われ、逆上する。


「あの父に劣ってなどいない!」


「奴は野心家だったが、国は売らなかった。貴様も国内だけに留めておけば、もう少し長生きできたのだろうがな」


 反論しようとしたが、すぐにレベンスブルクは首を横に振った。


「マティアスがいる限り、貴様に勝ちはなかった。国内に留めておいても結果は一緒だっただろうな。ハハハハハ!」


 私はその言葉にすべての元凶であるラウシェンバッハを睨みつける。

 しかし、奴は私に声を掛けることなく、国王に一礼するだけで下がっていった。


(私には声を掛ける価値すらないということか……ヨアヒムが正しかった。そういうことか……)


 私は衛士に引きずられながら、自嘲していた。


 その夜はほとんど眠れなかったが、時間は無情にも過ぎていく。

 朝食はいつもより豪華で、ワインまで付いていた。これが最後の食事ということで気を使ってくれたようだ。


 その後、身体を拭くことと清潔な服に着替えることが許された。


「そろそろ広場に向かう。最後は大貴族らしく無駄な抵抗はしないことだ。抵抗すれば無理やり連れていくことになる。その方が民衆は喜ぶが、俺たちにとっては迷惑なことだからな」


 衛士はそう忠告してくれた。完全なラウシェンバッハ派ではないらしい。


 元々抵抗する気はなく、王宮前の広場に向かう。

 広場には意識を失い、二人の衛士に引きずられている姉の姿があった。髪は乱れ、衣服も汚れたままだ。一国の王妃であったとは思えないほど惨めな姿に思わず目を逸らす。


 更にエルンストらが引き出されてきた。

 彼は精神に異常をきたしたらしく、薄ら笑いを浮かべている。他の側近たちも目が死んでおり、僅か半年前に王宮内を我が物顔で闊歩していた面影など微塵もなかった。


(情けないものだ。最期くらい王国貴族らしく堂々と振舞えばよいものを……この程度の者しか得られなかったことが私の敗因なのだろう……いや、私自身に野心に見合った能力がないことがこうなった最大の要因だな……)


 内心で自嘲するものの、それを見せずに断頭台に向かった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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