第十四話「軍師、処断の方針を説明する」
統一暦一二一五年八月十六日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
マルクトホーフェン侯爵らが去ってから半月、王都の混乱はほとんど収まっている。
八月五日に前国王フォルクマーク十世の葬儀とフリードリッヒ王太子の即位の儀が行われた。
王太子はフリードリッヒ五世と名乗り、グレゴリウス王子の即位無効と王位継承権の剥奪、そしてジークフリート王子を王嗣としたことを発表した。
ジークフリート王子が王嗣になったことに貴族や民は驚いている。これまで直系の王子が成長するまで次期国王である王太子が立てられないことは珍しくなく、まだ二十歳でしかないフリードリッヒが世継ぎを早々に決めたためだ。
実際、先王フォルクマーク十世はフリードリッヒが十八になるまで立太子しなかった。
しかし、この発表自体は好意的に受け止められている。
ジークフリート王子がレヒト法国との戦いで先頭に立っていたことは周知の事実であり、その後も積極的に民に話し掛けており、これまでの王族より親近感を持っているからだ。
この他にも重要閣僚の発表も問題なく終わっている。
特に財務卿にユルゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵が就任することは、商人たちが諸手を挙げて歓迎している。伯爵は元々増税に否定的で、無駄な支出を減らすことで財政の健全化を図ろうとしていたからだ。
レヒト法国に対しても賠償の要求を行っている。
内容はマイズナー赤狼騎士団長に話したことと同じで、法国内の獣人族を王国に移住させるというものだ。
もっとも使者は送らず、書簡だけだ。これは法国内に混乱を与える策の一環でもあるためだ。
マルクトホーフェン侯爵についてだが、八月九日に捕らえたという速報が入っている。そのことも大々的に公表しており、その翌日の王都はお祭り騒ぎだった。
私事になるが、十三日に父リヒャルトと母ヘーデが私たちの子供を連れて王都に入った。
久しぶりに子供たちの顔を見ることができ、ようやく平和が訪れると、自然と笑みが零れた。
父が王都にきたのは私の子供たちを連れてくるためだけではなく、財務卿に請われ、官僚として復帰するためだ。
元々父は優秀な財務官僚であり、オーレンドルフ伯爵とは旧知の間柄だ。そのため、マルクトホーフェン侯爵に滅茶苦茶にされた王国の財政を立て直すために招聘されたらしい。
妻のイリスだが、本日マルクトホーフェン侯爵を護送するノルトハウゼン騎士団と共に王都に凱旋する。
王都には午後三時頃到着する予定で、その旨は王都内に通達してあり、ヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵と共に、多くの市民に歓迎されるだろう。
私はそれまでの時間を使い、明日以降の予定を国王らに説明する。
出席者は国王とジークフリート王子の他に、御前会議のメンバーである宰相レベンスブルク侯爵、財務卿オーレンドルフ伯爵、宮廷書記官長カルステン・フォン・エッフェンベルク、第三騎士団長ベネディクト・フォン・シュタットフェルト伯爵だ。
「明日はマルクトホーフェン侯爵と元第二王妃アラベラ、腹心のヴィージンガー子爵ら侯爵派の貴族の裁判を行います。裁判といっても証拠は揃っていますから、刑罰を言い渡すことが主となります。告発者は私ラウシェンバッハ、判事は宰相閣下にお願いし、判決が出た後に陛下がそれを承認するという形でいかがでしょうか?」
本来なら元王妃が絡むため、国王自らが判事となるべきだが、国王にその能力はなく、下手に反論されて答えに窮すると困るので、この形にした。
「私はそれで構わん。ラウシェンバッハから聞いているが、マルクトホーフェンとアラベラはもちろん、法国や帝国に関わった側近たちも全員処刑ということでよいのだな?」
その問いにレベンスブルク侯爵が頷く。
「そのご認識で問題ございません。王都で虐殺を行ったクライネルト子爵とその部下については、処刑を言い渡した上、現在捜索中の関係者が揃い次第、公開処刑にいたします。また、マルクトホーフェン侯爵派であったグリースバッハ伯爵やリッケン伯爵など、外国との関係が明確ではないものの、マルクトホーフェンに協力していた貴族については、爵位と財産を没収の上、国外追放といたします」
「うむ。グリースバッハらが国外追放だけというのは甘い気がするが?」
国王の疑問に私が答える。
「基本的に彼らは無能ですから、国外、具体的にはグランツフート共和国に行ったとしても生きていけません。プライドをズタズタにされ、落ちぶれていく方が厳しい罪といえるでしょう」
グリースバッハもリッケンもミヒャエルの腰巾着に過ぎず、資産を失った後に自活できる可能性は皆無だ。
「分からんでもないが……」
マルクトホーフェン派に嫌な思いをさせられたためか、簡単には納得できないようだ。
「主要な者には監視を付けます。彼らに接触する者がいれば調べますし、万一王国に恨みを抱き、具体的に動くようなら協力者ごと処分できます。つまり、国内にいる不穏分子を炙り出すことにも使えるのです」
「うむ」
「それに慣例通りに全員を極刑にする場合、最低でも数百人、家臣たちまで含めれば、三千人以上を処刑することになります。それだけの数を処刑すれば、悪い意味で歴史に名を残すことになりますし、生き残った係累が王家にあだなそうとするかもしれません」
国王を暗殺した反逆者であり、これまでの王国の考え方なら、一族郎党すべてを処刑することになる。しかし、王国の三分の一近くを支配していたマルクトホーフェン侯爵家には多くの寄子や家臣がおり、そのすべてを処刑することは負の連鎖を招きかねない。
「分かった。確かに罪が明確な者以外には恩情を見せる方がよいだろう。それが恩情になるかは別ということだな」
国王が納得すると、他の出席者も頷く。
「ミヒャエルとアラベラは王宮前の広場で公開処刑とします。その際、すべての罪を公表し、陛下が私怨で処刑したのではないと周知する必要がございます……」
アラベラは国王とジークフリート王子の母マルグリット王妃を自らの手で殺している。また、父であるフォルクマーク十世はミヒャエルの謀略によって戦死しており、両親の仇と言っていい。
敵討ちだから問題になる可能性は低いが、今後の政治改革では法による支配を強めるため、私情に囚われず、法に則って運営する政権だと周知したい。
「クライネルトらについてですが、先ほど宰相閣下が申し上げた通り、指揮官はもちろん、素直に罪を認めなかった兵士は王都の郊外で処刑します。一方で、罪を認め捜査に協力した兵士は犯罪奴隷に落とすだけに留め、五年程度強制労働に従事させます。少し甘いですが、無知な農民が多く、情状酌量の余地は残っていますし、旧マルクトホーフェン侯爵領の安定を考えると、この辺りが妥当と考えます」
捕らえた者たちから得た情報で、クライネルト隊の名簿は完成している。複数の村から徴兵されているが、一つの村から五十人程度が出征しており、それだけの兵士を処刑すれば、残された家族が恨みを持つ可能性が高く、治安の悪化を招く恐れがあった。
「その辺りが落としどころでしょうな。命令に従っただけの兵士を皆殺しにするのはやりすぎでしょうから」
義父のカルステンが発言すると、ジークフリート王子が大きく頷く。
「私もカルステン卿と同じ考えです。兵たちと話をしましたが、侯爵が絶対的な権力を持っていましたから、逆らうことなど考えられなかったようです。それにマティアス卿の調べでは、侯爵の弟イザークが暗躍し、扇動したようですので、彼らも犠牲者と言っていいのではないかと考えます」
王子の言葉に国王が頷く。
「皆がそれでよいと思うのであれば、私に言うことはない」
その後、公開処刑の告知の仕方や演説内容などの細かな点を協議し、御前会議は終了した。
午後三時頃、私はジークフリート王子と共に北門にいた。
イリスとノルトハウゼン騎士団を出迎えるためだ。
「どうやら予定通りに到着するようだな」
王子が北を指差している。
視線を向けると、きれいに整列して行軍するノルトハウゼン騎士団の姿が見えた。
ノルトハウゼン騎士団は歩兵を主とした軍で、上に向けた短槍の穂先が等間隔に並び、太陽の光を受けて煌めいている。
「ヴィルヘルムも完全に騎士団を掌握しているようです」
伯爵であるヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼンは私より一歳年下で、王立学院高等部の後輩に当たる。当時はいろいろと相談を受けており、ファーストネームで呼んでいた。
「ヴィルヘルム卿と早く会いたいものだ。卿らに指導を受けた先輩でもあるのだからな」
そんな話をしながら、騎士団の到着を待っていた。
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