第十一話「軍師、王太子の相談に困惑する」
統一暦一二一五年八月三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
御前会議が終わった後、私が退出しようとするとフリードリッヒ王太子が呼び止めた。
「個人的なことだが、卿に相談したいことがある。ジークフリートと共に残ってくれないか」
何のことか心当たりがなく、疑問が湧くが、すぐに頷いた。
「構いませんが、どのようなことでしょうか?」
「以前の話では私も家庭を持つことができると卿は言っていた。それに間違いはないか?」
「はい。野心を持たず、グライフトゥルム市で静かに暮らすとお約束いただけるなら、問題ございません」
私がそう答えると、王太子は満足げに頷く。
「グライフトゥルム市に連れていきたい者がいるのだが……」
「兄上、それは妻にしたい女性がいるということですか?」
ジークフリート王子が驚いて聞くと、王太子ははにかみながら頷く。
「そうだ。ヴィントムントで私の世話をしてくれていた者だ。気立てがよく、気が利く。私のことも不憫に思ってくれ、親身になって相手をしてくれた。それが心地よかったのだ。どうだろうか?」
「どなたなのでしょうか?」
王太子の周りは闇の監視者の陰供が監視しており、問題ない人物しか近づけていないが、誰なのか全く想像がつかない。
「ティルラだ。商人の娘と聞いている」
心当たりのある人物だった。
「ティルラ・モーリス殿ですか……」
「そうだ」
そこでジークフリート王子が質問する。
「モーリス? モーリス商会の縁者ですか?」
「確か商会長の娘と聞いているが、詳しくは知らない」
頭が痛くなる話だが、説明しないわけにはいかない。
「ライナルト・モーリス殿の次女です。確か今年十八歳で、商会の手伝いをしていたと聞いていたのですが……」
ティルラはライナルトの四人の子供の末っ子だ。
何度か会ったことがあるが、母マレーンに似て朗らかで、誰からも好かれる娘だと記憶している。
王太子の世話係として信頼できる人物が必要ということで、闇の監視者が自分たちと関係が深いライナルトの娘を選んだらしい。
私のところには報告が上がっていない。恐らくだが、大商人の娘であっても平民であるため、小間使いのような立場だったのだろう。そのため、私に報告しなくとも大きな影響はないと判断されたようだ。
「モーリスの娘であれば、身元は確かなのだろう? それにモーリス商会は政治に関与しないと聞いている。問題はないのではないか?」
ジークフリート王子が前のめりで聞いてくる。
「元々フリードリッヒ殿下の周囲には闇の監視者の調査で問題ないことが確認できた者しか入れておりません。ですので、身元が確かという点では問題ないのですが、商人組合が動かぬか不安があります」
ライナルト自身は権力を利用しようとしないだろうが、他の商人は違う。利用価値がないと分かるまで、接触しようとするだろう。
「確かにその恐れはあるが、卿なら何とかできるのではないか? 兄上が見初めた女性なのだ。何とかできないだろうか」
「私からも頼む。彼女がいてくれれば、私も心が休まるのだ」
王太子と王子に懇願された。
(ライナルトさんに確認しないといけないが、悪い話じゃないかもしれない。他の商人やどこかの貴族の関係者の方がよほど面倒だ。もっとも本人にその気がないなら進める気はないが……)
私は二人に頷いた。
「分かりました。ライナルト殿には私の方からお話ししましょう。ですが、ティルラ殿は殿下のお気持ちに気づいておられるのですか? 王家の命令であれば嫁がせることは不可能ではありませんが、本人にその気がないのであれば、結婚しても上手くいかない可能性が高いと思いますが」
「その点は大丈夫だ。王位を返上し、グライフトゥルム市に住むが、それでも付いてきてくれるかと聞いたら、迷うことなく頷いてくれたのだ」
「そうですか……ですが、王家の方に言われて拒否は難しいと思います。私の方でしっかりと確認します」
「よろしく頼む」
王太子が頭を下げ、同じようにジークフリート王子も頭を下げた。
頭が痛い問題ではあるが、ややこしくなる前に知ることができたから、よかったと思うことにした。
■■■
統一暦一二一五年八月三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。第三王子ジークフリート
御前会議が終わった後、兄フリードリッヒの結婚の話を聞いた。
マティアス卿と共に執務室を出ていくが、私は自分のことを考えていた。
(私の結婚も考えなければならないな。まだ十七歳だが、王になるのであれば、早い段階で世継ぎがいた方がいい。しかし相手がいない……)
マティアス卿が話しかけてきた。
「殿下のご結婚も考えなくてはなりませんね。どなたか意中の方はいらっしゃいますか?」
千里眼と呼ばれるだけあって、私の考えはお見通しだったようだ。
しかし、その問いに苦笑しか出ない。
「ネーベルタール城に閉じ篭っていたんだ。あそこでは出会いなどない。それにその後は卿と一緒に過ごしていた。出会いがなかったことは分かっているのではないか?」
マティアス卿は私の答えにニコリと微笑む。
「エルミラ殿下はどうなのですか? 私はお会いしたことがありませんが、ラザファムはとても愛らしい姫だと言っていましたが?」
リヒトロット皇国の皇女エルミラ・リヒトロットは二年半ほど前の一二一二年の年末頃、皇国の滅亡を受け、ネーベルタール城に逃げてきた。私より四歳年下であり、当時はまだ十歳ほどで、最後に会った時も十三歳になる前だ。
確かに愛らしく、年齢にしては聡明で、私のことを慕ってくれているが、年齢的に妹という感覚しかない。
「確かにエルミラ殿は愛らしい方だし、年齢の割には聡明で素晴らしい女性だと思う。だが、私には妹という印象しかないな」
「そうですか……殿下に意中の方がいらっしゃればと思ったのですが……」
残念そうな表情を浮かべている。
「イリス卿とは言わないが、聡明な女性がよいな。それに兄上ではないが、私のことを労わってくれる者なら贅沢は言わないよ」
残念がっているので軽口で返しておく。
実際、王家に生まれたからには、恋愛結婚は無理だと分かっている。それでも父と母のように結婚後によい関係が作れればいいなとは思っていた。
「私の結婚もそうだが、ラザファム卿の再婚も考えた方がよいのではないか? 跡継ぎにフェリックスがいるとはいえ、まだ若いのだ。亡くなられた令室を愛していたと聞いているが、そろそろ考えてもよいと思うのだが」
ラザファム卿の妻シルヴィアが亡くなったのは四年半ほど前だ。その後、すぐにネーベルタール城の城代として赴任してきたが、その当時は私の目から見ても生きる気力を失っていた。
しかし、それから徐々に回復し、今回の一連の戦いでは生き生きと戦っていた。親友であるマティアス卿やハルトムート卿、双子の妹であるイリス卿という気心の知れた者が一緒だったということもあるのだろうが、そろそろ吹っ切れているのではないかと思っている。
「私も妻も同じことを考えています。ただ、王都に戻ったらどうなるか、少し不安ではありますが」
「シルヴィア殿の思い出が詰まっているからか……」
恋愛経験すらない私にははっきりとは分からない。しかし、私自身も母との思い出がある王宮の中庭を見て感傷的になった。それ以上に強い思いがあるだろうから、マティアス卿は心配しているのだろう。
「殿下のご結婚は来年の早い時期にと考えております。ラザファムはまあ、成り行きに任せるしかないでしょう。昔からもてていましたから、きっかけさえあれば、相手は見つかると思いますので」
「そうなると私の方が大変だな。私はもてた経験などないのだから」
私がそう言うと、マティアス卿は相好を崩す。
「王都が落ち着き、貴族たちが戻ってきたら、そんなことは言っていられなくなりますよ。美姫たちに囲まれることは間違いないのですから」
「千里眼のマティアス殿の予言だが、にわかには信じられないな。いずれにしても聖都に行き、法国の問題を解決しないことには何もできないのだが」
そんなことを話しながら、王宮内に用意された私の部屋に向かった。
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