第十話「軍師、至近の対応について説明する」
統一暦一二一五年八月三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。第三王子ジークフリート
御前会議で重要閣僚が決まった。
次の議題に入る。議題は兄フリードリッヒの即位についてだ。
「前国王陛下の国葬と共に王太子殿下の即位の儀を早急に執り行うべきと考えます」
マティアス卿の言葉に対し、財務卿に内定したユルゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵が質問する。
「急ぐ理由は何なのだろうか? 国王陛下がご不在という状況はよくないと思うが、レヒト法国軍を護送したラウシェンバッハ騎士団が凱旋した後、戦勝式典と共に即位された方がより民に祝福されると思うのだが?」
マティアス卿が答える前に兄が発言する。
「それについては私から答えよう。まず、私は即位後、時を置かず、病気を理由に退位し、ジークフリートに譲位するつもりだ」
その言葉に私とマティアス卿以外が驚いている。
「私では卿らの助けがあったとしても、国王は務まらん。それに怯えて暮らすのはもうごめんだ」
「退位された後はどうなさるおつもりですかな?」
宰相に内定したマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵が驚きながら質問する。
侯爵は私と兄にとって母の兄、伯父にあたる。そのため、兄を盛り立てていこうと考えており、退位すると聞いて驚いたのだろう。
「グライフトゥルム市の叡智の守護者の塔に一室をもらい、そこで余生を過ごす。これについてはラウシェンバッハがすべて手配してくれる」
そこで全員の視線がマティアス卿に向く。
「はい。王太子殿下から相談を受け、内々に塔に連絡を入れ、大導師シドニウス・フェルケ様より内諾をいただいております。また、大賢者様にも書面でお伝えしており、近々王都にお越しになられるので、そこでお願いしようと考えておりますが、恐らく認めていただけるでしょう」
「しかし、レヒト法国の野望が潰え、マルクトホーフェンも処断するのだ。殿下のお命が狙われることなどないと思うのだが」
侯爵の言葉に兄が答える。
「そうかもしれんが、父を見ていて分かった。私では国王は務まらぬと。その点、ジークフリートなら安心だ。初代フォルクマーク一世の双翼を超える、マティアス、ラザファム、イリス、ハルトムートという四翼を持っているのだから。それに民たちも私より弟が王になった方がよいと思うはずだ」
建国王フォルクマーク一世には “双翼”と呼ばれた二人の英傑がいた。一人は無敗の大将軍バルドゥル・ハーケンベルク。そして、もう一人は天才軍師アルトヴィーン・ザックスだ。
兄はマティアス卿たち“世紀末組”の四人を“建国王の双翼”になぞらえ、“四翼”と呼んだのだ。
「ではなぜ一度即位されるのでしょうか?」
侯爵の質問に今度はマティアス卿が答える。
「私からお答えします。まず王太子殿下が即位されることなく、王位継承権を放棄した場合、グレゴリウス殿下が継承権第一位となってしまいます。グレゴリウス殿下は現在行方不明ですが、帝国が横槍を入れてこないとも限りません」
「確かにそうだな」
「そして、王位継承権の剥奪は国王陛下にしかできませんから、一度王太子殿下に即位いただき、グレゴリウス殿下の即位の無効と王位継承権の剥奪を行っていただいた後、ジークフリート殿下を王嗣と定める旨を宣言していただく必要がございます」
「分からんでもないが、いくら殿下からの相談を受けたからとはいえ、臣下が王統に関与することは不適切な行為だと思うが」
「その点は私も同じ考えです。ですので、この件で処分が下されても甘んじて受けるつもりです……」
そこで兄がマティアス卿の言葉を遮る。
「これは私が頼んだことなのだ! 私には無理だ! だが、王位継承権を放棄した後、マルクトホーフェンの口車に乗って即位したグレゴリウスが返り咲く可能性など認めらん! ならば、どうしたらよいかと知恵者であるラウシェンバッハに相談したのだ」
「殿下がご相談を……」
「そうだ。私のような小心者は王宮にいるべきではない。ジークフリートと十年ぶりに話したが、ラウシェンバッハの薫陶を受け、よい王になると思った。だから、ジークフリートに王位を譲るにはどうしたらよいのかと相談したのだ」
そこでマティアス卿が話に加わる。
「相談を受けたことは事実です。ですが、王統に介入したこともまた事実。臣下としてやってはならぬことをしたという自覚はあります。ですが、王家を守り、王太子殿下を守るためには必要だと判断しました。その判断に誤りがあったとは考えておりません」
「卿がそこまで言い切るのであれば、何も言うことはない」
侯爵はマティアス卿の毅然とした態度に頷き、それ以上追及することはなかった。
甥である兄の幸せを考えてくれたようだ。
「では、話を続けさせていただきます。葬儀は明後日の午前中、即位の儀は午後に行ってはいかがでしょうか。マルクトホーフェン侯爵を排除し、王都の民が高揚しているこの機に行った方がよいと思われます」
そこで宮廷書記官長に内定したカルステン卿が発言する。
「準備の方は大丈夫なのだろうか? 即位の儀となれば、時間が足りぬと思うのだが」
「おっしゃる通りですが、今回は仮の儀式として民に宣言するだけに留めます。王都にいない貴族や民には戦勝式典に合わせて実施すると言っておけば納得するでしょうし、仮の儀式ですので、フィーア教の神官がいれば問題ないでしょう」
「葬儀の方はどうするのだ? 国王陛下のご遺体は見つかっておらぬが」
父はヴォルフタール渓谷で戦死したが、首を獲られた後、遺体は数千の兵士と共に埋められた。その際、法国兵が装備だけでなく、宝飾品だけでなく下着まで剥ぎ取った。
そのため、ケッセルシュラガー軍が遺体を探したものの、損傷が激しいものが多くて、どれが父の遺体なのか分からなかった。
また、首も同じ場所に埋められたらしいが、首を獲った餓狼兵団が壊滅したため、はっきりとは分かっていない。
「剣と王冠、マントなどは見つかっておりますので、それで代用します」
「仕方あるまい。既に三ヶ月以上経っているのだから、今から探し直しても見つけることは難しかろう」
マティアス卿はその言葉に頷くと、事務的な話を続けていく。
「即位の儀が終わり次第、グレゴリウス殿下の即位無効と王位継承権剥奪を宣言し、ジークフリート殿下が王嗣となられることを公表していただきます。また、宰相閣下以下の重要閣僚の発表も併せて行い、マルクトホーフェン侯爵の影響力が完全になくなったことを民に知らしめます」
ここまではそれほど違和感のない話であり、全員が頷いている。
「式典が終了した後、本来であれば新国王陛下と王国騎士団によるパレードが行われるのですが、今回は王宮から声を掛けていただくだけに留めます。騎士団の再編が終わっておらず、フリードリッヒ殿下には大変申し訳ないのですが……」
マティアス卿はそう言っているものの、本当の理由は私が即位した時のために兄の露出を減らしておきたいからではないかと思っている。
「それで構わない。私は短期間しか玉座にいないのだから、無理に披露する必要はないからな」
兄はサバサバとした感じで答えた。
「では、王太子殿下の即位につきまして、今の内容で異論はございませんでしょうか?」
マティアス卿の問いに全員が頷く。
「ありがとうございます。では、次の議題に移ります。次は王国騎士団についてです」
マティアス卿がそう言うと、全員が用意してあったメモに視線を落とす。
「暫定的な処置でございますが、損害が大きかった第一、第二騎士団はいったん解散し、第三騎士団と第四騎士団にまとめて再編します。第三騎士団長は引き続き、シュタットフェルト伯爵、第四騎士団長にはグレーフェンベルク伯爵とし、王国騎士団長はとりあえず空位にしてはどうかと考えております」
マティアス卿の提案にシュタットフェルト伯爵が異議を唱える。
「敗軍の将に過ぎぬ私が騎士団長の座に残ることはありえぬ。ラザファム卿に第三騎士団を任せ、王国騎士団長に就任してもらうのが、最善だろう」
この展開は予想していた。
「エッフェンベルク伯爵が王都に帰還するのは早くても来月の半ば。それまで第三騎士団の団長がいないという状況は避けたいと思います。騎士団の再建のために力をお貸しいただけないでしょうか」
マティアス卿は一ヶ月半だけ団長の座にいて、騎士団の再建に力を尽くしてほしいと訴える。
「ラザファム卿が戻るまでか……承知した。できる限りのことはしておこう」
そこでレベンスブルク侯爵が発言する。
「当面はそれでよいとして、その後はどうするのだ? 王国の主戦力、王国騎士団が定員割れのままでは、皇帝マクシミリアンの野心を刺激しかねない。早急に戦力を増強すべきだと思うが」
「侯爵閣下のご懸念は理解しています。帝国については、ヴェヒターミュンデ城に対し、ラウシェンバッハ子爵領軍から増援として五千程度を送り込みます。指揮官にはイスターツ将軍を当てれば、リッタートゥルム城との連携も考えてくれるでしょうから、二個軍団程度であれば、半年は充分に耐えられます」
「それは分かるが、あくまで緊急避難的な措置なのだろう? それともラウシェンバッハ子爵領軍を王国軍に編入するつもりなのか?」
「おっしゃる通り緊急避難的な対応です。我が領の兵士を王国軍に編入することについてですが、それを含めて大規模な軍改革が必要だと考えております」
マティアス卿の答えに侯爵が頷く。
「了解した。王国騎士団の改革を行った卿なら、より強力な王国軍にしてくれるだろう」
他に意見はなく、王国騎士団についても了承された。
その後、細々とした話があったが、特に異論なく御前会議は終了した。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
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