第九話「軍師、御前会議を仕切る」
統一暦一二一五年八月三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
三日間の静養で、体調はある程度戻った。
まだ真夏の暑さは堪えるが、熱は下がり、身体のだるさも消えており、動けないほどではない。
昨日の夕方、王太子のフリードリッヒ王子がヴィントムント市から戻ってきた。
そのため、今後について協議するため、今日は朝から王宮に出仕する。
王宮に入ると、思っていた以上に人が少ないことに気づく。人質にされていた侍従や女官たちが体調不良で休養しているかららしい。
国王の執務室に入ると、晴れ晴れとした顔のフリードリッヒ王太子が出迎えてくれた。
「卿のお陰で生きながらえることができた。あとは計画通りにジークフリートに王位を譲れば、私の願いは叶う。これからも頼むぞ」
「はい。ですが、ジークフリート殿下の即位はまだひと月以上先です。その間は国王として政務に励んでいただきたいと思います」
王太子は明るい表情で頷く。
「分かっている。もっとも卿らの提案を承認するだけだ。私に是非を判断できるほどの知識はないからな」
無責任に聞こえるが、下手にでしゃばられるよりいいので曖昧に頷いておく。
執務室にはジークフリート王子と第三騎士団長ベネディクト・フォン・シュタットフェルト伯爵、元軍務卿マルクス・フォン・レベンスブルク侯爵、元総参謀長で財務次官のユルゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵らが集まっていた。
レベンスブルク侯爵とオーレンドルフ伯爵はマルクトホーフェン侯爵が専横を振るい始めた後、身の危険を感じて領地にいたが、マルクトホーフェン軍が敗北し、王宮に篭った後に王都に戻った。そして、王宮と宰相府が封鎖される中、混乱する内政を何とか回してくれていた。
この他にも義父である前エッフェンベルク伯爵カルステンも出席している。義父を呼んだのは私ではなく、レベンスブルク侯爵だ。マルクトホーフェン侯爵によって優秀な政治家や官僚が排除されており、その穴を埋めるべく、閣僚候補として招集したらしい。
私が司会となり、会議を始める。
本来なら無役であり、子爵に過ぎない私がやることではないが、レベンスブルク侯爵らの推薦で決まってしまったのだ。
「それでは御前会議を始めたいと思います。まずフリードリッヒ王太子殿下にご発言をお願いしたいと思います」
王太子は先ほどと同じく満面の笑みで頷くと話し始めた。
「ラウシェンバッハ子爵らの活躍で我が国の危機は去った。マルクトホーフェンによって混乱した国政を早急に正常化しなくてはならない。そのために我が国の体制をどのようにするか、卿らに議論してもらいたい」
予め発言内容は伝えてあったので、よどみなく話し終える。
「それでは喫緊の課題について、私の方で整理いたしましたので、まず手元のメモをご覧ください」
私がそう言うと、予め配っておいたレジュメを手に取る。
「先ほどの殿下のお言葉にもありましたが、レヒト法国軍は去り、マルクトホーフェン侯爵も十日以内に無力化できます。ですので、短期的には軍事的な脅威はないと言っていいでしょう。しかしながら、マルクトホーフェン侯爵によって国政は乱れ、このままでは行政の停滞による混乱が更に大きくなると予想されます」
私の説明に全員が頷いている。
「また、これまでの王国の政治体制は、様々な手を打ってくる帝国に対し、対応しきれておりませんでした。ですので、政治体制を抜本的に改革する必要がございます。ですが、現状は重要閣僚が誰も決まっていない状態です。まず、重要閣僚を早急に定め、国政の正常化を図らねばならないと考えます」
王国の統治機構を改革したいが、とりあえず正常化させることを優先する。
他の出席者も同じ認識であり、全員が頷く。
「メモに記載してあるのはジークフリート殿下と私で作成した素案です。具体的には宰相にレベンスブルク侯爵、財務卿にオーレンドルフ伯爵、ここにはいらっしゃいませんが、軍務卿にノルトハウゼン伯爵、宮廷書記官長に前エッフェンベルク伯爵カルステン殿といたしました」
この素案だが、休養中に作成し、ジークフリート王子が一部修正したものだ。
王子は自身の名で提案されることに驚いたものの、暫定ということで認めている。
「貴殿の名があってもよいと思ったのだが、軍関係の重職に就くということかな?」
レベンスブルク侯爵が質問してきた。
愛娘と弟を疫病で失い、マルクトホーフェンとの政争に敗れて領地に戻っていたが、時が心の傷をいやし、更にマルクトホーフェンの失脚によって完全に復活している。
「それについては私から答えよう」
ジークフリート王子が発言を始めた。
「ラウシェンバッハ子爵には当面の間、兄上の、次期国王陛下の相談役として傍らに控えてもらおうと考えている」
「相談役ですか? 役職についていても相談なら可能だと思いますが?」
「私もそう考えたのだが、子爵は権限を逸脱することはできないと断ってきたのだ。同じ理由で軍にも籍を置かない。軍事だけではなく、政治についても相談できる体制にしておきたいからだ」
きちんと権限を決めておかないと、これまでの政治と全く同じになる。
しかし、私としては軍改革と共に政治改革にも関与したい。仮に総参謀長なれば政治に関与できないし、軍務卿になれば、実戦部隊に関与できなくなる。
一方で国王の相談役となれば、その両方で意見が言える。もちろん、権限はないが、関与はできるので、よい方向に持っていくことも難しくない。
「今のところ、国王特別顧問という臨時の役職を作り、幅広く意見が聞けるようにしてはどうかと考えている。兄上、いかがでしょうか?」
王子の問いに王太子が頷く。
「宰相たちを軽んじるつもりはないが、千里眼のマティアスにいつでも相談できるというのは魅力的だな」
その言葉に侯爵も笑みを浮かべて頷く。
「それはよい考えですな」
侯爵が賛成したことで、私の特別顧問就任の件は承認された。
「閣僚の人選について、ご意見はございませんか?」
そこで義父が発言を求めた。
「レベンスブルク殿、オーレンドルフ殿、ノルトハウゼン殿について異論ありませんが、私が宮廷書記官長という点に疑問があります。既に家督は譲っておりますし、第一、私には宮廷での経験がございません」
その問いにもジークフリート王子が答える。
「カルステン卿については私が強く推したのだ」
「殿下がですか?」
義父は意外だったのか、思わず聞き返している。
「そうだ。そもそも宮廷書記官長は宮廷内の調整役であり、王家と貴族の関係を良好にする役目を担っていると理解している。そんな役職にマルクトホーフェンのような野心家や前宰相のメンゲヴァイン侯爵のような無能な者がなれば、王国の混乱の元だ。ならば、カルステン卿のように野心がなく、貴族たちが一目置く人物がふさわしいのではないかと思ったのだ」
私の初期の案では宮廷書記官長を空席とし、ジークフリート王子の守役だったシュテファン・フォン・カウフフェルト男爵を次席である筆頭書記官にして、王宮内をまとめさせるつもりだった。
カウフフェルト男爵は守役になる前は宰相府のエースとして実務面で有能であり、更に前国王フォルクマーク十世がジークフリート王子の守役に直々に頼むほど、王家に忠実だ。
守役を引き上げるという点でジークフリート王子が賛成するかと思ったが、彼は反対してきた。
『未だに貴族たちのすべてが王家に忠実とは言い難い状況だ。そして、私が兄上の跡を継げば、男爵に過ぎない守役を優遇したと見るだろう。そうなれば、人事の公平性を疑われ、禍根を残すことにもなりかねない』
『しかし、それを言ったら、義父でも同じではありませんか? ラザファムとイリスの実父であり、私の義父なのです。ラザファムにも重職に就いてもらうのですから』
『カルステン卿ならば、能力も実績も爵位も十分だ。私としてはカルステン卿か、卿の父リヒャルト卿に宮廷を仕切ってもらいたいと思っている。彼らほど王家に忠実で、野心とは無縁の人物を知らないからだ』
能力的には問題ないのでそれ以上反論しなかった。
王子の説明に義父は驚いていたが、王太子が大きく頷いた。
「私もカルステン卿でよいと思う。マルクトホーフェンのような野心家はもうこりごりだ。その点、カルステン卿なら安心できる」
王太子に続き、レベンスブルク侯爵とオーレンドルフ伯爵も賛成に回り、この人事も認められた。
「では、ジークフリート殿下の素案通りで決したいと思います。王太子殿下、ご確認を」
私が話を振ると、王太子は大きく頷いた。
「ジークフリートの案を承認する。宰相、財務卿、宮廷書記官長、よろしく頼む」
その言葉に三人が同時に頭を下げた。
「ノルトハウゼン伯爵は北部での任務が終わり次第、王都に召喚し、王太子殿下より就任を要請していただきます」
ヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵は現在、北部でマルクトホーフェン侯爵派への対応を頼んである。
そのため、まだ了承は得られていないが、武の名門であり、北部の雄であるノルトハウゼン伯爵家が閣僚に名を連ねる必要性を説けば、認めてくれるだろう。
特に異論がないため、次の議題に入る。
「では、次の議題に入りたいと思います。議題はフリードリッヒ王太子殿下の即位についてです」
私の言葉で全員の視線が王太子に向いた。
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