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第四話「軍師、侯爵への対応を提案する」

 統一暦一二一五年七月三十一日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、騎士団本部内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 一ヶ月半ぶりに王都に戻ってきた。

 真夏の移動ということで体調はあまりよくないが、王宮の状況が思わしくないため、無理をしている。


 昨夜遅くに到着したため、私はそのまま王都の屋敷に入った。

 義勇兵団とエッフェンベルク騎士団も騎士団の宿舎に入り、久しぶりに屋根の下で休んでいる。


 私は町や村では領主や村長の屋敷で休むことが多かったが、兵たちはほとんどが野営であったため、事前に騎士団に連絡を入れ、宿舎を空けてもらったのだ。


 夕方の遅い時間に王都に入ったが、王都民たちは私たちが戻ると知り、多くの市民が西門で出迎えてくれた。

 そして、今日も朝から騎士団本部近くで市民たちが私たちを称えてくれている。


 そんな中、私たちは朝から騎士団本部に集まっていた。マルクトホーフェン侯爵に対する降伏勧告について話し合うためだ。


 騎士団側の出席者は第三騎士団長のベネディクト・フォン・シュタットフェルト伯爵、総参謀長のヴィンフリート・フォン・グライナー男爵、情報部長のギュンター・フォン・クラウゼン男爵、第四騎士団長代理のアルトゥール・フォン・グレーフェンベルク伯爵だ。


 アルトゥールは先日二十二歳になったばかり。今年の一月に大隊長に昇進したということもあり、最初は今回のような会議に出席することに消極的だった。


「大した武勲を上げたわけじゃないですし、王国の方針を決める会議に出席する資格がありません」


「気負わなくてもいいよ。今後のための勉強だと思って出てくれたらいいから」


 そう言って無理やり出席させた。

 目的は経験を積ませることが一番だが、今後発足するジークフリート政権で重職に就いてもらいたいため、顔を売っておくことも考えている。


 アルトゥール自身は士官学校を次席で卒業した秀才で能力的にも活躍してもらいたいが、それ以上に王国軍改革の立役者、先代グレーフェンベルク伯爵クリストフの長男という立場を最大限活用したいという思惑もある。


 私も知名度はあるが、改革者というより異端者という印象が強く、保守的な軍人が忌避する可能性が高い。


 ラザファムは個人として優秀だし、武の名門エッフェンベルク伯爵家の当主だが、政争に敗れて辺境に篭っていたことから、年長の軍人の受けはあまりよくない。


 その点、アルトゥールは十代半ばで武の名門グレーフェンベルク伯爵家を継ぎ、更に自らの努力によって今の地位を勝ち取っていることから、年長者たちの受けはいい。


 また、私たちと異なり、マルクトホーフェン侯爵が専横を振るっていた王都に残り、王国を守ろうとしていたことも、いい印象を与えている。


 会議の開催を宣言すると、ジークフリート王子が最初に発言した。


「騎士団の者たちには苦労を掛けた。だが、帝国の動向は気になるものの、法国軍は完全に無力化し、喫緊の懸案はマルクトホーフェン侯爵だけになった。これは卿らが適切に対応し、時間を稼いでくれたお陰だ。改めて礼を言いたい」


 そう言って頭を下げる。私とイリスも同じように頭を下げて感謝の気持ちを表した。


「我らは国王陛下をお守りすることができなかった敗残者に過ぎません。それにマルクトホーフェンを閉じ込めるだけなら何の苦労もありませんでした。そのように言っていただくことは心苦しく思います」


 シュタットフェルト伯爵が正直な気持ちを吐露し、グライナーらも頷いている。


「伯爵たちが失敗しなかったお陰で間に合ったのです。このことは賞賛されるべきこと。ですが、今はその議論より、マルクトホーフェン侯爵を早期に王宮から追い出し、王都の平穏を取り戻すことを考えることが肝要です」


 私の言葉に全員が頷く。


「これまで送っていただいていた情報では、侯爵軍の士気は大きく落ちており、戦闘には耐えられないだろうとありました。その認識で間違いありませんか?」


 私の問いにクラウゼン情報部長が答える。


(シャッテン)は潜入させていませんが、城壁を守る兵士たちにやる気は見られません。当初は隊長たちもそんな兵たちを叱責していましたが、今では座り込んでいても注意をすることは稀です。こちらが強引な手を打ってこないと、高を括っている可能性が高いと情報部では分析しております」


 更にグライナー参謀長が発言する。


「定期的に降伏を勧告していますが、当初はヴィージンガー子爵が対応していたものの、ここ半月ほどは彼の部下が対応しています。また、マルクトホーフェン侯爵も最初の頃は城門に姿を見せていましたが、三週間ほど前から姿を見せなくなりました。機は熟していると参謀本部は考えております」


 二人の意見に頷いた後、イリスに視線を向ける。


「イリス、何か確認したいことは?」


「一つだけあります。捕えられている侍従や女官、文官たちに動きはないのでしょうか? 一ヶ月半近い篭城に耐えきれないのではないかと思うのですが」


 その問いにシュッタットフェルト伯爵が答える。


「こちらからも女官や高齢の侍従を解放するように要求しているが、反応が全くない。必要なものがあれば、差し入れをすると言っても何も言ってこないのだ。我々も心配している」


「大丈夫なのだろうか?」


 ジークフリート王子が心配そうに聞いてきた。


「グレゴリウス殿下が失踪したことを知られたくないのでしょう。しかし、殿下を失った侯爵にとって人質は大事な命綱です。無体なことはされていないはずです」


「それならばよいが」


 他に意見がないか確認するが、特にないため、方針を説明する。


「私とジークフリート殿下が城門まで行き、そこで降伏を勧告します。条件は王宮を無傷で返すことと、クライネルト隊の責任者を引き渡すこと。それを受け入れるなら、マルクトホーフェン侯爵領までの安全を保証するというものです。その際、グレゴリウス殿下の身柄は要求せず、不在であることを知っていると告げます」


 クライネルト子爵の部隊は商業地区の二番街で千人に及ぶ市民を殺し、放火まで行っている。子爵と主だった部下は既に拘束してあるが、すべてではない。王都の民は彼らへの厳しい処罰を望んでいるため、騎士階級以上の者の引き渡しを要求する必要があった。


 本来なら事件に関わった兵士も処罰の必要なのだが、時間が掛かることと、マルクトホーフェン侯爵派の貴族が扇動したとして、子爵以下の隊長たちを公開処刑すれば、民衆の不満はある程度解消できると見ているため、要求しない。


 グレゴリウス王子だが、帝都に送られたと考え、帝都に長距離通信の魔導具で監視強化を命じている。しかし、王子が到着した事実は確認できないという報告しか受けていない。


 帝都以外の港から別の場所に移送された可能性はあるが、帝都に近づいたタイミングで海の魔獣(ウンティーア)が活発化したことから、遭難した可能性が高いと現地の情報部員は考えていた。実際、北部の海岸を捜索する部隊が派遣されたことが確認されている。


「それで素直に王宮から退去するのだろうか? こちらが裏切らぬ保証を求めると思うのだが」


 シュッタットフェルト伯爵が疑問を口にした。


「こちらから人を出します」


「それは誰を考えているのだろうか? 侯爵が納得するだけの価値がある人物というのが思いつかぬのだが」


 伯爵だけでなく、グライナーとクラウゼンも疑問に思っているのか、首を傾げている。。

 ただ一人、アルトゥールだけが気づいたようだ。


「まさか……」


 その言葉に全員の視線が彼に向く。


「イリスさんを出すわけではありませんよね」


「さすがはアルトゥールね。その通りよ」


 イリスが満足そうに頷く。彼とは先代のグレーフェンベルク伯爵時代に屋敷によく行っていたことから面識があり、更にその後もモーリス兄弟を通じて付き合いがあった。彼女と私にとって彼は家族のようなものであり、ファーストネームで呼んでいる。


「マティアス卿、それは本当だろうか? 私は聞いていないが」


 ジークフリート王子が険しい表情で聞いてきた。


「アルトゥール卿の言う通りです。殿下にお伝えしなかったのは反対されると思ったからです」


「イリス卿を失うことになりかねん! そのような策は認められない!」


 王子は焦ったように声を上げる。


「問題ありませんわ。夫がきちんと侯爵たちを脅してくれるでしょうし、いざとなれば、脱出すればよいだけですから」


 イリスはにこやかにそう告げる。

 その言葉に王子だけでなく、私以外の全員が言葉を失っていた。


「彼女の言う通り問題はありません。侯爵たちには彼女に一筋の傷でも付けたら、私はもちろん、我が領の獣人たちが黙っていないと伝えます。それに殿下の名代として同行させるつもりですから、侯爵が命じたとしても、これ以上王家に弓を引く行為は、兵士はもちろん、貴族や騎士も受け入れないでしょう。今度こそ、全員処刑という話になりかねませんから」


「しかし、真実の番人(ヴァールヴェヒター)の暗殺者がいるのではないか? 彼らなら侯爵の命令に従うだろうし、イリス卿の武術の腕は知っているが、暗殺者を相手に無傷でいられるとは思えないのだが」


(シャッテン)とサンドラ・ティーガーら(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)の護衛を付けます。人数は三十人程度ですが、真実の番人(ヴァールヴェヒター)の暗殺者が相手でも互角以上に戦えますし、先ほど彼女が言った通り、強引に脱出することは難しくありません。まあ、そんなことにはならないでしょうが」


「しかし、護衛を認めるとは思えないのだが」


「認めさせます。三千人の軍がたった三十人の女性兵士を怖れるのかと嘲笑すれば、侯爵も認めざるを得ないでしょうから」


 ちなみにこの策はイリス本人が提案してきたことだ。私としても他に手があれば、このような危険な策は使いたくなかった。


 しかし、早期に侯爵を王宮から引きずり出すには、確実に安全が確保できると思い込ませなくてはならず、私の妻であり、我が領の獣人だけでなく、王国騎士団の兵士にも人気が高い彼女が最適だという結論になったのだ。


 王子はまだ渋っているが、他に手が思いつかず、大きな溜息を吐き出した。


「マティアス卿とイリス卿の策以上のものを提示できない。ならば、この策で行くしかない。マティアス卿にとっては最愛の妻だが、私にとっても大切な師の一人だ。僅かでも安全に疑問が出たなら、この策は中止する。そのつもりで頼みたい」


 こうして侯爵に対する交渉の方針が決定した。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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