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第三話「皇帝、王国の状況を聞く」

 統一暦一二一五年七月三十日。

 ゾルダート帝国北東部帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮内。皇帝マクシミリアン


 グライフトゥルム王国に関する情報が続々と入っていた。

 その多くが驚くべきものだった。


 最初に入ってきた情報は王国とグランツフート共和国の連合軍がレヒト法国軍の大軍を完膚なきまでに叩き潰したというものだった。

 一緒に聞いていた総参謀長ヨーゼフ・ペテルセンも酒を口に運ぶのを忘れて驚いていたほどだ。


『聖竜騎士団を主力とする六万五千の大軍を相手に、四万以上を討ち取り、二万を捕虜にしたと……ケンプフェルトとラウシェンバッハがいるとはいえ、それは真なのか?』


 最初にラウシェンバッハの情報操作を疑ったが、すぐにペテルセンが否定する。


『多少の誇張はあるでしょうが、早期に帰還すると発表されています。少なくともそれが可能なほどの大勝利ということでしょうな。どのような戦いであったのか、情報を集めるように指示したところです。早く知りたいものですな』


 ペテルセンは士官学校の戦術の教官をしていたこともあり、興味津々だ。

 その後、ヴォルフタールで国王フォルクマークが戦死したという情報が入ってきた。


『法国のマルシャルクもなかなかやりますな。千里眼(アルヴィスンハイト)殿がいなければ、王国を征服することもできたでしょうから』


 ペテルセンがワイングラスを回しながら、感心している。

 その言葉に余も同じ思いだった。


 更にラウシェンバッハが王都を電撃的に攻撃し、マルクトホーフェン派が王宮に閉じ込められたという情報が数日前に入ってきた。


『やはりマルクトホーフェンはラウシェンバッハの敵ではありませんでしたな。マルシャルクがどう動くのかが気になりますな』


『その方ならどうする?』


 恐らく余と同じ考えだろうが、聞いてみたいと思ったのだ。


『私ならヴェストエッケまで撤退しますな』


『それでは何も得られぬぞ』


 余も同感だが、理由が知りたかった。


『補給と地理に不安がある敵国内でラウシェンバッハを相手に戦うなど、愚の骨頂でしょう。焦りを誘われた上に、地形を利用した巧みな戦術を使われたら、我が軍でも勝利は難しいでしょう。それならばヴェストエッケまで引き、そこで雌雄を決した方が余程マシです』


 奴の土俵の上で戦うなど考えただけでも気が滅入る。


『ラウシェンバッハならヴェストエッケで無理に戦うことは選ばないでしょう。何と言ってもまずは王国の混乱を鎮めねばなりませんから。それに彼のことですから、外交的にヴェストエッケを取り戻す方法を選ぶでしょう』


 この意見も全く同感だ。それでもまだ食い下がってみた。


『しかし、それでは王国侵攻が無駄だったことになるが?』


『外交で負けてもそれは東方教会と西方教会の不手際に過ぎません。マルシャルク本人は遠大な戦略を実行し、更に自身は敵の国王を討ち取ったという大きな実績が残ります。その後の権力闘争で有利になることは間違いありません』


 余も同じ意見だが、そうならないとも思っている。


『同感だが、マルシャルクは野心家だ。そして、自らに自信を持っている。十分な戦力を持っているなら、賭けに出るのではないかと思うぞ』


『その点は私も同感ですな。共和国侵攻は最初から失敗すると考えていたでしょうが、戦略的にこれほど鮮やかに敗れたとなれば、それを取り返すために勝負に出る可能性は充分にあります。それにあの“千里眼(アルヴィスンハイト)”殿がそうなるように仕向けるでしょう』


『いずれにしてもマルシャルクには頑張ってもらいたいものだ。ラウシェンバッハを討ち取ってくれとは言わんが、ラウシェンバッハ領の獣人たちを一人でも多く倒してくれれば、助かるからな』


 そんな話をした後、更に驚嘆すべき情報が入ってきた。

 即位した第二王子グレゴリウスを捕らえたという情報がついさっき入ってきたのだ。しかし、本来なら三日前に到着しているはずで、何らかのトラブルがあったらしい。


「港湾局で確認しましたが、どうやら我が国とオストインゼル島の間の海域で魔獣(ウンティーア)が活発化しているようです。それに巻き込まれたようですな」


魔獣(ウンティーア)が活発化……十年ほど前にシュトルムゴルフ湾であったが、それと同じことが我が国の近海で起きていると……グレゴリウスのことより、そちらの方が問題だ。直ちに食料の価格統制を行うよう命じなくてはならん」


 帝都には毎日多くの商船が入港し、大量の穀物を運び込む。それによって三十万人にも及ぶ帝都の人口を支えているのだ。


 その船が来なくなるという噂が流れるだけでも、主食である穀物の価格は数倍に跳ね上がる。実際、十一年前の一二〇四年にはモーリス商会の協力と備蓄を放出することで対応したが、それでも二倍以上に跳ね上がったのだ。


「グレゴリウスについては沿岸での捜索を行うように命じました。海で魔獣(ウンティーア)に襲われて生き残れる確率は限りなくゼロですし、身分が分かるようなものも持たせていないでしょうから、見つかることはないと思いますが」


「そうだな。それでよい。それよりも大至急内務尚書と話をせねばならん」


 内務尚書を呼ぶことにしたが、今の尚書にはあまり期待できない。有能ではあるが、前尚書ヴァルデマール・シュテヒェルトに比べ受動的であり、余の命令を諾々と受け入れるだけだからだ。ある程度独自で動ける者がほしいのだが、いい人材は未だに見つかっていない。


「モーリス商会も呼んではいかがですかな? 支店長のネーアーならよい知恵を出してくれるかもしれませんぞ」


 ペテルセンが提案してきた。彼は優秀な戦略家だが、内政に関しては概念的な部分でしか意見を言うことはなく、専門家を推薦したのだろう。


「リーデル商会のダニエル・モーリスの意見を聞いてもよいな。ラウシェンバッハに師事していただけに、我らが思いもつかぬような意見を出してくれるかもしれん」


「確かにその通りですが、残念ながら、あの若者はリヒトロットで酒造復活事業に邁進しておりますゆえ、帝都にはおりません」


 酒造りのことであるからか、モーリスの息子のことをしっかりと把握している。


「そうであったな。ククク……」


 そのことに思わず笑いが漏れる。

 余は魔獣(ウンティーア)対策に集中することにし、グレゴリウスのことは意識から完全に締め出していた。


■■■


 統一暦一二一五年七月三十日。

 オストインゼル公国中部山岳地帯。大賢者マグダ


(大変な目にあったの……)


 マティアスの提案を実現するため、鷲獅子(グライフ)と共に、他の四聖獣たちのところを回り始めた。


 最初にゾルダート帝国北部のハルトシュタイン山脈におる神狼(フェンリル)のところにいき、これまでの経緯を話した。


 神狼は禁忌を利用したと聞き、怒りを爆発させそうになったが、法国に制裁に向かうと説明すると、ギリギリで怒りを抑えてくれた。


管理者(ヘルシャー)の定めしことを守れぬ愚か者どもには、我が自ら鉄槌を下す』


 怒りを爆発させることはなかったが、聖都に行けば更に大変なことになりそうだと頭が痛くなった。


 それからこの島に渡り、聖竜(ドラッヘ)に会ったのじゃが、奴は聞く耳を持たなかった。


『警告を与えるだと! 温いわ! 人族など力でねじ伏せればよい! 人族に甘い助言者(ベラーター)だけならまだしも、鷲獅子(グライフ)よ、貴様はその場におったのであろう! 何ゆえ罰を与えなかった!』


 儂だけならなだめすかしたのじゃが、聖竜(ドラッヘ)鷲獅子(グライフ)にも噛みついた。


『あの者の考えが正しいと判断したからだ! すべてを力で解決するなど、正しき行いとは言えぬ! 管理者(ヘルシャー)の考えに反する考えだ!』


『正しいだけでは、世界は守れぬ! そのようなことは分かっておろう!』


『力を妄信した結果が、今の世界だ! そのことは管理者(ヘルシャー)自身が認めたことだ! 貴様のような奴が世界を崩壊に導くのだ!』


 元々仲が良いとは言えぬが、四聖獣はいずれも頑固で互いに譲ることがない。


『二人とも一度落ち着け! ドラッヘよ、何も見逃すと言っておるのではないのじゃ。力で抑えつけても数百年で元の木阿弥となることはそなたも分かっておろう』


『数百年で戻るのであれば、百年ごとに愚か者を見せしめに殺せばよい! 人族の愚か者など掃いて捨てるほどにおるのだからな!』


『力でねじ伏せようというのか! 管理者(ヘルシャー)の理念はどこにいったのだ! それでも代行者(プロコンスル)か!』


 それから二体はヒートアップし、口論が続いた。


『我がひと吠えすれば人族などひれ伏す! よく見ておけ!』


 そう言って怒りの咆哮を上げた。


『何をするのじゃ!』


 聖竜(ドラッヘ)がおる山の中には魔獣(ウンティーア)はおらぬから、問題にはならぬと思ったのじゃが、海にいる魔獣(ウンティーア)どもが聖竜の怒りを受けてパニックに陥った。


 十一年前の神狼(フェンリル)がシュトルムゴルフ湾でやったほどではないが、サーペント(ゼーシュランゲ)巨大蛸(クラーケ)が本来の棲み処から逃げ出し、大陸側に移動してしまった。


 さすがにドラッヘも魔獣を活発化させてしまったことは拙いと思い、すぐに対応に動いた。儂とグライフも協力し、五日掛けて何とか鎮静化させることに成功した。

 落ち着いた後、今度は怒りが込み上げ、ドラッヘを叱責していた。


『怒りに任せて何ということをしてくれたのじゃ! 貴様がやったことは管理者(ヘルシャー)の考えに真っ向から反することじゃぞ!』


 グライフも睨みつけているが、さすがにドラッヘもやりすぎたと思ったのか、珍しく謝罪してきた。


『此度のことは我の失態。そのことは素直に認めよう』


『ならば、儂の提案にとりあえず賛同せよ。上手くいけばよし、いかなければ、そなたの言うやり方にすればよいのじゃからな』


『分かった。一度は助言者(ベラーター)の顔を立てる』


 怪我の功名でもないが、一番面倒なドラッヘの参加を取り付けることに成功した。


(あとは鳳凰(フェニックス)だけじゃが、あの者は暇つぶしになるといって来てくれるはずじゃ。役に立つかはともかくじゃが……)


 儂は鷲獅子(グライフ)と共に南にいるフェニックスの棲み処に向かった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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― 新着の感想 ―
ギリシャ神話的な神様層ですね。 存在感が大きい(笑)天変地異クラスの影響力です。
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