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第五十四話「大賢者、王子の成長を確認する」

 統一暦一二一五年七月十一日。

 グライフトゥルム王国中部ライゼンドルフ郊外。大賢者マグダ


 レヒト法国軍が森に火を放つと案に脅してきたとマティアスが伝えてきた。

 その書面にはここで対処しておかないと、今後似たような策を用いる者が現れ、世界の崩壊を速める恐れがあるとも記載されておった。


 儂はその通りじゃと考え、鷲獅子(グライフ)に急ぎ連絡を取り、マティアスがおるであろうライゼンドルフ周辺に向かった。


『禁忌を脅迫に使うなど決して許さぬ。二度とこのようなことが起きぬよう、あの者らを皆殺しにし、人族に警告を与えねばならん!』


 話を聞いたグライフは憤った。


『それでは防げぬと、マティアスは考えておるようじゃの』


『どういう意味だ?』


『手紙には細かな話は書かれておらぬ。まあ面白い話が聞けそうじゃがな』


 儂が面白がると、グライフは更に不機嫌になった。


『そなたはあの者を評価しすぎておるのではないか? 短命の普人族(メンシュ)に我ら以上のことができるとは思えん』


『行ってみれば分かることよ』


 すぐに現地に到着する。

 既に脅迫は無効化したようで、法国軍は王国軍に連れられて西に向かっておった。


『既に解決しておるではないか! わざわざ我らを呼び出す必要などあるまい! あの者は“助言者(ベラーター)の弟子”ということで我らを利用しようと考えておるのではないか! そうとしか思えぬ!』


 グライフは儂に怒りをぶつけてきた。


『その目で確認すればよい。儂はあの者が理由もなく我らを呼び出すとは思っておらぬがの』


 そして、マティアスらの前に降り立った。

 彼は相変わらず豪胆で、グライフの威圧を受けても膝を折ることなく、正論をぶつけた。心配して彼の前に立ったイリスらの方が不憫に思えたほどじゃ。


 彼の提案は面白いと思った。

 確かに数百年に一度の罰では普人族(メンシュ)たちが忘れてしまうのも無理はない。寿命のない我らにはなかなか思いつかぬ考えじゃ。


 それに各国の首脳だけでなく、魔導師の塔の指導者を集めるという案も面白い。

 最近、真理の探究者(ヴァールズーハー)の動きが怪しい。魔導具の研究は昔から行っておるが、新たな魔導具の開発を開始しておるという噂もある。


 また、辺境で無用な使い魔の召喚が行われているが、そのことを塔が把握しておらぬなど、危険な兆候が見え始めておる。

 このことはマティアスも知っており、憂慮しておったようじゃ。


 彼の話を聞いた後、ジークフリート王子が王国としての考えを示した。

 豪胆すぎるマティアスの後であったため、気づく者は少ないが、グライフを前にしても堂々としておった。


(マティアスを師としたことは正解だったようじゃの。此度の考えも王子に考えさせたものであろうが悪くない。特に覚悟を語り、更に自らの限界を素直に認められておるところがよいの……)


 そう考えるものの、甘い顔はできないと表情を引き締める。


「王子の意見は分かった。王国としては絶対に認めぬという覚悟もなかなかのものじゃ。じゃが、此度罪を犯した者に対する考えを聞いておらぬ。法国軍に対してどう対処するつもりじゃ? まさか絶縁するだけで何もせぬということはあるまいの?」


 視線に力を籠めて睨みつける。


「マルシャルク団長を大賢者殿に引き渡します。その処分方法について、我が国はすべてを受け入れると約束いたします」


「儂らに処分せよというだけかの? 他の兵は何の咎めもない。本当にそれでよいと思っておるのか!」


 儂は更に威圧を強めて詰め寄った。

 この程度で潰れるようなら、管理者(ヘルシャー)にはなれぬ。


「わ、我が国の法では、森に故意に火を放った者は、し、死罪と決まっております……ですが、その近くにいただけで、放火の意思がない者に対する罰は、さ、定められておりません……法に基づかず、利用されただけの法国軍兵士を処刑することはできかねます」


 儂の威圧にたじろぎながらも、しっかりと答えてきた。


「王国では国王が法に優先するのではなかったかの? そなたは王ではないが、次期国王であるフリードリッヒ王太子より全権を預かっておるはずじゃ。法がないからなどという言い訳が通用すると思うでないぞ!」


 王国において国王の権限は強大であり、マティアスが常々改革すべきだと言っておるほどじゃ。

 儂としては法に従うという考えは好ましいと思っておるが、この場で王子の覚悟を聞いてみたくなり、強く迫ってみた。


「確かに兄フリードリッヒより軍に関する権限と、法国に対する交渉権は得ております。ですが、敵兵とは言え、罪が明確でない者に対し、処刑を主張することはできません。それが我が国を侵略し、無辜の民を殺めた憎き者たちであったとしても、兵を率いる者として、法に基づかない恣意的な判断はできません」


 先ほどとは異なり、はっきりと自らの考えを主張してきた。


(なかなか鍛えられておるようじゃの……この辺りで引くとするか……)


 儂がそう考えた時、鷲獅子(グライフ)が割って入ってきた。


『知らなければ何の罪もない。王子よ、そなたはそう言いたいのか?』


 グライフもなかなか鋭い指摘をする。どう答えるのか興味深く見守った。


「もちろん全く罪がないとは申しません。それに先ほども申し上げましたが、我が国に対する侵略行為に関しては明確な罪があると断言できます」


『ならば、なぜ罪を問わぬ』


「彼らが犯した罪は我が国に対する侵略行為であり、禁忌に関することではないからです。侵略行為に関しては、王国としてきちんと対応します。これは我ら人族の問題だからです。しかしながら、そのことと禁忌に関与したことを同一にすることはできません。私の考えは間違っているのでしょうか?」


 本当によく鍛えられていると感心する。

 ここで我らに処分させるということは、代行者(プロコンスル)の力を利用するということじゃ。先ほどマティアスが否定したことを王子がすることになるが、そのこときちんと理解しておる。


『ジークフリート王子の考えは間違ってはおらぬ。そうであろう、助言者(ベラーター)よ?』


「うむ。王子の考えは正しい。王国の考えは理解した。その上で法国の者に問う。そなたらはどうこの後始末を付けるつもりじゃ?」


 赤い鎧を着た男に皆の視線が集中する。どうやらこの者がマルシャルクの後任のようじゃ。


「せ、赤狼騎士団長、お、オトフリート・マイズナーと、も、申し……ます……」


 マイズナーは顔を上げることなく名乗るが、その後が続かない。


「マイズナーよ。そなたが法国の者の代表と考えてよいのじゃな」


「は、はい……」


「では、今一度問う。法国軍は此度の失態に対し、どのような対応をするつもりじゃ。心して答えるのじゃ!」


 儂と共にグライフも威圧を放つ。

 マイズナーはガクガクと震え、言葉にならない。


『罪を認めるのか! はっきりと答えよ!』


 マイズナーはその威圧を受け、そのまま地面に伏してしまう。情けないことに気を失ってしまったようじゃ。


「恐れながら申し上げます」


 マティアスの後ろで拘束されながら跪いていたマルシャルクが発言する。


「首謀者であるそなたに発言は求めておらぬ。控えよ」


 威圧を込めて睨むが、マルシャルクは儂の視線をしっかりと受け止めていた。


「伏してお願いいたします。発言をお許しいただきたい」


「法国の者たちよ。首謀者に任せるのか? この者の言葉いかんによってはそなたら全員を処刑することになるかもしれぬが?」


 そう言って睨むが、法国軍の将と思しき者たちは誰一人発言を求めなかった。

 この一点だけ見てもジークフリートの素晴らしさが分かるというものじゃが、そのことに喜んでばかりいるわけにはいかぬ。


「よかろう。マルシャルクよ、発言を許す」


「ありがたき幸せ」


 そう言って頭を下げると、しっかりと顔を上げた。

 マティアスが警戒するだけあって、胆力もあるようじゃ。


「此度のことはすべて私の独断。腹心にすら一切話すことなく、事を進めました。よって、すべての責任は私にあり、私以外の将兵に禁忌に関わっていたという事実はございません」


「そなた一人で罪を背負うつもりか? その程度のことで許されるほど軽いことだと思うてか!」


「私は事実を述べただけでございます。その事実を踏まえた上で、適切な処分を下していただきたいと愚考する次第です」


 開き直ったのか、ふてぶてしいまでに落ち着いている。


「よかろう……王国の者よ。マイズナーなる者を叩き起こせ」


 儂の言葉でラザファムがマイズナーに駆け寄り、頬を叩いて起こす。

 マイズナーは自分が起こされたことに気づいたが、儂とグライフの姿を見て再び怯える。


「法国の者どもよ。マルシャルクの身柄は儂が預かる。そなたらの国に何らかの処分を下すことになろう。そう本国の者にしかと伝えよ。鷲獅子(グライフ)よ、それでよいな」


『甘い処分にせぬと約束するのであれば』


「うむ。先ほどのマティアスの提案を含め、二度と起きぬようにするために何が最善か考える。マティアスよ、そなたも儂に知恵を貸せ」


「承りました」


 マティアスはそう言って微笑みながら頭を下げる。


「ユーダよ。その者を王都まで運び、マルティンに預けよ。これは王国軍としてではなく、闇の監視者(シャッテンヴァッヘ)として行え」


 マティアスの後ろに控えていた、九の組(ノイン)の長、ユーダ・カーンが頭を下げる。


「承りました。ニコラウス・マルシャルクの身柄はマルティン・ネッツァー上級魔導師に確実に届けます」


 ユーダがマルシャルクを引き立てていったことを確認した後、ジークフリートに話し掛けた。


「王都に戻ってからが楽しみじゃ。いろいろと話を聞かせてほしいからの」


「はい。私も楽しみです」


 それだけ言うと、儂はグライフに乗り、空に舞い上がっていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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