第五十三話「軍師、鷲獅子に提案する:後編」
統一暦一二一五年七月十一日。
グライフトゥルム王国中部ライゼンドルフ郊外。第三王子ジークフリート
マティアス卿は四聖獣である鷲獅子様に正面から意見を言い、その怒りを買った。しかし、それに屈することなく、提案を行っていく。
その姿に感動すると共に一言も聞き漏らしてはいけないと集中して聞いていた。
『我らが怠慢であったと言いたいのか!』
グライフ様の怒気が再び膨れ上がるが、マティアス卿は静かに、そして大きく頭を振った。
「いいえ。森人族や闇森人族など一部の種族はともかく、我ら普人族の寿命は高位の魔導師を除き、非常に短いのです。四聖獣様であっても、そのような存在すべてと関わることは不可能です」
『ならば、何が言いたい!』
理由が分からず、鷲獅子様は苛立ちを見せている。
「私が提案しようとしていることは、四聖獣様と大賢者様が各国の首脳、各魔導師の塔の責任者など、この世界に影響を与え得る者たちを集め、この我々に残された最後の地、エンデラント大陸を守るために、我ら人族が正しき行いをしているのか、確認する場を設けるべきというものです」
『我らは人族の国に干渉はせぬ。これは管理者の定めしこと。そのことはそなたも存じておろう』
神話やフィーア教の教えでは、神が身罷る際、代行者である四聖獣や助言者である大賢者に対し、世界を亡ぼすような重大な事態以外、人族に干渉することを禁じたとされている。
「もちろん知っています。ですので、各自の主張を聞くのではなく、禁忌に関わることについて話し合う場、もっと有体に言えば、警告を発する場を設けるべきだと思うのです」
『警告を発する場だと……』
「先ほども申しましたが、人族の寿命は精々百年です。今回の件で鷲獅子様が法国軍を全滅させるという罰を与えたとしても、他国であれば五十年もすれば記憶は薄れてしまうでしょう。そして、二百年もすれば、罰を受けた国ですら忘れられないまでも御伽噺のような伝説として、現実のものとは考えられなくなります」
この場にいる全員が聞き入っている。
「ですので、十年に一度でよいので警告を発してはどうかと考えました。その第一回目をレヒト法国の聖都レヒトシュテットで行い、各国の元首、各塔の大導師に、今回の件を伝え、警告を発してはどうでしょうか」
「一罰百戒では長くは効かぬと言いたいのじゃな」
大賢者殿の問いにマティアス卿は大きく頷いた。
「はい。一罰百戒は同じことを起こさないための抑止力として、非常に重い罰を与えます。ですが、先ほど説明した通り、間が空けば意味がなくなり、同じことが繰り返されます。ただ繰り返されるだけならよいのですが、そのことによって少しずつ世界は崩壊に向かってしまいます」
「うむ。そなたの言わんとすることは理解できるの」
「それに警告を発するだけでなく、魔素溜まりを鎮静化する方法がないか、発生した魔獣を効率よく退治する方法はないかなど、この世界をよりよくする方法を話し合ってもよいかと思います。そうすることで少しずつでも世界を取り戻すことに繋がるのではないかと考えます」
事前に聞いていたにもかかわらず、このような提案ができる彼に驚きを隠せない。
「確かにこれは一国を代表する提案とはできぬな。グライフよ、そなたはどう思うのじゃ? まだ納得がいかぬか?」
グライフ様は静かに考えた後、冷静な念話を送ってきた。
『一考の余地はある。だが、聖竜や神狼が納得するとは思えぬな』
「だからこそ、マティアスはそなたに提案したのじゃろう。そうであろう?」
大賢者殿は面白がるような感じでマティアス卿に聞いている。
「その通りです。鷲獅子様は正しきことを第一にお考えになる方。目的が正しく、更に悪用できないようにすれば、耳を傾けてくださると思っておりました」
マティアス卿はそう言っているが、彼以外の誰にもこんなことはできないだろう。
『我の性格を見抜き、我を激高させた上で有利に交渉を進めようとしたということか? はっきりと答えよ、マティアス!』
グライフ様は不愉快そうな念話を送る。
「いいえ。我々グライフトゥルム王国が四聖獣様の力を国益に繋げようとするのではないか、グライフ様はそのような疑いを持たれると私は考えました。まずその疑いを晴らす必要があり、私個人としての考えをお伝えしました」
そこで大賢者殿が大きく笑った。
「フハハハハハ! グライフよ、儂の言った通りであろう!」
『……』
グライフ様は少しバツが悪そうな感じで無言を貫いている。
「マティアスの申す通りよ。グライフトゥルム王国にはレヒト法国だけでなく、ゾルダート帝国という強大な敵がおる。それに国内でも問題が多いことは周知の事実じゃ。それを一気に覆すには四聖獣の力を背景にすることが最も簡単で確実。小策士であれば飛びつくことは間違いないの。それをグライフは防ごうとしたのじゃ」
こうなるであろうことはマティアス卿から事前に聞いていたが、実際に目の当たりにすると驚きを隠せない。
「それを見越してグライフを逆上させ、正論をぶつけることで主張を認めさせたのであろう? じゃが、儂がおるとはいえ、危険すぎる賭けじゃぞ」
「グライフ様を逆上させようなどとは考えておりませんでした。ですが、管理者の考えに反したお言葉に、違和感を覚えたことは事実です。正義を体現されているグライフ様が私の意見が気に入らないだけで制裁を加えるのであれば、この世界に未来はありません。それによって、ここで死ぬ運命なら管理者に殉じただけのこと。そう割り切っただけです」
四聖獣様に命を懸けて諫言するとは聞いていなかった。そのことに私以外も驚いている。
『助言者が正しかったようだな。マティアスよ、先ほどの提案、試す価値があると我は考える。助言者と共に実行に値する案を提案せよ』
「お聞き届けいただき、ありがとうございます。大賢者様に相談させていただきます」
マティアス卿はにこやかに答えた。
「では、この件はこれでよいの。で、グライフトゥルム王国としてはどうするのじゃ? まさかマティアスの案に乗るだけではあるまいの?」
遂に私の番がやってきたようだ。
私は膝に力を入れ、ゆっくりと立ち上がった。
「ぐ、グライフトゥルム王家のジークフリートより、お、王国としての考えをご説明させて、いただきます」
舌がうまく回らない。
「言葉を飾る必要はないし、気負う必要もない。そなたの言葉でゆっくりと話すがよい」
「ありがとうございます……」
そこで静かに呼吸を整えてから、ゆっくりと話し始める。
「我が国としましては、たとえ国が亡ぼうとも、禁忌を行うことはもちろん、利用することも全面的に禁止いたします。そのことを王家の者として貴族や家臣、そして民に周知いたします……」
ここまでは当たり前のことであり、グライフ様も大賢者殿も何も言わない。
「そして、禁忌に関与した者はどれほど高位であっても厳正に処分します。また、他国で行われたのであれば、そのことを非難し、たとえ友好関係にあったとしても絶縁いたします。これは他国を陥れるために偽の情報を流した場合も同様です」
禁忌に関与した国と絶縁すると宣言すれば、共和国が関与したという偽情報を流して同盟関係を破綻させようとする者が現れるかもしれない。また、王国と関係が深い叡智の守護者に関しても同様で、噂を流すだけで関係を壊そうとする者が出てくるのではないかと思っている。
「更に王国の国是を以下のように定めたいと考えております。“我がグライフトゥルム王国はこの世界の崩壊を防ぐことを至上の目的とし、それを追求し続ける。それに反する行為はたとえ国王であっても認められない”と。精神論だけになってしまいますが、私ではこれが限界です。具体的な防止策は今後、様々な意見を聞きながら検討していきたいと考えております。私からは以上です」
そう言って頭を下げるが、沈黙が場を支配した。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。