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第五十二話「軍師、鷲獅子に提案する:前編」

 統一暦一二一五年七月十一日。

 グライフトゥルム王国中部ライゼンドルフ郊外。第三王子ジークフリート


 一昨日の夜にレヒト法国の神狼騎士団は事実上降伏した。

 昨日はライゼンドルフに入り、ケッセルシュラガー侯爵らと今後について話し合っている。協議自体はある程度事前に終わっており、顔合わせに近かった。


『ケッセルシュラガー侯爵及び侯爵領軍の働きについては、王都奪還後に必ず報いる。よくやってくれた。ラウシェンバッハ子爵領軍は共和国との共同作戦以降、戦い続けている者が多い。侯爵には面倒を掛けるが、法国軍の護送とヴェストエッケ奪還後の西部防衛を頼みたい』


 ユストゥス・フォン・ケッセルシュラガー侯爵は三十代前半の貴公子で、武人という印象はないが、私の言葉に力強く応えてくれた。


『承りました。ご安心ください』


 ケッセルシュラガー侯爵家は五大侯爵家でありながら、これまで王国の政治に積極的に関与してこなかった。


 マティアス卿の話ではマルクトホーフェン侯爵やレベンスブルク侯爵らの政争に巻き込まれることを嫌い、西方の守りを固めるという理由で領地に篭っていたらしい。


 ケッセルシュラガー家の扱いを今後どうするかが、国内政治を安定させる上で重要と聞いており、侯爵本人ともよく話し合っている。


 そして本日、ライゼンドルフを出発し、ヴェストエッケに向かう。


「早ければ、今日にでも鷲獅子(グライフ)様が現れるのだな」


 馬に乗りながらアレクサンダーに話し掛ける。


「マティアス卿は最短で本日と言っていただけです。それに準備は終わっているのです。あまり気にしすぎない方がよいのではありませんか?」


 アレクサンダーが言う通り、準備は昨日中に終わっているが、気になって仕方がない。何と言ってもあの強大な力を持つ四聖獣、鷲獅子(グライフ)様に直接話をしなければならないからだ。緊張するなと言われても無理だろう。


「他の者たちの目もあります。ジーク様が緊張し過ぎていると、他の者たちも集中力を欠くかもしれません」


「そうだな。他のことを考えることにするよ」


 そうは言っても、すぐに鷲獅子(グライフ)様のことを考えてしまう。


 昼食のために休憩に入ったところで、通信兵が叫んだ。


「後方より連絡! 東側に鷲獅子(グライフ)様らしき姿が見えたとのこと!」


「どうやら来られたようですね」


 昼食を摂っていたマティアス卿がのんびりとした口調で話しかけてきた。

 私より厳しい話になることが分かっているのに、意に介しているように見えない。その胆力に驚くより呆れる。


「通信兵。法国軍の指揮官に早急に集まるよう連絡を。各部隊には、対応は総司令部で行うから安心するように伝えてくれ。では殿下、一緒にお迎えいたしましょう」


 捕縛されている元白狼騎士団長ニコラウス・マルシャルクが護送用の馬車から引き出される。


「マルシャルク殿、鷲獅子(グライフ)様が到着されたようです。打ち合わせ通り、我々が話をした後、貴殿に主張する機会を与えるつもりです」


 最初にマルシャルクに話をさせてもよかったのだが、まずは事情を説明すべきだとマティアス卿が主張し、マルシャルクもそれを認めた。最初にグライフ様の怒りを招けば、その後は話にならないと考えたようだ。


「ありがたい。言えた義理ではないが、私以外の者に累が及ばぬようによろしく頼む」


 この一日半ですっかり憔悴しており、十万の兵を動かした戦略家の面影はなかった。


 マティアス卿の命令でグライフトゥルム王家の旗が大きく振られる。

 東の空を見ていると、遠くに猛禽類とは異なる影が見えた。

 すぐに我々に気づき、降下してくる。その姿を見て、兵士たちは皆、平伏していた。


 グライフ様は以前にも増して怒気を放っているように感じた。しかし、特に念話が頭に響くことはなく、その背から大賢者殿が降りてきた。


「マティアスよ。(シャッテン)が儂に伝えてきたことは真のことなのかの? 未だに信じられぬが」


「はい。こちらに我々が受け取った要求書の実物がございます。これをご覧いただければ、私が嘘偽りなく、正確にお伝えしたと分かると思います」


 マティアス卿はそう言って、マルシャルクが作った要求書を大賢者殿に手渡す。


「うむ。無論、そなたが儂に嘘の情報を伝えるとは思っておらぬが、まさかそのような愚かなことをする者がいるとは思わなんだでの」


 そう言いながら要求書を確認する。


「うむ。真であったの。鷲獅子(グライフ)よ。レヒト法国の者が禁忌を脅しに使ったようじゃ。どうするかの」


『脅しとはいえ、管理者(ヘルシャー)の代理たる我の言葉を軽んじたことは事実。相応の罰を与えねばなるまい』


 以前のような怒気をはらんだ念ではないが、恐ろしさは更に増していた。


「そのことに関しまして、私より提案がございます」


 マティアス卿はグライフ様の怒りなど意に介さぬとでも言うように発言する。


「それは罰に関することかの? それとも今後の再発防止策についてかの?」


 大賢者殿の問いにマティアス卿は笑みを浮かべた。


「その両方です。ですが、この提案は私個人のものであり、王国とは関係ございません」


『どういうことだ? 助言者(ベラーター)の弟子とはいえ、代行者(プロコンスル)である我に対し、個人として意見を言うとは不遜だと思わぬのか』


 グライフ様の怒気が更に大きくなり、マティアス卿以外の全員が膝を突いてしまう。


「この世界に住む者、すなわち“最後の地(エンデラント)”に住む者としての提案です。私の記憶では管理者(ヘルシャー)は人族を含め、この世界に残った者の声を蔑ろにされるような発言をされたことはなかったはずです。不遜に当たるのは、鷲獅子(グライフ)様の方ではありませんか?」


『何! 助言者(ベラーター)の弟子ということで増長しておるようだな!』


 暴風のような力がグライフ様から吹き出す。私は頭を下げることしかできなかった。

 しかし、イリス卿、ラザファム卿、ハルトムート卿は歯を食いしばりながらも立ち上がり、マティアス卿を守るように立つ。


「私は大丈夫だよ」


「でも……」


 イリス卿が心配そうに見ているが、マティアス卿は分かっているとでもいうように小さく頷くと、グライフ様に視線を向ける。


「グライフ様にお尋ねします」


『何だ!』


「グライフ様は我らこの地に住む者の意見に耳を傾ける必要などないと、代々の管理者(ヘルシャー)がおっしゃられたと主張されるのでしょうか?」


『……』


管理者(ヘルシャー)はこの最後の地を守り、魔象界(ゼーレ)に呑み込まれた地を復活させるために降臨されたはず。そのために自らがお作りになったすべての存在、そう代行者(プロコンスル)である四聖獣様を含め、我ら人族も積極的に協力することをお求めになられた! 私はそのように助言者(ベラーター)であるマグダ様より聞いております! それが誤りであったということでしょうか!」


 マティアス卿にしては珍しく声を荒げている。


『……』


 グライフ様は沈黙するが、怒気を発したままだ。


「ブハハハ! グライフよ! そなたの負けじゃ!」


 大賢者殿が大きく噴き出した。


『何が言いたい』


管理者(ヘルシャー)の考えを正しく理解しておるのは、ここにおるマティアスの方よ。そなたも分かっておるはずじゃ」


『間違ってはおらぬ。それは認めよう。だが、我らを利用しようとしていないとは言えまい』


 グライフ様はマティアス卿が四聖獣様の力を利用しようとしているのではないかと疑われたようだ。


「その点は儂も気になる。マティアスよ。そなたは儂が間に入ることを期待し、グライフに正論を叩き付け、自分の意見を通そうとしたのではあるまいな」


 普段は優しい大賢者殿がグライフ様並みの威圧をマティアス卿にぶつけている。

 それでもマティアス卿は意に介した様子はなく、淡々と答えていく。


「そのようなことはございません。私は大賢者様に命を救われてから、常にこの世界のために何が必要か考えてまいりました」


「そうじゃの」


 そこで大賢者殿の威圧が解けた。


「なぜこの世界は不安定なのか、なぜ管理者(ヘルシャー)は復活されないのか……正しい答えが出たとは思っていませんが、ある結論に達しました」


『それは何だ』


 グライフ様が威圧を解いて質問する。


「先ほども言いましたが、この地に住む者たちが協力し合う体制になっていません。四聖獣様は山に篭り、人族に関わろうとされません。唯一、大賢者様のみが各地を訪れ、管理者(ヘルシャー)の考えを広めようとされていますが、大賢者様であっても一人では限界があります」


『我らが怠慢であると言いたいのか!』


「いいえ……」


 マティアス卿は大きく(かぶり)を振り、理由を説明し始めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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