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第五十一話「駆け引き:その六」

 統一暦一二一五年七月九日。

 グライフトゥルム王国中部ライゼンドルフ東、西方街道上。オトフリート・マイズナー赤狼騎士団長


 俺は“千里眼(アルヴィスンハイト)”と呼ばれるマティアス・フォン・ラウシェンバッハとの話し合いで頭が沸騰しそうになっていた。


 雑談と称し、我が国を攻めると脅してきたが、実際この男ならできるだろうと思うだけの根拠を示されている。

 ラウシェンバッハはそんな俺の考えを読んだのか、にこやかに微笑んでいた。


「我々にはそのような考えもあるということですよ。ですが、マイズナー閣下がそれを察知し、我々が望むもので、貴国が不要であるものを与えるという策を、総主教猊下や法王聖下に提案したらどうでしょうか?」


「……そちらが望むもので、我が国が不要なものだと……」


 何が言いたいのか分からないが、話を聞くべきだと思い、そこで口を噤む。


「我々が望むのは貴国との恒久的な平和と労働力です。不可侵条約の締結と貴国に住む獣人族(セリアンスロープ)の移住を求めることを私は提案するでしょう」


「獣人族か……」


 そこで納得しそうになるが、この男にこれ以上の戦力を与えることが我が国にとって、そして俺にとっていいことなのか判断がつかない。


「不可侵条約を締結すれば、我が方から攻め込むことはありません。第一、我々にはゾルダート帝国という強大な敵がいるのです。西側の安全が確保できるなら、森林地帯が広がる北方教会領を奪う必要など全くないのです」


 確かにその通りだ。

 領都クライスボルンから北側には深い森林地帯が広がり、ほとんど開発されていない。ここを切り開こうとしても奥地から大量の魔獣(ウンティーア)が現れて失敗に終わるからだ。


 だからこそ、我らは豊かな王国西部を欲しているのだ。

 しかし、そのことは口に出さず、将来の可能性を指摘する。


「今はそうかもしれんが、将来はどうなるか分からん」


「貴国では獣人族の村は人頭税くらいしか収めておらず、経済的な貢献はほとんどしていないと聞きます。また、餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)を再度結成することは考えておられないでしょう」


「そうだな」


 餓狼兵団はマルシャルクだからこそ作れた軍だ。俺や黒狼騎士団長のクラインがやっても上手くいくはずがない。


「私としては年間で最低一万人、合計十万人程度の移住を求め、王国内の開発に回したいのです。彼らは兵士としても優秀ですが、開拓者としては更に優秀だからです。我が国はほしいが、貴国はほしくない。そんな存在を提供するだけで、大規模な侵攻を防ぎ、更に多額の賠償金を支払うことなく、トゥテラリィ教が人と認めていない獣人族で丸く収めることができるのです。魅力的な提案だと思いませんか?」


 獣人族がどのくらいいるのかは知らないが、その程度の数で多額の賠償金か、領土の割譲を求められないのであれば、ニヒェルマン総主教やアンドレアス法王も納得するかもしれない。

 しかし、言いくるめられている気がしてきたため、反論を試みる。


「俺にとってメリットがあるようには思えんが」


 ラウシェンバッハはニコリと笑った。

 その笑みに恐ろしさを感じ始めているが、話を聞かないわけにはいかない。


「貴国はこれだけの大損害を出したのですから、最低でも十年間は外征ができません。また、今回のマルシャルク団長の不手際により、四聖獣様から厳しい罰が与えられる可能性があります」


 四聖獣については、この男が大賢者を通じて何か仕掛けてくるつもりなのだろうが、俺に対するメリットという話にどう繋がるのか全く見えない。


「何が言いたい」


「当然、法王アンドレアス聖下も退位せざるを得ないはずです。北方教会の総主教ニヒェルマン猊下がその後釜になれるような策を献じれば、閣下が北方教会の総主教になることも難しくありませんし、少なくとも白狼騎士団長にはなれるでしょう。これでもメリットはありませんか?」


 そこで俺は考え込んだ。


(俺が総主教だと……ニヒェルマン猊下の部下である大主教たちは小粒な者が多い。でなければ、マルシャルクが台頭することはなかったのだからな。そこまで望めなくとも白狼騎士団長にはなれる。確かにメリットだ……)


 それでもここで口を開くことはしなかった。下手に言質を取られれば、この男に付け込まれると思ったからだ。

 そのことに気づいたのか、向こうから引いてきた。


「この場で答えを求めているわけではありません。マイズナー閣下とは長い付き合いになるでしょうから、できれば友好的な関係を維持していきたいと思っています」


「確かにその通りだ」


 俺はそう言って大きく頷いた。


■■■


 統一暦一二一五年七月九日。

 グライフトゥルム王国中部ライゼンドルフ東、西方街道上。第三王子ジークフリート


 赤狼騎士団長マイズナーとの交渉が終わった。

 私自身は何もしていないが、本陣に戻ったところで安堵の息を吐き出してしまう。


「ふぅぅ……相変わらずマティアス卿は凄いな。そう思わないか、アレク?」


 アレクサンダーも私と同じ思いだったようで、苦笑しながら頷いている。


「ジーク様のおっしゃる通りです。マイズナーは自分が法国内で出世できると思い込んでいましたが、法国に混乱を与える一手だと知ったら、どんな顔をするのでしょうね」


 緊張が解けたからか、以前と同じように私のことを“ジーク様”と呼んだが、そのことに気づいていない。


 アレクの言う通り、マティアス卿は法国軍が王国内で自暴自棄になって暴れないようにした上で、マイズナーを焚き付け、楔として法国に打ち込んだ。


 今回の首謀者はマルシャルクだが、北方教会の最高責任者ニヒェルマン総主教が承認したことだ。そんなニヒェルマンが法王を退位に追い込み、自らが後釜に座るなど本来ならあり得ない。


 しかし、マイズナーはマティアス卿の巧みな話術に翻弄され、そのことに気づいていなかった。


「それにこの後、マイズナーに言った通りのことをするのです。混乱する法国首脳部が正しい判断を行えるとは思えません」


 マティアス卿はマイズナーに提案した通りのことを、王国政府として法国に通達することを考えている。


 停戦協定であるため、国王の承認が必要だが、我々が王都に帰還した後、マルクトホーフェンらは排除するから、反対する者はいない。私かフリードリッヒ兄上が承認すれば、そのまま通ることは確実だ。


 それに共和国には東方教会領への侵攻を仄めかしながら交渉するように依頼してあるから、既に聖都レヒトシュテットにある法王庁は戦々恐々となっているはずだ。


 そこにニヒェルマンがマイズナーの提案を持ち込んだとしても、北方教会を糾弾する意見が強く、認められない可能性は高い。


 しかし、我が国からマイズナーの提案通りの話が持ち込まれれば、事前に調整ができていたと考え、責任を有耶無耶にしてでもニヒェルマンとマイズナーに任せるべきだという意見が出るだろう。


 法王アンドレアス八世は為政者として優秀だと聞いておりできれば排除したい。また、南方教会のシャンツァーラ総主教と西方教会のヴィテチェク総主教は内政に力を入れるべきと主張していた。


 だから、このまま北方教会のニヒェルマンが失脚すると、将来法国の国力が増大することは間違いない。それを妨害するために、我が国に侵攻してきた北方教会が有利になるようにマティアス卿は動いたのだ。


「本当に勉強になるよ。私に理解できる日が来るのか疑問はあるけどね」


 そんな話をしていると、マティアス卿がイリス卿と共にやってきた。


「神狼騎士団を無力化することに成功しましたが、まだ鷲獅子(グライフ)様のことが残っています。その対応方針について協議を行いましょう」


「了解だ。次は王家の者として私も話をしなくてはならない。方針は自分で考えるにしても卿らの意見は聞いておかないといけないからな」


 鷲獅子(グライフ)様が来られた場合、王国の責任者としてマルシャルクに対する考えを示すことになっていた。

 当初は前回と同じくマティアス卿に頼むつもりだったが、彼に拒まれたのだ。


『大賢者殿に卿から提案があると言っていたと思うのだが?』


『もちろん私も提案は行います。ですが、私の提案は国家の枠を超え、この大陸に住む者としての提案です。ですので、殿下にグライフトゥルム王国としての考えを示していただきたいと考えています』


『王国としての考えか……卿の考えを聞き、それを承認するのではいけないのだろうか?』


『私の提案は大胆なものであり、王国としての考えとする場合、四聖獣様よりお叱りを受ける可能性が高いと考えています。殿下には今回のような禁忌を利用した策をどう防ぐのか、真剣に考えていただき、その答えを代行者(プロコンスル)助言者(ベラーター)に伝えるべきだと考えます』


 (ヘルシャー)の代理である代行者(プロコンスル)助言者(ベラーター)とあえて言ってきたことに意味があると考え、自分で考えようと決意したのだ。


 正直気が重いが、王国を背負っていくのであれば、避けて通れないと気合いを入れて協議の場に向かった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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