第四十七話「駆け引き:その二」
統一暦一二一五年七月九日。
グライフトゥルム王国中部ライゼンドルフ東、西方街道上。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
白狼騎士団長ニコラウス・マルシャルクは北方教会領軍を撤退させるため、再び火計を使うと脅迫してきた。
そのため、ジークフリート王子、ラザファム、ハルトムート、イリス、そして私の五人で協議を行っている。
「実行が不可能でないことは理解した。しかし、鷲獅子の姿を見た後で、兵士たちがその命令に従うだろうか。私自身、二度とあのような恐ろしい経験はしたくないと思っている。兵たちも同じではないのだろうか」
ジークフリート王子の言葉にラザファムたちが頷いている。
私自身は恐怖を感じたものの、彼らほど強い衝撃は受けていない。私に魔導器がないためだと思うが、そのことで判断を誤る可能性がある。そのため、ラザファムたちの意見を聞くことにした。
「私はマルシャルク団長が命じ、実行する可能性は一割程度と見ています。ラズ、君はどう思う?」
最初にラザファムに話を振った。
「正直なところ、マルシャルクが命じる可能性は君と同じくらいだと思っている。だが、兵が実際に動くかと問われれば、一パーセントもあるとは思えない」
「なるほど。兵が怯えるから命令を出しても実行に移せないということか……ハルト、君の意見は?」
ハルトムートにも確認する。
「俺もラズと同じだな。兵が命令に従うはずがないと思っている」
「了解だ。イリス、君はどうだ? 君も兵たちと実際に交流しているから、彼らの気持ちは分かると思うのだけど?」
イリスは私の問いに少し考えた後、ラザファムたちとは違う意見を言った。
「兄様とハルトの言っていることは理解するわ。でも、そのことをマルシャルクが気づいていないとは思えないの。例えば、詭弁を使って兵を誘導すれば、実行させることは不可能じゃない。具体的にどんな手を使ってくるかは分からないけど」
彼女の意見に私は大きく頷いた。
「私もイリスと全く同じ考えだ」
私がそう答えると、ラザファムが聞いてきた。
「君ならどう兵を誘導するんだ? 何か考えはあるのだろう?」
付き合いが長いだけあって、こちらの心を読んでくる。
「上手い方法かどうかは分からないけど、私ならライゼンドルフに夜襲を掛けるからと言って兵を山に入らせる。その際、灯りの魔導具だけでは足りないから、松明も用意させるだろう。そして、夜襲を実行するとして、松明に火を着ける。そのまま、山の中を突撃していけば、火災が発生する可能性は高い。それに松明を大量に持って山に入るのを見れば、こちらは火計を警戒して妥協せざるを得ない」
ラザファムは私の意見に頷く。
「確かに松明を持った兵が山に入れば、絶対にやらないと思っていても、万が一を考えるな」
「今回の要求書にあえて“火”という文字を入れていない。万が一、火を放つ事態になっても事故だったと言い張れるようにしているのだと思う。逆に言えば、兵だけでなく、鷲獅子にすら言い訳ができるようにしている。もちろん、二度目ということでグライフにそんな言い訳が通用するとは思えないけど、大博打に出るかもしれないと考えてしまうんだ」
私の言葉にイリスが顔を歪めている。
「嫌らしい手ね。でも、確かに有効ではあるわね。で、どうするの? あまり時間はないわよ」
私が答えようとした時、通信兵が入ってきた。
「偵察隊から緊急連絡です。敵が動き出しました。黒狼騎士団が北に、赤狼騎士団が南の崖を上り始めました。いずれも多くの兵が松明を持っているそうです」
「了解。先手を打ってきたようだね。意見を聞いていきたい。ラズ、君はどうすべきだと思う?」
「腹立たしいことだが、リスクを考えれば、受け入れざるを得ない」
不機嫌そうな表情を隠そうともしていない。
「ハルトはどう?」
「拒否すべきだ。法国兵が命じられたとしても森の中で松明に火をつけるとは思えん。四聖獣様の怒りを考えれば、実行できるはずがないからな」
「了解。イリスの意見は?」
「私もハルトと同じよ。断固拒否すべき。ここで受け入れれば、この先も同じ手を使ってくるわ。万が一、敵が火を着けても鷲獅子様と大賢者様が対処してくださるわ」
その言葉に私は小さく頷くと、自分の意見を述べる。
「私はラズと同じだ。ブラフである可能性は高いが、もし火を放たれ大規模な火災になったらライゼンドルフと周辺の人々に大きな被害が出るだろう。それに人が住めなくなるだけじゃなく、西方街道も使えなくなる。これは王国にとって大きな損失だ。そのリスクを考えたら、たとえ確率は低くても勝負には出られない」
正直なところ、マルシャルクがやるとは思っていないが、自暴自棄にならないとも限らない。
「だからと言って、丸呑みすれば、マルシャルクは図に乗るわよ。何か考えているのでしょ?」
「一応考えてあるよ。その前に神狼騎士団を逃がすこと自体は大きな問題じゃないと思っている」
私の言葉にハルトムートが首を傾げる。
「大義名分もなく王国に攻め込んできたんだ。そんな奴らをただで逃がすことは大きな問題だと思うが?」
「報いは受けてもらうさ。だけど一番危険なのはこのままマルシャルク団長を逃がし、復権させてしまうこと。彼が法国内で力を維持することができれば、第二、第三の餓狼兵団が作られ、ヴェストエッケの防衛に大きな脅威になるからね」
「それは分かるが、その報いという奴はどうやるんだ?」
「マルシャルク団長を貶めることと同じなんだが、情報戦を仕掛けて徹底的に痛めつける。東方教会領軍と西方教会領軍が大きな損害を受けたが、得るものは何もなかった。それだけではなく、神狼騎士団は自分たちが生き延びるために四聖獣の怒りを買った。そのことを大々的に広める」
「確かにそうね。国益を損なう行為だわ。でも、厚顔無恥なマルシャルクならそんなことは気にしないんじゃないかしら」
「もちろんそれだけじゃないよ。マルシャルク団長は鷲獅子が温情を掛けたことをいいことに、再び禁忌を使って王国軍に脅しをかけた。このことがグライフに知られれば、神狼騎士団に属する者はすべて殺されるだけでなく、法国自体が危険だという噂を流す。噂だけじゃなく、大賢者様にも協力してもらうつもりだから、信憑性は増すはずだ」
助言者である大賢者マグダは鷲獅子と共に神狼騎士団の罪を問うているから、兵士たちは恐れおののくはずだ。そうなれば、兵士たちが騎士団を辞めることは容易に想像できる。
「それに今回の交渉でも神狼騎士団に楔を打ち込むつもりだ。無事に帰ることができても軍として機能しないように徹底的に心を攻める」
私の言葉にラザファムたちが少し引いていた。
「マティがそう言うのなら問題はないのだろう。なら、俺は反対しない」
ハルトムートが賛同に回る。
「私も同じよ。但し、その徹底的にやる時には私も加わらせてもらうわ。戦死した方がマシだったとマルシャルクに思い知らせてやりたいから」
イリスが好戦的な顔で賛成した。
そこでジークフリート王子に視線を向ける。
「我々の議論は以上です。殿下、ご裁可をお願いします」
ここで十七歳の少年に過ぎないジークフリート王子に決断させることは酷なことだと思っている。しかし、王族であり、名目上に過ぎないが、最高司令官であることに変わりないので、裁可は必要だ。そのために我々である程度結論は出したのだから。
「マルシャルクの要求に応じよう。グライフトゥルム王家の者として、近い将来、国王になる者として、王国民に多大な被害が出る可能性を見過ごすことはできない。但し、マルシャルクを徹底的に貶め、二度と復権できないようにすることが必要だ。可能であるなら、今回の交渉の場でも行ってほしい。マティアス卿、可能だろうか」
王子は決断した上で覚悟を見せてきた。
「受け入れる旨を伝えた後、詳細を詰める必要があります。その際、私がその場で彼を貶めてみせましょう」
「よろしく頼む」
私の言葉に王子は満足そうに頷いた。
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