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第四十四話「白狼騎士団長、ゲリラ戦に手を焼く」

 統一暦一二一五年六月二十六日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 鷲獅子(グライフ)と大賢者が去った後、私は兵たちに言葉を掛けた。


「四聖獣様は我らの行いを理解してくださった! 何も恐れることはない! 各自、祖国への帰還のため、それぞれの任務に邁進せよ!」


 激しく動揺していた兵たちだが、徐々に落ち着きを取り戻した。


 これでグライフトゥルム王国軍の追撃がなくなり、我が軍の当面の危機は去ったことになる。


(ゲラート殿のお陰だな。あの鷲獅子(グライフ)の威圧を前に臆病者と見えるように演技し、罪を背負って死んでいった。私には到底できぬことだ……)


 グィード・グラオベーア餓狼兵団長の戦死に続き、青狼騎士団長であるハンス・ユルゲン・ゲラート殿が鷲獅子に誅殺された。私は大切な二人の盟友を永久に失ってしまった。


(かけがえのない者たちを失った。それも私の見立ての甘さが原因でだ。二人の犠牲を無駄にせぬためにも、何としてでもこのまま兵を連れ帰らなければならない。ここにいる一万七千を超える神狼騎士団の兵を失えば、我が国は立ちゆかぬことになるからだ……)


 既に東方教会と西方教会の連合軍が壊滅し、四万近い戦死者と二万を超える捕虜を出している。我が軍も餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)五千が全滅しただけでなく、騎士団からも二千人近い戦死者を出していた。


 いずれにせよ、ゲラート殿のお陰で時間は稼げた。


(火災は大賢者たちが消したのだろうが、後始末に時間が掛かるはずだ。特に魔獣(ウンティーア)を放置するわけにはいかぬから、半数以上は動けないはずだ……)


 火が消えたとしても魔素溜まり(プノイマプファール)が活性化し、魔獣(ウンティーア)が大量に発生することは間違いなく、自国の安全を考えれば、少なくとも一日は魔獣退治と火災の再発の監視に時間を取られるはずだ。


 その時間を利用して少しでも距離を稼がなくてはならない。

 しかし、懸念が山積している。


(一日程度の時間では精々四十キロほどしか引き離せん。ライゼンドルフまで二百五十キロ以上ある。彼らの移動速度ならどこかで追いつかれる可能性は否定できん。それにライゼンドルフを突破する方策がまだ見つかっていないのだ。どうしたものか……)


 頭を悩ませるが、相談すべき相手を失い、途方に暮れてしまう。

 それでも兵たちを鼓舞し、西に向かった。


 それから三日ほどは何ごともなく、敵が現れる気配もなかった。

 火災の後始末に時間を取られていると安堵していたが、四日目の六月三十日から敵による嫌がらせが始まった。


 この辺りは街道の両側が崖になっており、隊列を長くせざるを得ない。また、餓狼兵団を失ったことから、崖の上の索敵が行えなかった。


 それを見越して敵は崖の上から輜重隊を狙った攻撃を仕掛けてきたのだ。


「落ち着け! 敵は少数だ! 上からの攻撃に注意しろ!」


 隊長らしき者が叫んでいるのが聞こえた。

 見上げると、崖の上から魔獣狩人(イエーガー)らしい五人ほどの戦士が矢を射かけている。


 遠くから馬の嘶きが聞こえ、ガシャンという荷馬車が何かにぶつかった音が聞こえてきた。


「盾を持っている者は馬を守れ!」


 嫌らしいことに荷馬車の馬を狙ってきたようだ。

 十人ほどの兵士が崖をよじ登り始めるが、その兵士にも矢を射かけ、なかなか到着できない。


 その間にも、もう一輌の荷馬車の馬が矢を受け、暴走していた。

 二十分ほどで敵は引き上げたが、狭い街道で荷馬車が転倒したため、行軍を止めざるを得なかった。


(厄介な奴らだ……餓狼兵団がいれば、このようなことにはならなかったのだが……)


 以前にも同じような攻撃を受けたが、その時は餓狼兵団が対処したため、大きな損害はなかったが、今回は対処のしようがない。


 その後、散発的に攻撃を受け、その都度行軍を止めざるを得なかった。


■■■


 統一暦一二一五年六月三十日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 レヒト法国の北方教会領軍が森に火を放ってから四日。

 火災自体は大賢者マグダの魔導による雨で鎮火したが、一度活性化した魔素溜まり(プノイマプファール)はなかなか落ち着かず、その対応に時間が掛かったのだ。


 時間が掛かった理由としては、野営地付近だけでなく、半径十キロメートルほどの範囲の魔素溜まり(プノイマプファール)が活性化したらしく、広範囲で魔獣(ウンティーア)が発生し、山の上や森の奥にまで部隊を派遣する必要があったためだ。


 その結果、野営地周辺以外の魔素溜まり(プノイマプファール)は沈静化し、農村や宿場町への影響を抑えることができた。しかし、火災現場付近では未だに魔獣が頻繁に現れるため、完全に終息したとは言えない状況だ。


 このまま法国軍を放置するわけにもいかないため、エッフェンベルク騎士団を野営地に残し、ラウシェンバッハ子爵領の兵だけで追撃することにした。


 出発前、ジークフリート王子が兵士を前に訓示を行う。


「敵の卑劣な策略に対し、被害を最小限に留めてくれたことに感謝する! 諸君らのお陰で最悪の事態は免れ、西方街道を放棄するような事態にはならなかった。しかし、敵は今も逃げている。このまま放置するわけにはいかない!」


 王子の言葉に兵士たちは頷いている。


「ラウシェンバッハ騎士団の偵察隊は敵の位置を把握し、追跡している。敵は西に百キロほどの位置にある……」


 偵察隊は神狼騎士団を見つけたが、鷲獅子(グライフ)が制裁にいったのに、兵が減った様子がないという報告を上げてきた。大賢者がいたことから、昔と異なり、首謀者のみを処刑したようだ。


 しかし、マルシャルクは制裁を受けずに指揮を執っていることも確認している。どうやって誤魔化したのかは分からないが、この方法がもう一度使えるなら、再び火計を使う可能性がある。


「これだけの距離を追いつくことは非常に困難だが、心配はいらない。マティアス卿の策により、ライゼンドルフの魔獣狩人(イエーガー)が敵の行軍を妨害しているからだ!」


 魔獣狩人(イエーガー)には四月末のヴェストエッケ陥落の後にゲリラ戦を依頼してあった。以前は餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)によって封じられていたが、今回は敵に森の中で行動できる部隊がいないため、その効果が現れている。


「これより追撃戦を再開する! 先陣はラウシェンバッハ騎士団! 指揮官はヘルマン卿! 軍師としてイリス卿が補佐する!」


 その言葉に騎士団の兵士たちが満足そうに頷いている。その一方で突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)や義勇兵団の兵士は残念そうな表情を浮かべていた。


「本隊は突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)と義勇兵団。総司令官はラザファム卿、軍師としてマティアス卿が補佐する。また、ハルトムート卿は引き続き突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)を率いてもらう」


 街道が狭いため、ラウシェンバッハ騎士団だけでもよいのだが、万が一ライゼンドルフを占領された場合を考え、一万四千を超える兵力を投入する。


「エッフェンベルク騎士団及びエッフェンベルク領の義勇兵はディートリヒ卿の指揮の下、魔獣(ウンティーア)を狩りつつ、この野営地の整備を行ってもらう。また、今後届く物資の輸送も担当する。地味な仕事ばかりだが、前線で戦う以上に重要な任務だ。そのことを胸に全力で当たってもらいたい」


 この野営地は百年ほど前まであった宿場町の名残だ。人口が少なかったことから、魔獣(ウンティーア)の増加に対応できず、住民がここを離れたらしい。

 大きさは五百メートル四方ほどで、ここに王国軍の駐屯地を作り、定期的に魔獣を狩る計画を立てている。


 王子の訓示を聞いていたイリスが感心したように話し掛けてきた。


「殿下の演説も板についてきたわね。最初の頃は兵士の顔色を窺うようなところも見えたけど、これならいつでも国王になれると思うわ」


 妻の言う通り、十七歳の若者とは思えないほど堂々としている。


「私もそう思うよ。ただその前に法国軍との決着を付けないといけないけどね」


「そうね。でも敵も死に物狂いで戦ってくるわよ。上手く兵糧攻めできればいいのだけど」


 法国軍の物資はあと半月分もないはずだ。だから、狭い街道に押し込めた状態で戦えば、敵の食糧が尽きる。今回はそれを狙っていた。

 しかし、このことは敵将マルシャルクも分かっているため、簡単にはいかないとも思っている。


「ライゼンドルフにはメルテザッカー男爵がいるはずだから連携できる。不測の事態には君が適切に対処してくれると思っているよ」


 エルヴィン・フォン・メルテザッカー男爵は王国第二騎士団の参謀長だった人物だ。鋭い戦術眼を持ち、法国軍が侵攻してきた際に輜重隊を狙った作戦を提案し、マルシャルクを慌てさせている。


「あなたも近くにいるのだし、何とかなると思うわ。では行ってくるわね」


 そう言うと、彼女は騎士団の方に向かった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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