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第四十三話「大賢者、処分を見守る」

 統一暦一二一五年六月二十六日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。大賢者マグダ


 山火事を消し、マティアスらと話をした後、森に火を放ったレヒト法国軍を追った。

 追うと言っても、法国軍は先ほどの場所から二十キロメートルほどしか離れておらず、鷲獅子(グライフ)の飛行速度ならあっという間に辿り着ける。


『あれが愚か者どもの群だな』


 神狼騎士団の旗がた靡いており、間違いはない。


「そのようじゃの。だが、先に言っておくぞ。あの者らのすべてが関与しておったのなら別じゃが、無関係の者まで殺すことはならんぞ」


 神である管理者(ヘルシャー)は禁忌を定めたが、これはこの世界を守るためじゃ。その世界の中に人族も含まれている。当然、無関係の者まで虐殺することを認めているわけではない。


『分かっている。だが、今回は素早く対処できたから魔窟(ベスティエネスト)にならなかったが、一歩間違えば、オストヴォルケの森すべてが魔窟になっていた。これ以上魔窟を増やすことは管理者(ヘルシャー)の定めしことに反する。見逃すことはもちろん、二度とこのようなことが起きぬよう、人族に思い知らさねばならぬ』


 言っておることは間違っておらぬ。それに法国は管理者(ヘルシャー)の考えを理解しておらぬ者たちじゃ。多少やりすぎても問題はないが、ジークフリートのことがあり釘を刺しておく。


「話は変わるが、先ほどのジークフリートが今代の候補者じゃ。なかなか見どころがあると思わぬかの?」


『うむ。あのマティアスという普人族(メンシュ)を従えておるのであれば、充分に期待はできる。我も言葉を交わしたかったが、代行者(プロコンスル)である我が未だ管理者(ヘルシャー)になっておらぬ者に関与すれば、聖竜(ドラッヘ)神狼(フェンリル)が煩い』


 聖竜(ドラッヘ)神狼(フェンリル)はいずれも管理者(ヘルシャー)復活後に第一の側近になろうと考えておる。鷲獅子(グライフ)が関与すれば、越権行為じゃと反発することは容易に想像できる。


「そうじゃな。それよりもあの場に候補者がおるのじゃ。あまり激しい制裁を加えることは彼の者を委縮させ、管理者(ヘルシャー)となることに躊躇いを感じるかもしれぬ」


『どういう意味だ? 管理者(ヘルシャー)の定めしことを実行するのだ。何も問題はなかろう』


 儂の言葉の意味が分からず、問い返してきた。


「よく考えてみよ。先代の管理者が自ら命を絶ったのはなぜじゃ? 強すぎる力に怖れを抱いたからであろう」


 神と言われるだけあり、管理者(ヘルシャー)の持つ力、この世界に対する影響力は絶大じゃ。儂や四聖獣がいるとはいえ、管理者に選ばれるような善良な精神の持ち主には力があるというだけでも耐え難いのだ。


『それは理解するが……必要なことをせぬという選択肢はないぞ』


「必要なことはよい。じゃが、その力に怖れを覚える、もしくは溺れるようなことがあってはならんのじゃ」


『我の力を見て、それと同じ力を自らが持つと思った時、どう考えるかによって、候補者として不適となるかもしれぬということか。分からぬでもないが、その程度で力を怖れるか、溺れるような者はすぐにでも候補者から外すべきだろう』


 相変わらず頭が固いと思ったが、そのことは口に出さず、説得を続ける。


「あの者はまだ学び始めたばかりじゃ。あのマティアスがこれからいろいろと教えてくれれば、力の恐ろしさを知りつつ、上手く使えるようになる。じゃから、今このタイミングで怖れさせてはならんと言っておるのじゃ」


『うむ……』


 まだ納得した様子がない。


「先ほどマティアスがあの者たちのことで相談があると言っておったことは覚えておろう」


『覚えている』


「マティアスなら見せしめではなく、何らかの効果的な策であの国に二度と愚かな真似をさせぬはずじゃ。まあ、儂にも何を考えておるのか全く分からぬがの」


『我は必要と思うことは躊躇わずに行うつもりだ。だが、そなたの懸念とあのマティアスに対する期待は理解した。そなたの助言は積極的に聞こう、助言者(ベラーター)よ』


 何とか暴走は防げそうだが、頭の固さは以前と変わらぬと内心で肩を竦める。


 法国軍は野営準備を始めていたが、そのど真ん中に鷲獅子(グライフ)は着地した。

 兵たちは鷲獅子の姿に驚き、怯えながら平伏した。


『我は代行者(プロコンスル)管理者(ヘルシャー)の忠実な僕なり』


 その力強い念話に多くの兵がガタガタと震えておる。

 儂はすぐにグライフの背から降りた。


「儂は助言者(ベラーター)のマグダじゃ! これなる代行者(プロコンスル)と共に問いたいことがある! 責任者は前に出よ!」


 その言葉に一人の男が前に出た。


「大賢者殿、私がこの軍の総司令官ニコラウス・マルシャルクです」


 マルシャルクはマティアスが警戒するだけあって、グライフの威圧の前でも平然としているように見える。


「うむ。問いたいことはここより二十キロ西で起きた森での火事のことじゃ。消火活動に当たっておった王国の者に聞いたが、その方らが火を放った可能性が高いと申しておった」


 森に火を放ったといった瞬間、兵たちがざわめき、怯えが広がっていく。


「森に火を放つことは管理者(ヘルシャー)の定めし禁忌。それを犯した者がおるのであれば、相応の罰を受けてもらわねばならぬ。偽りを申しても我らの目はごまかせぬ。正直に答えよ」


 儂の問いにマルシャルクが答えた。


「そのような提案があったことは事実です。ですが、私はそれを断固拒否し、禁じております」


 その言葉に兵たちが大きく頷いている。

 その表情から事実であることが窺えた。


「ならば、なぜあのような火事が起きたのじゃ? それに提案した者がおるということは、そなたの命令を無視してやった者がおる可能性は否定できぬということじゃ。やった者が見つからぬなら、ここにおる者すべてを誅さねばならぬ」


 そこでグライフが威圧を強めた。


「俺たちはやっていません! お許しを!」


「私たちは四聖獣様に逆らうことはしません! どうかお助けください!」


 兵たちが口々に許しを乞うてくる。


「ゲラート団長が森に火を掛けると言っておりました! それに青狼騎士団は最後まで野営地に残っていました! 彼らがやったのかもしれません!」


 赤い鎧を身に纏った男が平伏しながら言ってきた。

 鎧の装飾から騎士団長のようじゃ。

 仲間を売るような行為に一瞬蔑みの感情が湧くが、それを無視して話を進める。


「ゲラートなる者はおるか!」


 青い鎧を身に纏った者が震えながら立ち上がった。


「私が青狼騎士団長のハンス・ユルゲン・ゲラートです」


 震えてはいるが、しっかりと儂を見つめている。


「その方が森に火を放ったのかの?」


 儂の問いにゲラートは素直に頷く。


「私がやりました。マルシャルク殿は反対しましたが、王国軍に殺されるのはまっぴらごめんだと考えたからです。ですので、反対を押し切って私が一人で火を放ちました」


「一人で火を点けたにしては範囲が広かったが、それは真か?」


「はい。部下たちには天幕を王国に奪われぬよう、森に隠せと命じました。マルシャルク殿に叱責された直後ですから、彼らも火を放つなどとは思っていなかったでしょう」


 ゲラートの言葉に多くの兵士が必死で頷いている。

 その姿を見る限り、この者が言っていることに間違いはないようだ。


「禁忌を犯せば、どのようなことになるか分かっておろう。そなた一人で済む話ではないのじゃぞ」


 儂の脅しにゲラートは必死になって叫ぶ。


「あのままなら王国軍に確実に殺されていた! それなのにマルシャルクは反対したのだ! それに兵たちもそうだ! 私が生きて帰るための策を提案しても、神を恐れて私を忌避した! このような愚か者たちと一緒に死ぬ気などなかったのだ!」


 兵たちは蔑みの目でゲラートを見ている。

 儂はマルシャルクに視線を向けた。


「マルシャルクよ。最高責任者としてそなたにも責任がある。どのように責任を取るつもりじゃ?」


「確かにゲラートを御しえなかったことは私の不徳の致すところ。大賢者様、四聖獣様の罰を甘んじて受ける所存」


 殊勝にそう言った後、頭を地面に付けるようにして大きく下げた。

 堂々と答えられると、逆に罰を与えにくくなる。


「この場では不問とするが、いずれ法王を含め、そなたらの国に何らかの罰を受けてもらうぞ。此度のことは軽く済ませてよい話ではないからの」


「承りました」


 マルシャルクは再び頭を下げた。


鷲獅子(グライフ)よ。どうやらそこのゲラートなる者が独断で行ったようじゃ。儂はこの者だけに罰を与えるべきじゃと思うが、その方はどう考えるかの?」


『うむ。話を聞く限り、他の者は反対していた。つまり管理者(ヘルシャー)の定めに忠実であろうとしていた者たちだ。ならば、罰を与えることは正義に反する』


 グライフも何とか納得してくれたようじゃ。


「皆に申しておく! そなたらの国は大きな禁忌を犯し、一度滅ぼされておる。再び同じ過ちを犯すようなら、すべての代行者(プロコンスル)が罰を与えに行くじゃろう。そのことを肝に銘じておくのじゃ!」


 儂の言葉にゲラート以外が平伏する。


「ゲラートよ。そなたは自らの命惜しさに最もしてはならぬことを行った。その罰を受けるがよい」


 ゲラートから見苦しさが消え、清々しい顔で頷く。


「罪を犯した者に罰を与えることは正しき行いです。我が罪に罰をお与えください」


 その言葉で彼が命を賭けて友軍を逃がしたのだと悟った。

 しかし、既に彼一人に罪を与えることが決定していたため、儂はそのことに言及しなかった。グライフも気づいていたようじゃが、前言を撤回することなく、罰を与えるようじゃ。


『そなたは世界を亡ぼしかねぬ行いをした。その死をもって償うのだ』


 グライフはそう言うと、力を解放した。

 その力は風の刃となってゲラートに襲い掛かり、彼は形を残すことなく斬り裂かれた後、強い風によって巻き上げられる。


 そして、その後、竜巻のように天に上り、最初から存在していなかったかのように何も残っていなかった。

 鎧の欠片や肉片だけでなく、一滴の血すら落ちてこない。


 器用なことじゃと思ったが、表情を緩めることなく、警告を発した。


『あの者の最後を見た者は魂に刻み込め。管理者(ヘルシャー)の定めしことに反すれば、このように世界から完全に葬り去られるということを。そして、そなたらの子孫にもこのことを必ず伝えよ』


 法国軍の兵士は更に恐れおののき、平伏していた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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― 新着の感想 ―
火を点けるのが禁忌の場合に、実行犯は実刑だとして、 禁忌が実行されたことで目的を達成した人間の利益は返却させないと、 同じことを繰り返すので、責任者も実刑にしないと道理が通らなくなるかも。 火を点けな…
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