第四十二話「第三王子、鷲獅子と邂逅する:後編」
統一暦一二一五年六月二十六日。
グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。第三王子ジークフリート
山火事の現場で四聖獣である鷲獅子と対峙している。
鷲獅子は体長五メートル、体高三メートルほどの巨体で、その鋭い瞳が私たちを射抜くように見ていた。
「グライフよ。そのように睨んではこの者らが委縮してしまう。もう少し殺気を抑えよ」
鷲獅子の背から滑るように降りてきた大賢者マグダが、暢気ともいえる声で話している。
「大賢者様、鷲獅子様、此度は我ら人族の不始末にご対応いただき、ありがとうございます」
鷲獅子は“我ら人族の不手際”という言葉に反応し、更に殺気を強めた。しかし、マティアス卿はそれを受けてもいつも通りの笑みを浮かべて話している。その胆力に感嘆の念が湧く。
『火を放ったのは貴様らか!』
怒号に似た言葉が頭の中に直接流れ込む。
「グライフよ、抑えよ。この者は人族の不手際と申しただけよ。最後まで話を聞くのじゃ」
大賢者の言葉で鷲獅子は殺気を僅かに緩めた。
「マティアスよ、久しいな。そなたらが火を放ったとは思っておらぬが、何があったのか説明してくれぬか」
マティアス卿は静かに頷くと説明を始めた。
「大賢者様のおっしゃる通り、我々グライフトゥルム王国軍は森に火を放つような愚行はしておりません。レヒト法国の北方教会領軍が我らの追撃を恐れ、森に火を放ったと思われます。我々は火災の拡大を防ぐべく木を切り倒し、大氾濫の被害を抑えるべく魔獣を退治しておりました」
「うむ。そなたなら森に火を放つ危険性を充分に理解しておるから、そのようなことはするはずはないの。で、法国軍がやったというのは真かの?」
「状況的には間違いないと思います。ですが、我々もその場に居合わせたわけではなく、彼らが行ったと断言はできません」
『見ておらぬのに状況的に間違いないという根拠を教えよ』
頭の中に鷲獅子の声が響く。
「お答えいたします。まず、火災が発生する前、恐らく二時間ほど前まで法国軍はここで野営をしていました。また、火種に使われた防水布は彼らのものであり、それが一箇所に固められておらず、広範囲に置かれていました。そして、燃え尽きた状況から防水布がほぼ同時に燃え始めたことは間違いありません。それに彼らには我々の進軍を止めるという目的もあります。これらのことから状況的に法国軍が火を放ったと判断いたしました」
この状況で理路整然と説明していることに驚くしかない。
「なるほどの……グライフよ、この者らが火を放っておらぬことは理解したじゃろう」
『うむ。この者の説明に疑問の余地はない』
そこで放たれていた威圧感が消えた。
「我々は残っている火種がないか確認し、魔獣を間引こうと考えております。再開してもよろしいでしょうか?」
『構わぬ。そなたらを疑ったこと、我の誤りであった。謝罪する』
鷲獅子はそう言って頭を下げた。
「いえ、敵対しているとはいえ、私と同じ普人族が起こしたことです。このような事態になることを想定しておくべきでした。申し訳ございません」
マティアス卿が頭を下げたため、私も一緒に下げる。
「なるほど。だから不手際と申したのじゃな。グライフよ、この者、マティアスは儂の弟子ということになっておるが、なかなかの者であろう。その後ろにおる若者ジークフリート王子と共に覚えておくとよい」
突然私の名が出たことに驚く。
(マティアス卿の名が出ることはおかしくない。しかし、後ろにいただけの私の名を出す必要があるのだろうか? それとも鷲獅子の名を冠するグライフトゥルム王家は四聖獣とも関係があるのだろうか……)
そんなことを考えるが、作業を命じるマティアス卿の声で我に返る。
「では、作業を再開いたします。ラズ、作業再開を命じてくれ。ラウシェンバッハ領の者たちよ! 鷲獅子様、大賢者様は我々が禁忌を犯していないと理解してくださった! そのご信頼に応え、これ以上の被害拡大を防ぐために全力で当たれ!」
マティアス卿の声に兵士たちが立ち上がる。
「大賢者様、今回のレヒト法国の行いについて、ご相談したいことがございます。このようなことを二度と起こさせないためにも、この戦争が落ち着いたところでお時間をいただけたらと思っています」
「うむ。あの国の者どもは時が経てば同じような過ちを繰り返す。それを防ぐために何らかの手を打たねばならんとは思っておった。そなたが王都に戻った後にでも時間を取ろう」
「ありがとうございます。その際ですが、ジークフリート殿下とも話されてはいかがでしょうか。殿下は日々指導者として成長されています。大賢者様もご興味があるのではないかと」
「確かに以前より目に力がある。これもそなたのお陰じゃな」
そこで大賢者は私に視線を向けた。
「王子よ。王都に戻った時にでも、これまで経験したことを教えてくれぬか」
「はい。私もお話ししたいと思います」
そこで私は表情を引き締める。
「大賢者殿、今までの私の態度について謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げた。
母が亡くなった後、その原因が大賢者にあったと思い込み、親身になって見守ってくれた彼女に当たり散らしていたことを謝罪したのだ。
理由は今思えば子供っぽいものだった。
建国の英雄と一緒に戦った伝説の大賢者がアラベラのような素人の暗殺を防げないはずがないと考え、彼女が密かに命じたと思い込んでいたのだから。
「そうか……謝罪は確かに受け取った。では、いずれの」
大賢者はそれだけ言うと、鷲獅子の背に乗る。
「愚か者を放置するわけにはいかぬ。では、後始末を頼んだぞ」
その直後、鷲獅子は大きく羽ばたいた。
そして、一気に上昇すると、西に向かって飛んでいった。
「マティは凄いな」
一緒に見送っていたラザファム卿がマティアス卿に声を掛ける。
「私もそう思う。あの鷲獅子を前にして、よくあれだけ冷静に話ができたものだ。私では舌が凍り付き、声を出すことすらできなかっただろう」
私の正直な思いにマティアス卿が笑いながら答えてくれた。
「大賢者様が一緒だったからですよ。それに鷲獅子は正義を重んじると知っていました。こちらが間違っていないのですから、恐れる必要はありませんよ」
そこにアレクサンダーも加わってきた。
「分かっていてもあの力を受ければ動けなくなる。実際、俺は震えが止まらず、金縛りにあっていたのだからな。だから、マティアス卿の胆力は瞠目に値すると思っている」
我が国最強のアレクサンダーが震えていたと聞き、少しだけ安堵した。彼より弱い私が怯えてもおかしくないからだ。
「恐らくですが、私の体質というか、身体が関係しているのだと思います」
「体質?」
「はい。私には先天的に魔導器がありません。ですので、魔素を感じられないのです。恐らく、皆さんが恐れたのは魔導器の大きさというか、魔素の量ではないでしょうか? 私はあの巨体に恐怖を感じましたが、それ以外の力はほとんど感じていませんでした」
マティアス卿には魔導器がなく、東方系武術が使えないと教えてもらっている。
アレクサンダーが大きく頷いた。
「なるほど。それはあるかもしれん。ヒルダ殿たちも強者だと思うが、それが魔導器の力を感じていたのであれば納得できる」
闇の監視者の影は身体強化もさることながら、魔導も使える。
「それよりも日没まで時間がありません。確実に火が消えていることを確認しなければならないのです。ここで再び火が出れば、鷲獅子も次は許してくれないと思いますよ」
既に五時を過ぎているから、日没までは二時間もない。
獣人族の身体能力であっても急峻な坂を一キロメートル以上も進むことは大きな負担だ。
「マティアス卿の言う通りだ。各自、急げ」
私は兵たちを鼓舞するため、各所を回ることにした。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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