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第三十九話「森林火災:中編」

 統一暦一二一五年六月二十六日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。ラウシェンバッハ騎士団長ヘルマン・フォン・クローゼル男爵


 私は今、戦闘工兵大隊三百名と義勇兵一千名と共に街道を走っている。

 戦闘工兵たちは背中にシャベルを担ぎ、義勇兵は斧やハンマーなどの工具を背負っていた。


 当初兄は荷馬車を使おうと考えたが、身体強化を使って走った方が速いことに気づき、私に指揮を命じた。


『義勇兵は斧で木を倒してほしい。戦闘工兵大隊は山の斜面を崩してから木を引き倒し、枝を打ち払ってくれ。現場ではラズが指揮を執っているが、戦闘工兵と義勇兵の作業は君の方が慣れている。直接監督してくれないか』


 さすがの兄も山火事が相手では、対応に自信がなかったようで不安そうな表情を隠しきれていない。


『最善を尽くします。兄上は一度お休みください。ここで倒れられたら、今後に響きますから』


 兄は参謀として、ほぼ徹夜で情報の整理と助言を行っていた。そのため、疲労が蓄積し顔色が悪い。


『そうだね。私が現場に行っても役に立たないだろうし、みんなには悪いけど少し休ませてもらうよ』


 そう言って微笑むが、最後の最後で法国軍にしてやられたことに気落ちしている感じだった。


 走り始めると、街道の脇に餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)の遺体が無造作に並べてあることに気づく。まだ暗いからはっきりとは見えないが、全身に傷を負っており、激しく抵抗したことは分かった。


 五キロメートルほど走ったところで、餓狼兵団が最後に抵抗した場所を通過する。

 未だに治癒魔導師たちは治療を行っており、話で聞いた以上に激戦だったようだ。


 その後、一度休憩を摂り、携行食糧で腹を満たした後、再び走り始める。

 走り続けていると、夜が明け始めた。


 二十キロメートルを一時間ほどで走り抜けたが、目的地に近づくにつれ、木が燃えている匂いが私にも感じられた。


 野営地に入ると、ラザファムさんが指揮を執り、燃えそうな木を倒そうと苦戦している。


「いいところに来てくれた! 下草の処理は終わったが、木を倒すことができないのだ」


「どの木を倒したらいいのか、指示をもらえますか!」


 そこで義姉上が現れた。


「東側の木を中心に伐採して。西側は斜面が急だから、戦闘工兵に地面を掘らせてから引き倒したいわ。魔獣(ウンティーア)はハルトとアレク殿の隊が対応してくれるから、火を消すことに集中しても大丈夫よ」


 いつも元気な義姉上だが、さすがに疲れているようで、声に張りがない。

 それでも兵たちに命令を出すと、すぐに動き始める。


 戦闘工兵は義姉上に任せ、私は東側で伐採の指揮を執り始めた。


「火に近づきすぎるな! 切り倒した木は義姉上の隊が運んでくれる! 急ぐ必要はあるが、安全の確認は怠るな!」


 思いつく限りの指示を出していった。

 太く堅い木が多く、力自慢の獣人たちが斧を振るってもなかなか倒せない。その間に炎が迫ってくるから、空間を作ることが難しい。


 試行錯誤の上、身軽な者が木に登り、枝を落とすことで少しでも延焼を遅らせ、その間に離れた場所の木を切り倒す方法が有効だと分かった。


 しかし、この方法は危険を伴い、枝を落とす者が何度も逃げ遅れそうになっている。そのため、火を見張る者と伐採する者、落ちた枝を運び出す者でチームを作り、対応していた。


 そんな中、一人の兵が突然大声で叫んだ。


鎧熊(リュストゥングベーア)だ! 伐採隊に向かったぞ!」


 声の方を見ると、灰色の鎧のような外皮を纏った大型の熊が、こちらに向ってきた。


 鎧熊は上級に分類される魔獣(ウンティーア)で、ベテランと呼ばれる(ゴルト)級の魔獣狩人(イエーガー)でも、三人程度で当たらなければならない大物だ。もっとも、ラウシェンバッハ領の獣人族の戦士なら一人でも倒せる。


「アレク殿! 頼みます! 伐採隊は作業を継続!」


「承知!」


 アレクサンダー殿が片手を上げて応える。

 部下に命じるかと思ったら、そのまま突っ込んでいき、大剣で一刀両断にしてしまう。

 鎧熊は黒い霧になって消えたが、その非常識さに驚くより呆れていた。


(鎧熊は喉か口の中を狙って倒すしかないはずなんだが……)


 すぐに別の魔獣が迫り、怒号が飛び交う。


多首蛇(ヒュドラ)だ! 囲んで倒せ!」


 ヒュドラは準災害級にランクされる大物だ。小さな村なら壊滅し、騎士団が出動するレベルの魔獣だ。


 そのヒュドラだが、アレク隊とハルト隊の戦士によってあっという間に倒された。どちらの隊も戦意は旺盛で、仲のいい者同士で倒した数を競い合っているようだ。


 西方街道にはオークのような中級の魔獣は出てくるが、準災害級が出ることは滅多になく、大氾濫(アンシュトルム)が発生している可能性が高い。


「この後にも大物が出てくる! それに小物も数が増えるはずだ! 手柄争いなどしている余裕はないぞ!」


 ハルトさんが大声で命じる。いつもの陽気さはなく、これが危険な兆候だと分かっているらしい。


 魔獣(ウンティーア)は絶え間なく現れるが、三千人を超える兵士が警戒していることから、軽傷者が少数出ただけだ。


大氾濫(アンシュトルム)が起きているのに死者を出さないなんて、自分の目で見なければ信じられないな……まあ、だいたい発生してから半月ほど経ってから対処するから今より規模が大きいんだろうが……)


 通常、大氾濫が起きると、数千人規模の都市でも運が悪ければ全滅する。対応は騎士団が行うが、大氾濫に対応できる規模の騎士団を招集するのに時間が掛かり、発生から半月後に鎮圧にできれば早い方と言われている。


 魔獣の数が揃う前に対処していることもあるが、そもそも弱いことも楽に対処できている要因だ。


 魔獣はこの世界である具現界(ソーマ)に長く存在しているほど強くなると言われており、出現した直後は通常より弱い。そうでなければ、もっと緊迫した状況になっていたはずだ。



 私たちが到着してから五時間ほど経った。

 まだ正午には時間はあるが、火事の熱風に加え、ジリジリと照る太陽が私たちを焼いていく。


「兄様、偵察隊が報告してきたのだけど、山の上の方に燃え広がっているらしいわ。危険は伴うけど、伐採隊を送り込むべきじゃないかしら」


 義姉上がラザファムさんに進言している。

 現状では山側である北以外は何とか対応できているが、火は山の斜面に沿って北に広がっている。


 更に上の方では東西にも広がり始めており、このまま放置すれば、どこまで広がるか分からない状況だ。偵察隊が調べた範囲だけでも、五百メートル四方くらい燃えているらしい。


「あの斜面で木を切り倒すのは至難の業だ。それにここと違い、魔獣(ウンティーア)と戦うにも足場が悪すぎる。私としては許可できん」


 ラザファムさんの意見に私も賛同する。


「ラザファムさんのおっしゃる通りです。炎の上側は熱もありますし、煙も多いです。それに義勇兵たちは本職の木こりではありません。時間が掛かるでしょうから、犠牲者が出る割に効果がないことは目に見えています」


「そうね。マティがそろそろ到着するわ。彼に見てもらってから判断しましょう」


 兄上は三時間ほど仮眠した後、馬車でこちらに向かっている。

 急いでいるから、正午頃には到着すると連絡が入っていた。


「それにしてもマルシャルクがこのようなことをするとは思わなかったな。彼ならこの方法がリスクに見合わないと合理的に判断できるはずだ」


 ラザファムさんの言葉に義姉上も頷いている。


「ヴォルケ山地には鷲獅子(グライフ)がいるわ。鷲獅子は正義の象徴よ。そんなところで森に火を放てば、下手をすれば国ごと滅んでしまうわ。その程度のことが分からないとは思えないのだけど」


 四聖獣にはそれぞれ性格があり、鷲獅子(グライフ)は正義を重んじる。気まぐれな不死鳥(フェニックス)や力を絶対視する聖竜(ドラッヘ)なら、言い訳が通用する可能性はゼロではないが、鷲獅子に関しては間違っても認めないだろう。


「今はそれを考えても仕方がないな。マティが来るまで無理をせず、やれることをやろう。あいつならいい考えを示してくれるはずだ」


 ラザファムさんがそう言って話を切り上げ、私たちはそれぞれの仕事に戻った。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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