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第三十八話「森林火災:前編」

 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。ラザファム・フォン・エッフェンベルク伯爵


 餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)の最後の兵を倒した。

 アレクサンダー・ハルフォーフ殿がグィード・グラオベーア兵団長を討ち取ったことで組織的な戦闘は終わったが、その後も敵兵は激しく抵抗した。


 ある程度敵兵を排除したところで、戦いに加わっていないハルトとイリスの隊は追撃を再開した。それが三十分ほど前だが、先ほど、ようやく千五百の敵兵を完全に沈黙させた。


 結局、戦闘開始から終了まで二時間ほど掛かり、主に戦っていた義勇兵団のアレクサンダー隊とラウシェンバッハ騎士団第一連隊は疲れ切っている。


「死兵と戦うのは二度とごめんだな」


 私が愚痴を零すと、アレク殿も頷いている。


「全くだ。死を覚悟した兵があれほど面倒だとは思わなかった。マティアス卿がランダル河で完全な包囲をしなかった理由がよく分かる」


 東方教会と西方教会の連合軍との戦いでは数で劣っていたこともあるが、撤退を促すための逃げ道を作っていた。法国軍は激しく抵抗することなく、撤退していき、それを追撃することで大きな戦果を挙げている。


「ヴォルフ連隊長から連絡です。負傷者の応急処置が完了。いつでも追撃に移れるとのことです」


「了解した。第一連隊は追撃を開始せよ。エレンによくやってくれたと言っておいてくれ」


 通信兵が下がると、アレク殿が感心していた。


「いつも感心するが、ラウシェンバッハ騎士団は本当によく鍛えられている。ケンプフェルト閣下のところにいたことがあるが、閣下の直属でもここまでの動きはできなかっただろう」


「彼らは王国一、いや世界一の精鋭だろう。何と言っても、騎士団長から最下級の兵まで全員がマティの作った教本を完璧に理解しているのだからな」


 そんな話をしていると、部下から報告が入った。


「両軍の負傷者の応急処置及び戦死者を街道から運び出しました。これで進軍が可能です」


「了解だ」


 そう言ったものの疑問を持った。


「両軍の負傷者ということは餓狼兵団にも生き残りがいたのか?」


 餓狼兵団の兵士はこちらの降伏勧告を無視し、瀕死の重傷を負っても最後まで諦めずに攻撃してきた。そのため、全員が戦死したものだと思っていたのだ。


「意識不明の者ばかりです。一応息はありますが、治癒魔導師隊が到着しても助からないのではないかと」


「なるほど……理解した。では、出発する」


 百名ほどの兵を護衛として残し、進軍を開始するが、餓狼兵団長グィード・グラオベーアの遺体が安置されているところで、兵士たちは皆、敬礼してから通っていく。


(思うところがあるのだろうな。マティに助けられていなければ、あれが自分たちの姿だったかもしれないのだから……)


 マティアスはレヒト法国に住む獣人族(セリアンスロープ)、約四万人を救出した。

 しかし、法国にはその倍近い数の獣人族が残っていると言われている。義勇兵たちは自分が餓狼兵団の兵士になっていたかもしれないと考え、彼らに対し同情しているのだ。


 私もグラオベーア兵団長の遺体の前で胸に右手を添え、敬意を表した。

 しかし、敬意を表するのはこの場限りだ。

 餓狼兵団が手強かったと我々が言えば、法国は必ず第二、第三の餓狼兵団を組織する。


 だから、私やマティアスは公式の場では餓狼兵団のことは語らず、神狼騎士団が手強かったと話すことになるだろう。レヒト法国の上層部に獣人族部隊の有用性を気づかせてはならないからだ。


(敵ではあったが、貴殿らの覚悟には敬意を表する。安らかに眠ってくれと言える立場ではないが、貴殿のことは決して忘れない……)


 私は一瞬だけ黙祷すると、すぐに感傷を断ち切り、指揮に専念した。


■■■


 統一暦一二一五年六月二十六日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。イリス・フォン・ラウシェンバッハ子爵夫人


 追撃を開始してから十時間以上経ち、空が白み始めてきた。

 昨日から出撃が続き疲れているが、ここで追撃の手を緩めれば、レヒト法国の北方教会領軍を完全に取り逃がしてしまうことになる。


「敵はこの先の野営地にいるはずよ! このまま奇襲を仕掛ける! 気合いを入れていきなさい!」


 神狼騎士団は餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)殿(しんがり)にして撤退したが、伝令によるやり取りはなく、昨夜野営していた場所で休んでいるはずだ。


 また、偵察隊からの報告でも餓狼兵団から脱出した者はなく、全滅したという情報は届いていない可能性が高い。

 交代で警戒はしているだろうが、奇襲できれば、一気に決着をつけられる。


 目的地まであと一キロメートルほどに近づいた時、夫から通信が入った。


『敵は既に出発している。どうやら餓狼兵団の伝令を見逃していたようだ。それより問題なのは火災が発生していることだ。詳細は分からないが、出発直後に森に火を放ったらしい。偵察隊の報告では自分たちだけでは消火できないとのことだ。ハルト隊、イリス隊は追撃を中止し、消火活動と魔獣(ウンティーア)への警戒を頼む。以上』


 偵察隊が街道を見張っていたが、暗闇に紛れて気づかなかったようだ。


「また火を使ったの!? 四聖獣様がお怒りになることを恐れないのかしら? そんなことより、どうやって火を消したらいいのよ! 道具なんて何もないのよ! 以上!」


 森に火を放ったことに怒りを覚えるが、どうやって対応したらいいのか全く分からない。


『延焼を防ぐには木を切り倒すしかない。今、斧などの工具類を運ぶように命じたところだ。それまでは周囲の下草を刈り取るなどして、できることをやってほしい。以上だ』


 彼も怒りを覚えているのか、いつもより口調が硬い。

 森で火事が起きると、その近くにある魔獣(ウンティーア)を生み出す魔素溜まり(プノイマプファール)が活性化し、大量に魔獣が発生する。


 数だけでなく、強さのランクも上がるし、火を消した後も魔素溜まり(プノイマプファール)が活性化したままになるため、最大の禁忌とまで言われるほど私たちの心に刻み込まれている。


 実際、何百年か前に法国の兵士が戯れで獣人族の村に火を放ち、それが広がって大規模な森林火災に発展したことがあった。


 その火災は数日間燃え続け、最後には四聖獣である鷲獅子(グライフ)と大賢者が魔導を使って消したとされているが、その兵士たちは駐屯地ごと地上から抹殺された。


 駐屯地には関与していなかった兵士もいたが、それだけではなく、家族もいたため二万人以上が死んだと言われ、四聖獣に逆らうことの愚かしさを伝える事例として、誰もが知っている。


 しかし、それだけでは終わらなかった。

 法国の中部に巨大な魔素溜まりである魔窟(ベスティエネスト)が生まれてしまったのだ。


 魔窟(ベスティエネスト)は人類最強クラスの魔銀(ミスリル)級の魔獣狩人(イエーガー)ですら、命懸けで挑む危険な場所であり、主要街道が一つ封鎖されることになった。この影響は大きく、現在でも法国の発展を阻害する要因になっている。


 野営地に近づくと、煙の匂いが流れてきた。


魔獣(ウンティーア)に警戒しなさい! 火が燃え広がらないように、周囲の下草に火が着いたらすぐに消して!」


 命令を伝えるが、部下たちも私と同じように動揺している。


 野営地に入ると、北の斜面の木々から炎が上がっていた。

 近づいてみると、木の下に天幕らしきものの残骸があり、それに火を放ったらしい。


「燃えそうなものはできるだけ森から離しなさい!」


 法国軍が放置していった樽や木箱などが残されており、森の近くにあるものは延焼の恐れがある。

 煙で目をやられながら命令を出していると、ハルトが近づいてきた。


「このままじゃ、どこまで燃え広がるか分からんぞ。とりあえず、東側の木を切り倒せば、何とかなりそうだが……」


「切りたくても斧がなくては無理よ」


 この辺りの木は幹の太さが五十センチ以上の樫や楢が多く、獣人族の力でも倒すことはできない。


「治癒魔導師に水の魔導で何とかしてもらえないのか? 戦闘に関与するわけじゃないから、禁忌に抵触しないと思うんだが」


 ラウシェンバッハ騎士団の治癒魔導師は叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の上級魔導師が多い。そして、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の魔導師は他の魔導師の塔より優秀だ。


 戦争に魔導を使うことは森に火を掛けることと同様に禁忌とされている。しかし、戦闘行為ではないから、魔導を使えるとハルトは考えたのだろう。


「駄目よ。マティに聞いたけど、もっと酷いことになるらしいわ」


 しかし、その案は既に私が提案し、マティに否定されている。


魔素溜まり(プノイマプファール)が活性化しているところで魔導を使えば、更に活性させることになる。相当遠距離から水を放出するのであれば別だが、それほどの魔導を使えるのは大賢者様か大導師様くらいだ』


 マティは魔導師の塔で静養していた期間が長いから、魔導についても詳しい。


「なら、どうするんだ?」


「やれることをやるしかないわ」


 こうして私たちは下草や枝などを撤去するが、ほとんど効果はなかった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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