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第三十七話「西方街道追撃戦:その八」

 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。餓狼兵団伝令ハリー・シュヴァルツェフント


 団長からとんでもない命令を受けてしまった。

 俺だって死にたくない。だけど、餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)のみんなと一緒に戦いたかった。


 しかし、団長の命令は絶対だ。

 言われた通りに一度丘に登り、そこで草叢に身を潜めた後、ゆっくりと西に這っていった。


 振り返ると戦場から百メートルほど離れていた。

 灯りの魔導具や松明の光のお陰で、仲間たちが必死に戦っている姿が何とか見える。


(みんな……なんで俺だけこんなことに……)


 一緒に戦えない悔しさとこれまで一緒にやってきた仲間たちが死んでいく悲しさから、涙が溢れてくる。その霞む目で戦場を見ていた。


 最初の三十分ほどは互角に戦っていたと思う。

 しかし、突然戦場が混乱した。


『グラオベーア兵団長を討ち取った!』


『ラウシェンバッハの勇者たちよ! 敵を殲滅せよ!』


 そんな声が微かに聞こえてくる。その後に爆発的な歓声が上がり、団長が殺されたことが分かった。


「嘘だ……団長が死ぬなんて……」


 俺にとって団長は憧れの存在だった。

 騎士団の団長たちと対等に渡り合い、北方教会領軍で一番偉いマルシャルク閣下が一目置いている。それだけではなく、敵の国王を討ち取るという凄い手柄まで挙げた。


 それにちょっとぶっきらぼうで怖かったが、俺たちのことを一番に考えてくれていた。

 普人族(メンシュ)から嫌がらせを受けていないか、俺たちの家族が困っていないか、そんな感じでいつも気に掛けてくれていたのだ。


 団長が討ち取られた後、戦場が大きく動いた気がする。

 はっきりとは分からないが、仇を取ろうと遮二無二に攻め掛かったんだと思う。俺でも同じことをしただろうから、多分あっているはずだ。


 丘の上にいた味方の兵も駆け下りている。

 俺はそれを見届けた後、再び草叢の中を這い始めた。


 団長から戦いの帰趨が決まったら、密かに戦場を離れ、本隊に報告するよう命じられていたからだ。


(マルシャルク閣下にこれを絶対に直接渡す。それが団長から頼まれたことだからだ……)


 敵の偵察隊が見張っていると教えられていたため、草叢の中を三十分かけて二、三百メートル進み、そこからは姿勢を低くして歩き始めた。

 既に戦場は丘の影に隠れて見えず、声もほとんど聞こえない。


 周囲に人がいる気配など全くないが、それでも団長に言われた通り、一キロメートルほど離れるまで街道に出なかった。


 街道に出た後、俺は全力で走り始める。

 一分でも一秒でも早く、餓狼兵団のことを報告したかったからだ。

 さすがに敵の偵察隊もここまでは見張っていなかったようで、追手が迫る気配はない。


 俺は涙を拭きながら、暗闇の中を走り続けた。


■■■


 統一暦一二一五年六月二十六日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 夜遅くに野営地に辿り着き、ようやく横になれたと思っていたら、副官に起こされた。


「お休みのところ申し訳ございません。餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)の伝令が至急閣下に報告したいと申しております」


 餓狼兵団の伝令と聞き、意識が一気に覚醒する。


「今何時くらいだ?」


「午前三時くらいです」


 横になったのが午後十時頃だったはずだから、五時間ほど休んでいたことになる。思ったより時間が経っていたが、身体から疲れはほとんど抜けていない。


「すぐに伝令をここへ」


 副官に命じると、すぐに若い獣人族(セリアンスロープ)の兵士が入ってきた。

 疲れ切っているのか、私の護衛兵の肩を借りながらフラフラと歩いてくる。そして、私の前で片膝を突こうとして倒れ込んでしまった。


「何をしている! さっさと閣下に報告せよ」


 副官が苛立ちながら命じるが、私はそれを手で制した。


「構わん。ゆっくりでいい。グラオベーア兵団長は、グィードは何を伝えろと言ったのだ」


 あえてグィードと呼び、伝令が話しやすいような雰囲気を作る。

 伝令は起き上がると、懐から封書らしきものを取り出した。


「兵団が全滅すると思ったら、全力で走って本隊に合流し、閣下にこれをお渡ししろと」


 そう言って伝令はそれを渡してきた。


「これをお渡ししたら、閣下から聞かれたことに事実だけを答えろとも言われました」


「そうか……お前がここにいるということは、餓狼兵団は全滅したということか?」


「俺が、いえ、私が見たのは団長が討ち取られたという声が聞こえた後に、兵団のみんなが敵に突撃したことだけです。全滅したかは分かりません」


 そう言っているものの、眼に涙が浮かんでおり、全滅したことは間違いないだろう。

 封書を開け、ざっと目を通す。これまでの戦闘の状況と餓狼兵団を再建する際の提言が記されていた。


(あれほどの激戦の中でよくぞまとめたものだ……いや、今はそのようなことを考えている時ではない!)


 封書を畳みながら、伝令に確認する。


「それはいつのことだ? 場所は?」


「三時間くらい前です。場所はここから十五キロほどだと思います。団長は五キロほどしか進めなかったと言っていましたので」


 その言葉を聞き、まずいと思った。


「十五キロ……三時間か……」


 そのことが顔に出たのか、伝令が大きく頭を下げていた。


「すみません! 敵に見つからないように、最初は隠れながら移動したので時間が掛かってしまいました!」


「いや、よく伝えてくれた。すぐに出発すると思うが、まずは休め」


 私は伝令を労った後、この後の行動について考えていく。


(この者が脱出した時はまだ戦っていたが、先ほどの話では全滅までに大して時間は掛からんだろう。十五キロなら三時間もあれば到着できる。時間はほとんどないぞ)


 そう考え、すぐに全軍に行軍準備を命じた。

 兵たちは疲れが抜けきっておらず、不満を言っている者もいたが、敵が近づいてくると聞くと慌てて準備を始めた。


 更に最も信頼する盟友、青狼騎士団長のハンス・ユルゲン・ゲラートを呼ぶ。

 ゲラートはすぐに私のところにやってきた。


「忙しいところすまぬ。王国軍を迎え撃つための作戦を検討したい」


「兵たちの疲労具合を考えると、迎え撃つというのは現実的ではないでしょう」


「だからと言って、殿(しんがり)を置いて時間を稼がねば、逃げるだけでは追いつかれてしまうぞ」


 輜重隊は撤退が決まった後に早馬を送って先行させているため、足の遅い荷馬車はいない。そのため、ある程度の行軍速度は確保できるが、疲れ切っている我が軍の兵の足ではすぐに追いつかれてしまうだろう。


「策を講じましょう」


「何か良い案があるのか?」


「敵が近づいてくる前に、森に火を放つのです。幸い、ここには油の樽が残されていますし、天幕用の防水布も大量にあります。それを使えば、ある程度大きな火を起こせるでしょう」


 油は武具の手入れ用だ。行軍中に多くを消費しているが、まだ二百リットルほどの樽が二つほどあった。また、防水布には油が塗りこまれており、火が着けば一気に燃え上がる。

 これらの物資は輜重隊の行軍速度を上げるため、ここに放置されているのだ。


「昨日は煙を出すために街道だけで火を使ったと言い訳できるが、森に火を放てば、四聖獣の制裁は免れんぞ。王国軍から逃げることができても鷲獅子(グライフ)に全滅させられたのでは意味がない」


 この近くのヴォルケ山地には四聖獣の一角、西の守護神の鷲獅子(グライフ)がいる。そのお膝元で森に火を掛ければ間違いなく制裁を受ける。(ヘルシャー)に匹敵する力を持つ鷲獅子(グライフ)が本気を出せば、二万の兵などあっという間に全滅するだろう。


「兵たちには物資を使われぬよう森に隠したと説明すれば、問題ないでしょう。その物資に私が火を放つのです。閣下は反対したが、私が独断で実行した。これですべての責任は私にあることになります」


「命を捨てるつもりか……いや、名誉も失うことになるぞ」


 トゥテラリィ教の教えに反することであり、四聖獣からの制裁を受けて死んだ後も、教団から糾弾されることは間違いない。当然、守護者である聖堂騎士団の将としての地位や名誉もなかったこととされ、遺族が窮地に陥ることになる。


「仕方ないでしょう。それにここでやっておけば、この先でも使えます。森に火を放つと脅せば、王国も我が軍の撤退を認めぬわけにはいかないでしょうから」


 西方街道を西に進めば、ケッセルシュラガー侯爵の軍と鉢合わせになることは間違いない。恐らく三百キロほど先のライゼンドルフで待ち受けているはずで、ラウシェンバッハの軍の追撃を受けながらケッセルシュラガー軍を短期間で排除する方法がなかった。


「そこまで考えていたのか……」


「それに実際にやる必要はないのです。既に我々は二回やっているのですから、三回目がないとは考えないでしょう。あとは貴殿の交渉力に期待するだけですよ」


 そう言って爽やかに笑う。


「済まぬ……貴殿の家族のことは私が責任をもって対処する」


 私にはそれだけしか言えなかった。

 しかし、これで終わりではなかった。


「まだやるべきことがあります」


 ゲラートはそれまでの柔らかい表情から真剣なものに変えていた。


「どういうことだ?」


 そう考えるが、すぐに何を言いたいのか理解した。


(ここで私が本気で反対し、誰もが納得できるようにしておかなければならないということか。そうしなければ、我が軍のすべてが関与したと鷲獅子(グライフ)は判断するだろうからな……)


 そこで私は心を鬼にして、周囲に聞こえるよう大声でゲラートを叱責する。


「貴殿の提案は危険すぎる! 我が軍を危機に陥れる策だぞ!」


 ゲラートも同じように焦りを含んだ声を作って反論する。


「しかし、これを成功させれば、王国軍の追撃は確実に止まります! ご英断を!」


「駄目だ! 森に火を放つなど(ヘルシャー)が許すはずがない!」


 そう言って睨み、最後に付け加える。


「青狼騎士団には殿(しんがり)を命じる! 策ではなく実力をもって王国軍を止めて見せよ!」


 仲違いしたように見せた後、まだ空が白む兆しもない深夜に、私は出発を命じた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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― 新着の感想 ―
こんなやりとりが歴史の中で初めてではない気がする。 見透かしちゃうか、喧嘩両成敗か 神?神獣?はどんな判決を下すのか。 あとは、追撃戦が決着するのか とても気になりますわ。
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