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第三十四話「西方街道追撃戦:その五」

 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 撤退を開始してから二時間。辺りはすっかり暗闇に包まれている。

 我々神狼騎士団は松明の灯りを頼りに西方街道を西に進んでいた。


 現状では戦場から十キロメートルほどまで進んでおり、当面の目標である昨夜の野営地まで残り半分といったところだ。

 しかし、兵たちの足は重く、速度は撤退開始直後に比べ、大きく落ちていた。


(未明に出発して二十キロの行軍を行った後の戦闘だ。戦っていた時間は短いとはいえ、疲労困憊なのは仕方がないだろう。特に青狼騎士団は酷いものだ。武器を引きずって歩いている者が多い……)


 青狼騎士団は迂回作戦のため、丘陵地帯の森に入り、その後に敵の追撃を防ぐための伐採作業まで行っていた。

 更に百狼長や十狼長といった現場の指揮官を多く失っており、士気まで落ちている。


(それでも殿(しんがり)になった餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)よりマシだ。彼らは森の中を駆けずり回った後、精鋭であるラウシェンバッハの軍を足止めすべく、命懸けで戦っているのだから……彼らに報いねばならん。そのためには何としてでも生きて帰る。どのような手を使ってでも……)


 帰国の途に就いているが、国境であるヴェストエッケまで何ごともなく戻れる可能性はゼロだと思っている。ケッセルシュラガー侯爵の軍が街道を封鎖していることは確実だからだ。


 ケッセルシュラガー軍は一万ほどと我々の半数程度だが、地の利を得た場所で待ち受けているだろう。


 彼らとは以前に戦っているが、別動隊を使った作戦で輜重隊を全滅されそうになっており、指揮官も兵も優秀なことは分かっている。


(この敗残兵の集団を率いて、あの軍に短期間で勝てるとは思えんな。当然時間稼ぎをしてくるだろうし……戦わずに済むよう、交渉するのが一番だが、そのネタがない……)


 交渉するにしても圧倒的に有利な王国軍に対して提示できるものがない。それにある程度妥協は必要だが、下手に出ることができない。下手に出れば、ヴェストエッケの返還を求められることは確実だし、そもそも勝ち戦だったという“事実”が必要だからだ。


(脅すネタがあればいいのだが、王国が交渉に応じるような人質は思いつかん。そう考えれば、国王は殺さずに捕らえておいてもよかったかもしれん。死んだことにしておいて密かに隠しておけば、いろいろと使い道はあったのだからな。まあ、今更言っても仕方がないが……)


 そんなことを考えながらも兵たちを叱咤する。


「餓狼兵団なら明日の朝まで敵を防いでくれる! つまり野営地に戻れば休めるということだ! 辛いだろうが、あと三時間我慢してくれ!」


 餓狼兵団が明日の朝まで敵を防いでくれると言ったが、信じている兵は少ない。ラウシェンバッハの兵の強さは分かっているから、精々一時間程度の時間稼ぎしかできないと思っているのだろう。


 しかし、私は本気で言っていた。


(グィードならやってくれるはずだ。彼は今まで私の要求に必ず応えてくれた。彼らなら明日の朝まで時間を稼いでくれる……)


 兵を叱咤しながら、疲労で回らない頭で考えていた。


■■■


 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、西方街道上。イリス・フォン・ラウシェンバッハ子爵夫人


 私が率いる義勇兵一千名はエレン・ヴォルフの第一連隊と交代した後、餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)の獣人族を排除しながら進んでいる。しかし、死兵となった敵兵の抵抗が強く、三十分で一キロメートルも進めていない感じだ。


(死兵となった兵士がこれほど厄介だとは思わなかったわね。マティが“敵を追い詰めすぎてはいけない”と何度も言っていた意味を、嫌というほど理解させてくれたわ……)


 敵兵は百名単位で街道に陣取り、移動を妨害してくる。

 既に街道の両脇の平地が狭まり、斜面も急だ。そのため、防御陣のあった辺りに比べると戦場の幅は半分以下の百メートルくらいになっている。


 斜面が急で灌木などが生えて移動しにくいとはいえ、獣人族の身体能力なら迂回することはできる。しかし、その迂回した先にも敵兵が待ち受けているから、乱戦になってしまい、結局時間が掛かってしまう。


 そのため、正面から打ち破ろうとするが、敵兵の抵抗は想像以上だった。

 腕を一本斬り落とした程度では止まらず、武器を失い、倒れていても足を掴もうとしてくる。そのため、確実に止めを刺す必要があり、いつもの戦い以上に時間が掛かっているのだ。


 それでもこちらの兵に戦死者は少なく、着実に前進しており、楽観していた。


「マティアス様から緊急の通信です!」


 通信兵が慌てた様子で受話器を差し出す。


「こちらイリス。何があったの。以上」


『現在位置より二百メートル先の丘の上に敵兵がいる。数は百以上。全員が弓を持ち、待ち構えているそうだ。いったん止まって対処してくれ。以上だ』


 了解を言う間を惜しみ、すぐに命令を出す。


「全軍停止! 二百メートル先の丘の上に弓兵がいるわ!」


 三十メートルほど進んだところで全軍が停止する。


「盾を持っている者は前に出て!」


 そう命じた瞬間、矢が飛んできた。

 高低差があるため、百五十メートル以上離れているのに結構な威力がある。

 しかし、狙いが不正確なためか、兵士がいない場所にも落ちており、ほとんど被害は出ていない。


「ティーガー隊とレーヴェ隊は丘の上に上がり、敵弓兵を排除! ベーア隊は矢を防げ!」


 まだ矢が残っていたことに驚いていた。


(さっきの戦いで結構使っていたから、もうないと思っていたのだけど……神狼騎士団が退却しながら予備の矢を置いていったのかもしれないわね。そうなると、弓兵はすぐに引き上げる。まだまだ矢を射かけられるのだから……)


 私の予想通り、ティーガー隊とレーヴェ隊が向かうと、弓兵はすぐに撤退した。それまでの死を厭わぬ戦いとは一線を画している。


(きちんと自分たちの目的を理解しているわ。これは厄介ね……)


 厄介だと思うが、打つ手がない。

 弓兵を追撃するため斜面を移動しようとするが、弓兵は街道に降りて走るから、移動速度の差で引き離され、矢を射かけられてしまう。


 街道を進もうとすると、死兵と化した歩兵が攻撃してくるし、弓兵も後方から攻撃に参加してくるから損害が馬鹿にならない。


(弓兵を追わせることでこちらの陣形を崩し、効率よく追撃を妨害してくる。どうしたものかしら……)


 悩んでいると、マティから通信が入った。


『弓兵で困っているかと思ったんだけど? 以上』


 さすがは私の旦那様だ。よく分かっている。


「ええ。弓兵を追おうとしても追いつけないし、歩兵に側面を突かれてしまうの。だからと言って無視すると矢を射かけられるし、多少強引に攻めてもいいかなと思い始めたところよ。以上」


『できるだけ敵の歩兵と密着して戦えば、敵の弓兵の能力ならほとんど脅威にならないはずだよ。とりあえず歩兵を排除することに注力した方が結果として損害を減らし、前進速度も速くなると思う。以上』


 確かに敵の弓の腕は大したことはない。だから、歩兵に近づいて戦えば、誤射を恐れて攻撃の手が緩む。攻撃は緩まなくても、味方に当たらないようにするには曲射にせざるを得ないから、彼らの腕ならこちらの頭を越えていくはず。


 それに歩兵との戦いも一対一ならこちらの兵の方が技量も上だし、疲れてもいないからやられる可能性は低い。


「分かったわ。その手でやってみる。ありがとう。以上」


 すぐに命令を出す。


「ティーガー隊百名は横隊を作って前進! 敵兵が近づいてきた者はその場で迎撃。敵が近づいて来ない者は矢に注意しながら更に前進して敵を引き付けなさい!」


 街道を中心に三十メートルほどの幅に広がって三列横隊で前進していく。もちろんきれいな横隊ではないが、前後の距離は五メートルほどしかない。一部が丘に掛かっているが、多少歩きにくいだけで行軍に支障はないようだ。


 散発的に矢が放たれるが、予想通り、間に敵兵がいるため曲射になり、そのほとんどが横隊の後ろに落ちていた。


「ベーア隊、レーヴェ隊はよく見ておきなさい! マティが考えたこの方法で敵を蹂躙するのだから」


 夫の名を出すと、兵たちのやる気が上がる。


 敵の歩兵がティーガー隊を止めようと前進してきた。

 正面からのぶつかり合いになるが、いかに死を覚悟した敵であっても、ほぼ同数なら(シャッテン)に鍛えられた我が領の獣人の敵ではなかった。


 歩兵をあっさりと蹂躙すると、そのまま弓兵を追う。

 再び歩兵が出てくるが、自信を付けた私の隊の敵ではなく、すぐに殲滅すると追撃を継続した。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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― 新着の感想 ―
国王の首ってどうなりましたっけ? その返還を持ち出せば交渉できそうな気がしますが
死兵だし、味方ごと射貫くかと思いました。 ソコまではじゃなかった。
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