第二十四話「エンツィアンタールの戦い:その八」
統一暦一二一五年六月二十五日。
グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、エンツィアンタール。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
黒狼騎士団の猛攻を凌いだ。
「アレク殿は想像以上だな。以前、マティが戦場を覆す武勇を持つといった意味が分かった気がするよ」
総司令官であるラザファムが感嘆の声を上げている。
実際、アレクサンダーが防御陣を突破してきた敵兵を駆逐し、更に敵の騎士団長に迫ったことで、敵の攻勢は完全に止まり、更にその混乱で多く兵を討ち取ることができたのだ。
私はラザファムの感想に答えることなく、注意を促す。
「アレクサンダー殿の雄姿に釣られて前に出そうになっている者がいる。各部隊に前に出すぎないように徹底してくれ」
ラザファム自身もアレクサンダーの強烈な姿に目を奪われていたようで、慌てて命令を出す。
「通信兵! 隊形を崩すなと各部隊長に伝えろ!」
ラザファムの命令と各部隊の隊長が冷静だったお陰で落ち着きを取り戻した。
「この後の戦いはどうなるのだろうか?」
ジークフリート王子が聞いてきた。
「アレクサンダー殿のお陰で、この戦線は当分問題ないでしょう」
「そうだな。敵はどう出てくるとマティアス卿は考えているのだろうか?」
「ここを突破できず、我々が打って出ないと分かれば、別動隊を出すしかありません。彼らはこの戦場で我々に勝利する必要がありますから」
「敵がこの戦場で勝利する必要があるという言い方だが、我々に勝利は必要ないのだろうか?」
私が意図的に言った言葉の違和感にきちんと気づいてくれた。
「双方の戦いの目的を思い出してください。法国軍は我々を排除して王都に向かい、グレゴリウス殿下が王であり続けるようにする必要があります。つまり、ここを突破しなくては目的を成し得ません。一方、我々はそれを阻止すればよいだけです。ダラダラと対陣し、敵の物資がなくなるのを待ってもよいわけです」
敵の目的はグレゴリウス王子が即位した状態を保つことだ。そうすれば、王都で結んだ停戦協定が有効であり、ヴェストエッケの返還を突っぱねられるからだ。
既に王都の攻防戦は終わり、グレゴリウス王子が行方不明になっているから、その前提は崩れているが、敵はまだ王都での戦いが続いており、自分たちが救援にいけば盛り返せると考えている。
「理解した。そうなると、ハルトムート卿の突撃兵旅団は敵別動隊の妨害をするだけでよいということだな」
「その通りです。敵も森の中に大量の物資を持ち込むことはできませんから、半日ほど敵の動きを阻害すれば、街道に戻らざるを得ません」
森の中は丘の起伏と灌木や下草などで行動が著しく制限される。
我々は水源を見つけているが、敵は五千の兵に行き渡るほどの水があるか分からないから、食糧に加え、重い水まで運ぶ必要があり、更に動きを鈍らせることができる。
「別動隊が失敗したとしたら、敵はどうするのだろうか? 王都に向かうことを諦めるのか、更に別の手を打ってくるのか、マティアス卿の意見は?」
「難しいところですね。私なら損害が大きくなる前に西に転進します。ライゼンドルフが占領されている可能性は考えるでしょうが、あそこは守りにくいですし、ケッセルシュラガー侯爵軍が一万以下であることは分かっていますから、ヴェストエッケへの撤退は可能だと考えるからです。ただ、マルシャルク団長なら同じことを考えるという自信はありますが、他の団長がどう考えるのかで変わるのではないかと思います」
「功を上げていない将がいるからか……このまま帰国すれば、せっかく得たヴェストエッケは返還させられただけで何をしていたのだということになる。せめて、武功を上げておきたいと考える将がいるかもしれないということだな」
「その通りです。まあ、いずれにしても敵の別動隊の妨害に成功すれば、我々にデメリットはありません。監視さえ緩めなければ、問題はないでしょう」
王子は私の説明に納得し、大きく頷いた。
■■■
統一暦一二一五年六月二十五日。
グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、エンツィアンタール。ハンス・ユルゲン・ゲラート青狼騎士団長
我が騎士団は黒狼騎士団が戦っている前線から西に二・五キロメートルほどの森の中に隠れていた。丘の上から街道を見下ろすと、西の方に白狼狼騎士団が見えている。
森の中に隠れているのは、敵を引きずり出した際、伏兵として側面から襲い掛かるためだ。
もっともこの策は成立しないことが分かっており、伏兵としては無駄になったが、森の中を移動し、敵の後方に出る迂回作戦の主役に決まった。
(餓狼兵団が移動ルートを見つけてくれなければ、作戦は失敗に終わるだろうな……この森の中を移動するなら、一時間で一キロも進めるかどうかだ。よいルートが見つかればよいのだが……)
王国軍が陣を敷いている場所から二・五キロメートルほどだが、深い森と起伏に富んだ地形のため、その数倍の距離を歩くかもしれない。そうなると、一日がかりで移動することになりかねない。
(回り込めたとしても、ラウシェンバッハが準備をしていないはずがない。そうなると、敵中で孤立することになりかねん……)
未知の森の中ということで、食糧の他に水も用意する必要があり、がんばっても二日しか単独行動はできないだろう。
それにラウシェンバッハが別動隊を用意している可能性が高く、妨害が予想される。
そんなことを考えていると、伝令が駆け込んできた。
「マルシャルク閣下からの情報です。黒狼騎士団が敵陣の突破に失敗。現在、白狼騎士団と入れ替わるため、後退しているとのことです」
「黒狼騎士団が失敗か……まあ、そうだろうな。で、マルシャルク殿から我々にどのような命令が出されたのだ?」
元々正面突破は難しいとマルシャルク殿は考えており、強行突破が失敗したことは意外ではない。
「敵陣の後方に回る策は破棄、敵別動隊を餓狼兵団と共に殲滅せよとのことです」
正面側との連携が取れないから、迂回作戦が中止になることは理解できる。しかし、懸念があった。
「迂回作戦の破棄は了解だが、別動隊の位置は分かっているのか? 闇雲に探し回れば、敵の術中に嵌まりかねんが」
「その点は閣下も懸念されておられました。ただ、別動隊を残したままでは策も立てられないとのことで、グラオベーア兵団長と連携を取って対応していただきたいとのことです」
マルシャルク殿も苦渋の選択のようだ。
「承知した」
私は部下の千狼長たちを集め、指示を出していく。
「敵の別動隊を見つけ出し、殲滅する。敵の数は不明だが、敵の総数から最大でも三千以下であることは分かっている。餓狼兵団も二千五百ほど加わるから、我らの方が三倍ほどだ。油断はできんが、難しい話ではない」
私の言葉に千狼長たちは頷いている。
「だが、敵はあのラウシェンバッハの手の者だ。どこに隠れていて、どのような策を仕掛けてくるか全く予想できん。何があっても部下たちが動揺しないよう、しっかりと統率してほしい」
ラウシェンバッハという名が出ると、表情が一気に引き締まる。
「餓狼兵団が敵を見つけるまでここで待機するが、その間を使って百狼長たちに注意を促しておけ。私の命令はもちろんだが、千狼長の命令も届かない可能性がある。敵に掻き回されるな。可能な範囲で足止めし、味方の援護を待てと」
森の中で戦うことになる可能性があると聞き、対応を考えていたのだ。
これであのラウシェンバッハの策に対応できるとは思わないが、何もしないよりマシだろう。
それから一時間ほど経ち、午後二時頃になった。
犬獣人の若い男が走りこんできた。
「敵を発見しました! ここより北西約二キロ。数は不明なれど、千は超えている模様。グラオベーア兵団長より敵別動隊と思われるとのことです」
「了解だ。直ちに出陣するぞ!」
我々青狼騎士団は北西に向けて出発した。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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