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第二十三話「エンツィアンタールの戦い:その七」

 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、エンツィアンタール。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 敵の動きが激しくなってきた。

 最も警戒すべき敵の部隊、餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)はラウシェンバッハ騎士団第四連隊を追うのをやめ、五百名程度の部隊に分けて森に入っている。


 そのお陰で第四連隊に強行偵察を命じることができ、白狼騎士団と赤狼騎士団の位置が判明した。しかし、もう一つの騎士団、青狼騎士団は見つかっていない。


 餓狼兵団が動いた目的は不明だが、その青狼騎士団の支援のため、迂回ルートを探しに森に入ったのではないかと思っている。


 餓狼兵団と青狼騎士団が森を迂回し、我々の後方に出ると厄介だ。

 一応、総司令部直属二千と予備として隠してある義勇兵団六千を合わせれば、敵より優勢だが、正面から攻めてくる黒狼騎士団も侮れず、挟撃されたという事実に兵たちが動揺する可能性は否定できない。


 そのため、総司令官のラザファムにハルトムートが指揮する突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)の奇襲作戦について提案した。


「イリスから提案があったんだが、突撃兵旅団を動かし、敵の青狼騎士団をおびき出してはどうだろうか。森の中では騎士団も指揮命令系統が機能しないだろうから、突撃兵旅団も互角以上に戦える。それに森の中で情報が錯綜すれば、敵本隊にも混乱を与えることができるかもしれない。やってみる価値はあると思うのだが」


 私の提案を聞き、ラザファムは即座に承認した。


「了解だ。ハルトとイリスが考え、君が成功すると判断したのなら、やってみる価値はある。それに黒狼騎士団の動きに懸念があるから、できる手は打っておきたい」


「黒狼騎士団の動きに懸念?」


 前線で動きがあったという情報を聞いておらず、疑問が浮かんだ。


「先ほどから攻勢を更に強めている。恐らくだが、強引に突破を狙う準備じゃないかと思う」


 そう言われて前線を見ると、確かに激しい攻撃が加えられていた。

 それに対応するため、ラウシェンバッハ騎士団もエッフェンベルク騎士団も負傷者を後送し、その穴を埋める作業に没頭している。


「確かにそうかもしれないな」


 そう答えるものの、まずはイリスに連絡を入れた。

 彼女からすぐに作戦を開始すると答えが返ったため、この戦場に集中する。


「ラズ、君ならどこを狙う?」


 前線を見つめているラザファムに聞く。


「私なら第一連隊と長槍隊の間を狙うな。長槍隊は懐に入られると弱い。正面は防護柵があるが、その一番端は第一連隊との境だから、連携に失敗する可能性も高いからな。君ならどうする?」


 学生時代のようなノリで逆に聞いてきた。兵学部ではこんな感じで意見を言い合っていたことを思い出す。


「私も狙うなら同じ場所だね……しかし、対応は難しいな。予備兵力を送り込むことはできるけど、勢いのある敵を止めるにはそれなりの数が必要だ。戦場が過密になるから、動きにくくなるし、混乱が起きるかもしれない。だからと言って、誘い込めば藪蛇になりかねない」


「今は長槍隊に頑張ってもらうしかない。もちろん予備兵力はいつでも投入できるようにしておかなくてはならないが、今動かせば敵を誘引することになる」


 ラザファムは自信をもって言い切った。

 こういった戦場での判断では、私は彼の足元にも及ばない。


「なら、どうする?」


「アレク殿に義勇兵の精鋭百名ほどを率いてもらい、敵が浸透してきたら押し戻す。これが一番リスクの少ない対処方法だろう」


 ジークフリート王子の護衛騎士、アレクサンダー・ハルフォーフは王国一の猛者だ。

 その武術の腕は東方系武術の達人であるラザファムとハルトムートが二人がかりでも敵わないというほどで、狭い戦場でかつ短時間であれば、十倍の敵とでも渡り合える。


「殿下、アレクサンダー殿をお借りするかもしれません。アレクサンダー殿、手を貸してくれるだろうか」


 私の依頼に王子は即座に了承する。


「ラザファム卿とマティアス卿が必要というのであれば、私に否はない。アレク、ここは大丈夫だから王国のために前線に出てくれないか」


「ご命令とあらば」


 以前は王子の護衛ということで渋ったが、こちらもすぐに了解した。


 グランツフート共和国から帰還した後、こういった事態を想定し、義勇兵団の中でも特に武力の高い者を集めた部隊を作ってあった。アレクサンダーはその部隊と頻繁に演習を行っており、気心も知れている。


「敵が動くぞ。アレク殿、前線に向かってくれ」


 ラザファムが敵の動きを察知した。

 我々の戦いも佳境に差し掛かろうとしている。


■■■


 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、エンツィアンタール。イェンス・クライン黒狼騎士団長


 一進一退の攻防が続いていた。

 最も被害が大きい一番隊を下げ、三番隊が前線で猛攻を仕掛けている。


「敵の槍兵と獣人兵の間に楔を打ち込め! 長槍兵の懐に入れば、何もできん! 獣人兵に支援させぬよう、攻撃の手を緩めるな!……」


 矢継ぎ早に命令を発し続けている。


「敵の長槍兵は限界に近いぞ! 今が攻め時だ!」


 エッフェンベルクの長槍兵は優秀な兵士が多いが、我が軍の兵士のように身体強化が使えるわけではない。また、長槍は重量がある取り回しの難しい武器であり、普通に攻撃するだけでも疲労は溜まっていく。


 それを見越して交代できないように猛攻を加えており、目に見えて敵兵の動きが鈍っていた。


「突撃せよ! 敵の防御陣を食い破れ!」


 俺の命令を受け、三番隊の精鋭百名が突撃を敢行した。また、それに呼応するように他の兵たちも更に激しい攻撃を加えていく。


 俺も兵を鼓舞するため、前線に近いところまで前進する。


「黒狼騎士団の意地を見せよ!」


 俺の鼓舞に兵たちの動きが更に激しくなる。

 その攻撃に敵の鉄壁ともいえる防御陣に綻びができた。

 三番隊の百名が長槍隊の懐に潜り込むことに成功したのだ。


「後続も続け! この時を逃せば、勝利はない! 続け!」


 俺はこれで敵陣を粉砕できたと思った。

 ラウシェンバッハは確かに知将だが、力技で得たこの流れを覆すほどの策は用意できないはずだ。


 俺も高揚した気分で更に前に出る。

 既に敵兵の表情が読み取れるほどの距離で、焦りを感じていることが手に取るように分かった。


「敵将ラウシェンバッハを討ち取れ! 奴を討ち取れば、我が国は王国を手にできるのだ! 褒美は思いのままだぞ!


「「「オオ!」」」


 俺の言葉に兵たちが獰猛に応える。


「伝令! 四番隊に続くように伝えよ!」


 ここが勝負時と考え、伝令を走らせた。

 伝令に命令を伝える間に、我が軍の前進は壁にぶち当たったかのように止まっていた。


「何が起きた!」


「敵の精鋭が出てきました! 黒い鎧を着た戦士に阻まれました!」


 副官がそう答え、前線に向けて指を差す。


 そこには漆黒の鎧を着て、マントを靡かせながら剣を振るう偉丈夫の姿があった。

 更にその後ろにはその偉丈夫より巨体の獣人族戦士がおり、それぞれ違った武器を振るって我が軍の兵をなぎ倒していた。


 我が軍の兵士三人が漆黒の戦士に襲い掛かる。

 しかし、敵はその攻撃を歯牙にもかけず、一振りで吹き飛ばした。

 その現実感のない光景に思わず、見入ってしまう。


「奴は何者なのだ……」


 あれほど苦労してこじ開けた突破口があっさりと塞がった。


「閣下! お下がりください! ここは危険です!」


 副官が叫び、我に返った。

 漆黒の戦士が僅か十メートルほどの場所に立っており、こちらに向かっている。

 騎士団長の印に気づいたようだ。


 俺は即座に後方に向かって走り出した。


「敵を食い止めよ!」


 命が惜しいわけではない。

 将である俺がここで倒れれば、敗北が決定的になるからだ。


 部下たちが壁を作ろうと走り出すが、俺の横を走る副官の姿が突然消えた。

 振り返ると、長槍兵が使っていた巨大な槍が副官を貫いていたのだ。


「あの槍を投げたのか……」


 その瞬間、俺は恐慌に陥った。


(勝てるはずがない……奴は化け物だ……)


 恥も外聞もなく、俺は前進してくる四番隊を掻きわけ、後方に逃げていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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