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第二十話「エンツィアンタールの戦い:その四」

 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西エンツィアンタール。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 黒狼騎士団が当初の計画とは異なり、強引に戦端を開き、王国軍との戦闘が開始された。


(クラインが逸ったか……まあいい。黒狼騎士団でもラウシェンバッハの防御は崩せんだろう。あとはどのタイミングで引き揚げさせるかだが、奴が最前線に出た関係で連絡が取れん。どうしたものか……)


 我々白狼騎士団は第二陣として黒狼騎士団の後方一キロメートルほどの場所で待機しているが、黒狼騎士団長のイェンス・クラインが最前線で指揮を執っている。黒狼騎士団の中に真っ白な白狼騎士団の伝令が近づくと、狙い撃ちをされ、なかなか近づけないのだ。


「前線に向かう」


 私がそう言うと、副官が慌てる。


「全軍の指揮はどうなさるのですか? それにクライン団長がどう思われるかも心配です」


 私とクラインの確執は有名だから、副官は不安げな顔をしている。


「私が前線に出ている時間は短時間だ。その間だけは副団長に指揮を任せる。クライン団長には状況を見にきただけと伝えるから問題にはならん。それより状況が分からん方が問題だ」


 騎士団の意識改革で情報伝達の重要性は浸透しつつあるが、昔からの指揮官には未だに情報を軽視する者が多い。


(ラウシェンバッハの活躍を見れば、自明であるのだが……なかなか意識は変えられぬな……)


 そんなことを考えるが、すぐに護衛小隊を率いて前線に向かう。

 前線までは三キロメートルほどで、騎乗であるため十分ほどで着いた。


 黒狼騎士団は一番隊と二番隊が戦闘に参加しているが、三番隊はその後方三百メートルほどの場所で待機していた。丘の上まで含めても戦場の幅は五百メートルほどしかなく、二千の兵でも過密状態になり、入る余地がないからだ。


 クラインは右翼側、南側の丘の中腹、最前線から五十メートルほど下がった場所で指揮を執っていた。

 既に馬から降りており、クラインのいる場所まで走ることにした。


(あそこから命令を出すより、もう少し後ろからの方が、全体が見渡せる。敵を突破したら、一緒に雪崩れ込むつもりなのか?)


 そんなことを考えるが、黒い鎧の黒狼騎士団の中では、白い鎧の我々は目立つようで、矢が降り注いでくる。


「閣下! 危険です! お下がりください!」


 護衛小隊の隊長が叫ぶが、それを無視して走る。


(狙いは正確だし、威力も十分だ。これが噂に聞くエッフェンベルクの長弓兵か……なるほど、あの位置なら長弓兵に狙われにくい。だから、あそこで指揮を執っているのだな……)


 走りながら戦場を見まわすと、右翼側の丘を迂回しようと林に入る部隊がいることに気づく。しかし、鬱蒼としている木が邪魔なのか、ほとんど動いていなかった。


 クラインのところまで進むと、長弓兵の攻撃が止んだ。やはり、この位置では前線の味方が邪魔になり、曲射で狙うこともできないようだ。


「総司令官がこんなところに何の用だ!」


 私に気づいたクラインが怒鳴る。戦場の喧騒に負けないように声を上げているようだが、強い不満が見えた。


「状況を教えてくれないか。作戦ではある程度戦ってから敵を誘引することになっていたはずだが?」


「その策なら役に立たぬぞ」


 吐き捨てるように言われ、一瞬苛立ちを覚えるが、それでも冷静に質問する。


「どういう意味だろうか?」


「敵はここから動く気がない。逃げ出したとしても追って来ぬだろう」


「その根拠は?」


「丘を迂回させようとしたが、無数の罠が設置されていた。それに奴らの足場はしっかりと固めてあるが、こちらはあえて崩れるように作られている。下手な砦より堅固な防御陣だ。これほど周到に準備した敵がこの有利な地を捨てるはずがない」


 彼の言葉を聞いてから戦場を見ると、確かにその通りだった。

 耕された畑のように柔らかな地面に、こちらの兵は何度も足を取られている。また、近づけたとしても、剣を振るとバランスを崩してしまうため、そこを突かれて討たれる兵が多かった。


 見た感じは急造の防御陣だが、充分に効果的なもので、クラインの言葉に素直に頷ける。

 そう考えると、彼が強引に攻撃する理由が判然としない。


「では、力押しをしても無駄ではないのか? 敵には十分な予備兵力があるように見えるが」


 各前線の厚みも大きいが、防御柵の向こう側にある本陣には二千近い兵が待機しており、仮に突破できそうになったとしても、彼らを投入されれば穴をこじ開けるのは至難の業だろう。


「この狭い戦場なら敵に食い込んでも味方から切り離されることはない。突破口さえ開ければ、それを押し広げつつ浸透し、敵陣を崩すことができる」


 言っていることは理解できる。敵陣は正面に対する防御を考慮して作られており、兵士の能力が同程度なら、敵陣に浸透さえできれば切り崩すことは難しくない。しかし、浸透するだけでも損害は馬鹿にならないし、敵陣の向こう側に罠がないとは言い切れない。


「相手はあのラウシェンバッハだ。突破できたとしてもそれが罠の可能性もある。一度、引いて策を練り直すべきだ」


「敵が罠を仕掛けているだろうことは承知している。我らが敵の罠に嵌まったとしても、貴殿ら後続が攻めかければ、敵も混乱するはずだ」


 強引な戦法に頭が痛くなった。


(兵を無駄に損なうだけだと気づかぬのか……白狼騎士団長の権限で強引に下げさせることもできるが、あとが面倒だ。ある程度納得するまで戦わせるしかない。その間に別の策を考えるしかないだろう……)


 黒狼騎士団がヴェストエッケ攻略戦の屈辱を晴らそうとしていることは明らかだ。そんな彼らを強引に止めれば、しこりが残る。


「承知した。黒狼騎士団が敵を突破したら、すぐに後続が攻撃できるように準備しておこう」


 それだけ言うと、私は前線から下がっていった。


(それにしてもラウシェンバッハほど厄介な敵はいないな。王都からここまで百六十キロほどある。獣人族が主体の軍であっても、ここに到着してから二日は経っていないはずだ……)


 九日前の六月十六日に王都から五十キロメートル、つまりここから二百十キロメートルの場所にいたことは分かっている。一日三十キロメートル進軍したとして七日掛かる計算だ。つまり一昨日に到着したと考えることが妥当だろう。


(この僅かな期間で防御陣を作った。見た感じは粗削りで急いで作ったことは分かるが、それでも十分に効果的なものだ。それに我々を監視するための偵察隊まで派遣している。見事なものだが、感心ばかりもしていられぬ。どうやったら奴の裏を掻くことができるのだろうか……)


 本陣に戻るまで一人で考えていく。


(奴は我らがここに来ることを予想していた。となれば、防御陣だけということはあり得ない。この地形を利用した策を考えているはずだ……別動隊による奇襲は奴の常套手段だ。それを狙っている可能性が高いな……)


 ラウシェンバッハは帝国との戦いでも少数の別動隊を送り込んでいる。また、詳細は分かっていないが、東方教会と西方教会の連合軍に対し、別動隊で奇襲を仕掛け、その際に起きた混乱が敗因だと聞いている。


(敵陣を見たが、敵兵の数は一万強だった。南の森に数百の兵がいるようだから、三千程度の別動隊がいる可能性がある。ラウシェンバッハが別動隊に出すということは精鋭ということだ。どこからともなく三千の兵が現れたら厄介なことになる……)


 私は本陣に戻ると、すぐに命令を出した。


「グラオベーア兵団長を呼べ! 大至急だ!」


 グィード・グラオベーア餓狼兵団長は現在、南の森に入り、敵の哨戒部隊を排除している。しかし、いつでも呼び出せるよう、常に場所を把握できるように命じてあった。


(また餓狼兵団に面倒なことを頼むことになるな……気が重くなるが、仕方あるまい。敗北しては元も子もないのだから……)


 私は森を見つめながら策を練っていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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