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第十九話「エンツィアンタールの戦い:その三」

 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、エンツィアンタール。第三王子ジークフリート


 漆黒の鎧に身を固めた黒狼騎士団の兵士が前進してきた。

 街道とその両側に広がる草原に広がっているが、五十人ほどがきれいな横隊を作り、盾を構えてゆっくりと進んでくる。


「昔より練度が上がっている感じだな。そう思わないか、マティ?」


 ラザファム卿がマティアス卿に話し掛けた。その表情には余裕があり、昔話をしているだけのように感じるほどだ。


「そうだね。昔は面白いくらいこちらの陽動に引っかかってくれたけど、今回は難しいかもしれないな」


 十二年前のヴェストエッケ攻防戦の前哨戦で、マティアス卿の策を受けたラザファム卿とハルトムート卿が黒狼騎士団を翻弄した。その際、二人が率いていたのは中隊で、僅か二百人で五千人の黒狼騎士団を翻弄した話は有名だ。


「そうは言っても踊らせるんだろ。お手並み拝見と行こうか」


 兵たちの方を見ると、二人の名将の会話を聞き、仲間同士で顔を見合わせながら笑みを浮かべている。故郷に凱旋した後、自慢話にでもするのだろう。


「いや、今回は黒狼騎士団には善戦してもらうつもりだよ」


 マティアス卿はラザファム卿の言葉を否定しながら、いたずらを成功させた子供のように笑っている。


「どういうことだ?」


 私にも理解できなかったが、ラザファム卿も同じだったようで怪訝そうな表情だ。


「敵がこちらの偵察隊を徹底的に近づけなかった理由を考えていた。恐らくだけど、マルシャルク団長はこちらが防御に有利な場所に陣取るから、そこから引きずり出そうと考えているはずだ」


「何となく分かるが……こちらが防御に徹すると確信している理由が分からないな」


「こちらの数が少ない可能性は考えるだろうけど、兵士の能力が高いことは十分に理解しているから、侮ることはないだろう。そう考えれば、一度に戦う兵を少なくできる狭い場所での防衛戦になることは容易に想像できる」


「確かにそうだな」


 ラザファム卿と一緒に私も頷いていた。


「そうなると、迂回して後方に出るか、自分たちが有利な場所に引きずり出すかの二択しかない。だが、彼らはこの辺りの地理に詳しくないし、迂回作戦を得意とする餓狼兵団にこれ以上手柄を上げさせたくないと思っている将が多い。だから、必然的に引きずり出すことを考える」


「なるほど。だから黒狼騎士団を善戦させるのか」


 ラザファム卿は理解できたようだが、私には分からない。


「引きずり出そうと考えるというところまでは理解できたが、黒狼騎士団に善戦させる理由が分からない。どういう意味があるのだろうか?」


 私の問いにマティアス卿が微笑みながら教えてくれる。


「我々を引きずり出すためには、こちらが追撃をしたくなるような状況にしなければなりません。つまり、敵は一戦した後、無様に逃げを打ち、こちらが思わず防御陣から出たくなる状況を作るはずです。しかし、善戦していれば、我々はここに篭って打って出ることはありません。これで敵の策を潰すことができるのです」


 ようやく理解できた。

 そんな話をしていると、参謀の一人が報告を上げてきた。


「敵が射程内に入りました」


 前線に視線を向けると、敵の最前列が百メートルほどにまで近づいている。

 総司令部は防御柵の後方五十メートルほどにあるが、視線を上げるために騎乗しており、敵の姿がよく見える。


「もう少し引き付けるべきだと思うが、どうだ?」


 ラザファム卿がマティアス卿に聞く。


「それでいいと思う。神狼騎士団は重装甲だし、警戒している状況で遠くから射ても矢の無駄だからね。それに障害物を越える辺りで射撃開始する方が妥当だと誰でも思うから」


 マティアス卿はこちらが常識的な対応を続けると思わせたいらしい。


「そうだな。それが一番常識的だ。だが、策士として有名なお前がいるのに、常識的な作戦ばかりでは罠があると疑われるのではないか?」


「疑ってくれる方がありがたいね。迷ってくれた方がこちらの策を成功させやすいから」


 マティアス卿は敵の思考を誘導し、この後の策を成功させようと考えているようだ。


「ラムザウアー団長に連絡。射撃を開始せよ」


 ラザファム卿が通信兵に命令を伝える。

 敵が障害物を越え始めた。


 障害物は伐採した木で、枝はそのままであるため、簡単には越えられない。

 そのため、転倒するような兵はいないものの、真っ直ぐだった隊列が崩れ、盾も身体の正面に保てていない。


 そこにエッフェンベルク騎士団の長弓兵とラウシェンバッハ騎士団の第一連隊が放った二千本を超える矢が降り注ぐ。


 数人の兵士が矢を受けて倒れるが、前進を止めて防御に徹したため、大きな混乱は起きない。


「クライン団長は優秀な指揮官のようだね。攻撃されると分かっていても、あれほど冷静に対処できる指揮官はなかなかいない」


 マティアス卿はそう言って感心しているが、ラザファム卿は命令を出している。


「罠に掛かって転倒する敵が出てくるはずだ。長弓兵隊はその兵を狙え!」


 街道上には何も仕掛けはないが、草原には伐採した木の下に小さな穴があったり、ロープが仕掛けられたりしている。


「足元に注意を向け始められないように矢を射続けろ! 敵の隊列を崩せ! 長槍兵隊は槍を構えて迎え撃て!……」


 防護柵から障害物までは五十メートルほどで、越えてしまえば三十秒も掛からずに柵を挟んでの戦いになる。


 障害物を越える際、三十人ほどが矢を受けて倒れた。

 しかし、敵に怯みはなく、障害物を越えたところで隊列を組み直し、その後ろでは撤去作業を始めている。


「全軍に通達! 近接戦闘用意! ラウシェンバッハ騎士団第一連隊は長弓兵隊の前に出ろ! 第二連隊と第三連隊は予定通りに迎撃せよ!……」


 その命令で左翼側のラウシェンバッハ騎士団第一連隊が弓を捨てて武器を抜き、長弓兵の前に出る。右翼側でも第二連隊と第三連隊が武器を構えていた。


 すぐに黒狼騎士団の第一陣が接近してきた。

 防御柵の間から長槍兵の槍が突き出され、黒狼騎士団の兵士がそれを盾で受ける。木の盾を槍が叩く、バシンバシンという乾いた音が響く。


 敵は障害物を越えたところで丘にも兵を向けてきた。

 足場の悪い斜面であるにもかかわらず、敵兵は密集隊形を保ったまま走り、あっという間に両翼にも敵が取り付いた。


「長弓兵隊! 敵の第二陣に矢を放て! ラムザウアー団長に長槍兵は適宜交代させろと伝えよ……」


 長槍兵隊は幅五十メートルほどの防護柵の後ろにいるが、一度に戦えるのは百人ほどでしかない。敵もほぼ同数だが、盾に阻まれた槍を叩き折る戦術のようで、武器を失う長槍兵が続出する。


 個人単位で入れ替えると、指揮命令系統がおかしくなるので、ある程度戦ったところで、隊ごと交代していた。


「敵はこちらの左翼を狙っているようだね。まだエレンの第一連隊で充分に対応できているけど、義勇兵団の投入も考えておいた方がいいかもしれない」


 マティアス卿の言う通り、敵は中央と右翼には抑えの兵だけを置き、左翼側に戦力を集中させ始めていた。


 それでもまだ余裕はある。

 第一連隊だけでも一千の兵がおり、敵の第一陣と同数だ。それに足場の悪い丘ということもあり、第一連隊が押し気味だった。


 しかし、敵の一部が左翼側の林に入っており、強引に迂回してくる可能性があった。


「ヴォルフ連隊長に連絡。敵が迂回しようとしている。そちらにも注意しろ」


 その命令を聞き、マティアス卿が満足そうに微笑んでいる。


「それにしても黒狼騎士団は侮れないな。これだけ有利な場所で戦っているのにほとんど互角だ。正面から戦えば、損害は馬鹿にならなかっただろうな」


 ラザファム卿の言葉にマティアス卿も頷いている。


「黒狼騎士団だけじゃなく、他の騎士団も同程度と考えておくべきだね。そう考えると、敵は引きずり出すだけじゃなく、迂回作戦を決行してくるかもしれない。その前に手を打つ必要がある……ミーツェ、敵本隊の位置はまだ分からないか?」


 マティアス卿が情報参謀のミーツェ・ハーゼに尋ねる。


「申し訳ございません。偵察隊には餓狼兵団の哨戒部隊を大きく迂回するよう命じました。あと一時間ほどは街道に近づけませんので、それまでは敵本隊の情報は入らないと思われます」


「了解。偵察隊には無理はさせないように」


 戦いは始まったばかりだが、優秀な将同士の駆け引きに精神的な疲れを感じていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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