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第十八話「エンツィアンタールの戦い:その二」

 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西、エンツィアンタール。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 ラウシェンバッハ騎士団第四連隊と餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)の衝突により、レヒト法国北方教会領軍との戦闘が始まった。

 餓狼兵団は二千名ほどの兵士を南の森に送り込んだ。その大胆な用兵に感嘆の念が湧く。


(第四連隊の総数は分からないはずだ。その上で行動可能な最大兵力を即座に投入している。地形も分からない場所だが、逐次投入するよりよほどいい。さすがはマルシャルク団長とグラオベーア兵団長だな。作戦を練り直さなくてはならなくなるかもしれないな……)


 一緒に報告を受けていたジークフリート王子が話し掛けてきた。


「第四連隊は大丈夫なのだろうか? 敵の半分の兵力しかないが」


 ラウシェンバッハ騎士団の一個連隊の定員は一千名だ。


「問題ありません。第四連隊の目的は敵の哨戒部隊の排除でしたが、餓狼兵団が向かった以上、目的は敵の拘束になります。既に昨夜から準備していますので、餓狼兵団を引きずり回してくれるでしょう」


 その後、第四連隊から報告が入るが、私が言った通り、簡易な罠と事前に把握した地形を利用し、ヒットアンドアウェーで敵に出血を強いつつ、進軍を遅らせている。

 更に情報が入ってきた。


「第四連隊のヴァイスカッツェ連隊長より情報が入りました。敵本隊が街道を進んでいるとのこと。先頭は黒狼騎士団。餓狼兵団の残留部隊を追い越し、東に進軍しているとのことです」


 情報参謀のミーツェ・ハーゼが報告する。


「マティ、これをどう見る?」


 総司令官であるラザファム・フォン・エッフェンベルク伯爵が聞いてきた。


「我々が近いと見て、逸ったようだね」


 本来なら餓狼兵団が我々を見つけ、戦力や防御体制を確認した後に本隊が進むはずだ。そうしなければ、それまで餓狼兵団が我々の偵察隊を排除し、戦力を見せないようにしていた意味がないからだ。


「マルシャルクも神狼騎士団を掌握しきれていないということか?」


「どうだろうね」


「掌握できていないから逸ったのではないのか?」


「あえて見て見ぬふりをしたのかもしれない。マルシャルク団長は比較的若いから、引き締めすぎるよりある程度自由にさせた方が後で楽になると思ったかもしれないね。特に黒狼騎士団長はマルシャルク団長より五歳くらい年上だし、黒狼騎士団に一緒にいたことがあるから、その辺りが関係している可能性もある」


 ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長は四十二歳で、北方教会領の軍事の最高責任者になった。他の団長には彼より年上で軍功を上げている者もいる。


 黒狼騎士団長のイェンス・クラインは四十九歳で、黒狼騎士団一筋だ。十二年前のヴェストエッケ攻防戦当時は部隊長である千狼長だったが、城内に侵入した際に捕虜になっている。


 マルシャルクは餓狼兵団を設立しただけでなく、マルクトホーフェン侯爵を使った謀略を使うなど柔軟な考えの持ち主だ。


 調べた範囲では問題になってはいるという情報はなかったが、武人には保守的な者が多いから、組織運営で苦労している可能性は高い。


「いずれにしても一時間以内に敵が現れる。突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)に移動を命じた方がいいかもしれない」


 ハルトムートとイリスが率いる突撃兵旅団はここから北西に七キロメートルほどの場所に待機している。街道までは五キロメートルほどで、獣人族といえども移動には一時間以上かかる。


「そうだな。街道まで二キロのところまで進むよう、ハルトに連絡してくれ。ヘルマン、ディート、戦闘準備開始だ!」


「「了解!」」


 ラウシェンバッハ騎士団の団長ヘルマンとエッフェンベルク騎士団の団長ディートリヒが同時に答え、それぞれの持ち場に向かった。


■■■


 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西エンツィアンタール。イェンス・クライン黒狼騎士団長


 敵別動隊が現れ、餓狼兵団がそれに対応し始めた。

 白狼騎士団長のマルシャルクから命令があり、我ら黒狼騎士団が先鋒として進軍を開始した。


 先鋒になったが、これを決める際にひと悶着あった。

 マルシャルクは我ら黒狼騎士団ではなく、麾下の白狼騎士団を先鋒に据えようとしたのだ。


『白狼騎士団は本陣だ。後方で全体を見るべきだろう。我ら黒狼騎士団に先鋒を任せてくれ』


 俺の要求に対し、マルシャルクは渋った。


『今回の作戦では先鋒は囮に過ぎない。貴殿らにはもっと良い戦場を用意しているのだが』


 奴の作戦は先方が敵に襲い掛かった後、敵わぬと見て撤退し、敵を本隊のところまで引き込むというものだ。

 青狼騎士団のゲラートは見事な策だと賛美したが、俺は力押しで充分だと思っていた。


 そのため、先鋒になったら敵を粉砕するつもりでいた。


(ラウシェンバッハはリートミュラー閣下を罠に嵌めている。そのような奴に策を弄しても失敗に終わるだろう。ならば、力押しで粉砕した方がよほど成功率は高いはずだ……)


 十二年前のヴェストエッケ攻略戦の際、俺は黒狼騎士団の千狼長だった。団長であったエーリッヒ・リートミュラー閣下と共にヴェストエッケ城に侵入したが、ラウシェンバッハの策に嵌まり、閣下を失った。そして、俺自身も死の淵に立たされた上、虜囚の恥辱に塗れている。


 黒鳳騎士団のリーツ団長が尽力してくれたお陰で、何とか帰国できたが、あの時の屈辱は一生忘れられないだろう。


『命令通りにひと当てしてから撤退する。青狼騎士団は敵将ホイジンガーを討ち取っているが、我が騎士団は未だ手柄を上げておらぬ。せめて戦う機会を与えてくれ』


『戦うと言っても擬態なのだが……』


 そう言ってマルシャルクは渋ったが、それを押し切っている。


 マルシャルクは好かぬが、その優秀さは認めている。

 奴は我々が壊滅的な敗北を被った後に黒狼騎士団の副団長として団の再建に当たった。あの手腕がなければ、十二年経った今でも他の騎士団の後塵を拝したままだっただろう。


 しかし、奴の合理主義をすべて受け入れることは不可能だ。


 王国の大貴族を使ってヴェストエッケの守りを弱体化させ、僅か一日で陥落させたこと、餓狼兵団を使ってヴォルフタール渓谷で敵の国王を討ち取ったことは我が国の歴史に残る偉業だろう。


 だが、騎士としてもトゥテラリィ教徒としても、その矜持を捨ててまで、歴史に名を残したいとは思わない。もっとも矜持を捨てたとしても俺にできるとは思わないが。


 だから、今回は多少の損害には目を瞑り、強敵であるラウシェンバッハの軍を正面から打ち破る。そうでなければ、最強と謳われる神狼騎士団とは言えまい。



 餓狼兵団の三分の二が南の林に入ったことで、街道が多少空いた。そのため、俺が先頭に立ち、餓狼兵団の中を突き進んでいく。

 兵団の指揮官が抗議してきたが、当然そんなものは無視だ。


「敵が兵を隠しているかもしれん! 注意を怠るな! 街道に罠を設置していることも常に念頭に置け!」


 矢継ぎ早に命じつつも、速度は緩めない。

 餓狼兵団が敵の別動隊と戦っている混乱を突く方が、勝率が上がると思うためだ。


 三十分ほどで敵陣が見えてきた。

 街道とその周辺には防護柵が巡らされ、左右の丘にも部隊が展開していた。特に我々から見て右側には長弓を持つ弓兵が多く配置されている。


(なかなか堅固な防御陣だ。それに柵の前にある倒木も邪魔だな。あれでは隊列を保ったまま近づけぬ……)


 防護柵の手前五十メートルほどに伐採された木が無造作に置かれていた。

 幹の太さは太くても二十センチほどで、長さも十メートルを超えるものはなさそうだが、ばら撒くように置かれているため、行軍の邪魔になる。


「全軍停止! 下馬せよ!」


 俺の命令で部下たちが馬から降りていく。

 この狭い地形で防御陣に騎馬突撃を掛けることはあり得ないからだ。


「一番隊前進せよ!」


 一番隊一千名が盾を構えて前進し始める。

 一番隊は俺の直属でもあり、俺自身も盾を構えてゆっくりと歩き始めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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