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第十七話「エンツィアンタールの戦い:その一」

 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西エンツィアンタール。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 夜明け頃、護衛の(シャッテン)、ユーダ・カーンが私を起こした。


「総司令部より至急来ていただきたいと連絡が入りました。敵に動きがあったようです」


「予定通りですね」


 眠い目をこすりながら、そう言って頷く。

 急いで準備をして総司令部になっている天幕に入る。


「敵が我々の存在に気づいたようだ。餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)が大量に哨戒部隊を出し、こちらの偵察隊を排除に掛かった」


 総司令官であるラザファム・フォン・エッフェンベルク伯爵がそう言ってきた。彼の横にはラウシェンバッハ騎士団の団長ヘルマン・フォン・クローゼル男爵とエッフェンベルク騎士団の団長ディートリヒ・フォン・ラムザウアー男爵が立っている。


 彼らは私より重装備なのに装備は完璧だ。さすがに鍛えられていると感心していると、私に続くようにジークフリート王子が護衛のアレクサンダー・ハルフォーフと共にやってきた。


「偵察隊の状況は?」


 私の問いに兎人族の情報参謀のミーツェ・ハーゼが答える。


「嗅覚が鋭い犬人(フント)族や狼人(ヴォルフ)族を大量に投入したようです。すぐに距離を取らせました」


「今のところ見つかっていないということでいいかな?」


「はい。敵の動きに変化はなく、発見されていないと考えています」


 そこでラザファムが補足する。


「確認できた範囲では千名近い数が投入されたらしい。だから、敵本隊から一キロ以上離れるように指示を出した。これで敵本隊の監視ができなくなったがな」


 その情報に僅かに疑問を感じた。


「千名近い数を投入……おかしいな……」


「昨日の夕方に敵の軽騎兵を殲滅したから、我々に気づいている。こちらには奇襲を行える獣人族部隊が多数いることは分かっているのだから、おかしくはないと思うのだが」


 ラザファムは何も疑問に感じていないようだ。


「確かに敵は我々がどの程度の規模か分かっていないし、正確な位置も分かっていないはずだ。だから、こちらの目を潰してきただけという可能性もある。ただ、それにしては徹底しすぎている。動きを見られたくない理由があるのかもしれない」


 敵は二万四千近い数であり、奇襲部隊は少なくとも千名を超える部隊になる。それだけの数の部隊なら、森での行動を得意とする獣人族であっても完璧に隠れることは不可能だ。つまり、我が軍の偵察隊が危機感を覚えるほど濃密な哨戒部隊を出す必要はないということだ。


「偵察隊を確実に排除したい理由か……」


 ラザファムの問いに頷く。


「何か策を考えているんだろうね。油断はできないな」


 二十キロメートルの距離ということは、輜重隊を伴わなくても移動に五時間ほど掛かる。こちらに動きを知られたくないだけなら、もう少し戦場に近づいてからでも十分なはずだ。


「敵の動きを監視できないのは厳しい。ラウシェンバッハ騎士団第四連隊を派遣してはどうだろうか」


 ラザファムが提案してきた。


「出すにしてももう少し近づいてからだね。我が方の奇襲部隊を引きずり出す策かもしれないから」


「だとすると、ここから五キロほどの場所に哨戒線を敷く形がいいな。敵が迂回部隊を出すなら、そのくらいの距離からだろう。それ以上では時間が掛かりすぎるからな」


 そこでヘルマンが聞いてきた。


「作戦の変更は必要ありませんか?」


「今のところ変更する必要はないと思う。ただ予定通りに戦いが始まる可能性は減っている。こちらが待ち受けていることを予想し、焦らす作戦ということも十分にあり得るから、兵たちの士気の維持に努めてほしい」


 そこでジークフリート王子が発言する。


「敵に主導権を握られたということか」


 私は苦笑しながら答えた。


「その通りです。さすがはマルシャルク団長ですね。こちらの思惑通りには動いてくれません」


「主導権を奪い返すことはできないのだろうか?」


「できないわけではありませんが、やみくもに動くべきではありませんね」


「それはなぜなのだろうか? 主導権を失うということは後手に回るということだ。苦戦しないように手を打つべきだと思うのだが」


「敵の動きが分からなくなりましたが、敵もこちらの状況が分かっていないのです。これで互角の状態と言えるでしょう。今のところ、当初の作戦案を放棄するほどの危機には陥っていませんので、焦ることなくじっくりと構えることが重要です」


 これは王子だけでなく、ラザファムたちにも向けた言葉だ。


「了解した。そろそろ朝食の準備も終わっている頃だろう。私は食べに行こうと思うが、卿らも一緒にどうだ?」


 王子は余裕がある姿を兵たちに見せようと考えたらしい。


「そうですね。ミーツェ、突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)と第四連隊に今の話を伝えておいてくれ。他の参謀諸君は各所に情報を共有しておいてほしい」


「「了解しました!」」


 ミーツェを含めた参謀たちが敬礼する。


「私たちは先に朝食を摂るが、君たちもしっかり食べてくれよ。今日は長丁場になるかもしれないから」


 そう言って私たちは天幕を出ていった。


■■■


 統一暦一二一五年六月二十五日。

 グライフトゥルム王国中部、西方街道上。グィード・グラオベーア餓狼兵団長


 北方教会領軍は西方街道を東に進んでいる。

 俺たち餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)は長い隊列の先頭にあり、敵の偵察隊を排除すべく、半数近い二千名の兵で街道とその周囲を警戒していた。


 それでも敵偵察隊を発見できていない。

 これだけの数で山狩りをすれば、痕跡くらいは見つけられるはずだが、優秀な敵の偵察隊は姿どころか足跡すら残していなかった。


(本当にいるのだろうか……)


 そんな思いが頭をよぎるほどだが、マルシャルク閣下が警戒されているなら、それに応えるべきだ。


 出発から三時間ほど、距離にして十五キロメートルほど進んだところで、伝令が駆け込んできた。


「敵獣人族部隊の襲撃を受けました! 場所は一キロほど先の南側の丘の向こう側です!」


 犬人(フント)族の若者が真っ青な顔で報告してきた。


「敵の数は? 装備の紋章は見たか?」


「数は分かりません! あっという間に襲われて、隊長に報告にいけと言われて必死に走ったんで。紋章は剣みたいなユリの花でした。教えてもらったラウシェンバッハの家紋だったと思います」


 数が分からないことは想定内だ。針葉樹や楢の大木が多かった森から、背の低い広葉樹が生い茂る雑木林に変わったものの、視界は相変わらず開けていないからだ。


「ご苦労だった」


 そう言った後、すぐに部下に命令を出す。


「敵の襲撃だ! すぐに出撃命令が出る! 準備しておけ!」


 それだけ言うと、マルシャルク閣下に伝令を送る。

 十分ほどで伝令が戻ってきた。


「哨戒部隊以外は南の林に入り、ラウシェンバッハ騎士団を排除しつつ、東に進めとのことです」


「哨戒部隊はそのまま警戒を続けるということだな」


「はい。閣下より、陽動の可能性があるため、警戒は緩めるなとのことです」


「了解した」


 それだけ答えると、すぐに一千の兵を残し、残りの二千名と共に林の中に入っていく。

 敵の規模が分からないので全数の三千で迎撃に向かうべきだが、北からの襲撃に対応するため三分の一を残した。中途半端な対応だが、兵力がないのだから仕方がない。


 街道から見るより下草や灌木が多く、俺たちの力でもなかなか進めない。

 そんな中、部下の一人が悲鳴を上げる。


「た、助けてくれ!」


 声の方向を見ると、胸に矢を受けた若い虎人(ティーガー)族が倒れていく。


「敵襲! 矢に注意しろ!


 注意しろと命じたものの、敵の姿が見えない。

 盾を構えながら前進していくと、黒い人影が目の端に移る。

 次の瞬間、殺気を感じ、咄嗟に盾を構えた。


 バシュッという音が響き、盾の表面に矢が突き刺さる。


「前方三十メートルに敵がいる! だが、無理に前に出るな! 盾を構えて警戒しながら慎重に進め!」


 その後、複数の矢が放たれたが、敵が接近してくることはなかった。


「団長! ここに落とし穴があります!」


 その場所を確認すると、直径三十センチ、深さ二十センチほどの穴が巧妙に隠されていた。中を見ると、尖った木の棒が十本ほど設置してあった。


「落とし穴があるぞ! 足元にも注意しろ!」


 声を張り上げて注意を促す。

 しかし、前進するたびに何人かの兵が悲痛な声を上げていた。

 下草や灌木で足元が見えづらい状況では注意を促す程度では効果がなかった。


(なんて嫌らしいことをするんだ。これじゃ、まともに進めないぞ……)


 ブーツが支給されていたから、数人で済んでいるが、以前の俺たちは裸足の者が多かったから、この十倍は動けなくなっていただろう。


「隊列を絞れ! 前の奴が歩いたところを進むんだ!」


 その間にも矢が放たれ、更にロープによる罠まで仕掛けられていた。


「怯むな! 一族のため、家族のため、前進せよ!」


「「オオ!」」


 俺の言葉に部下たちは声を上げて応えてくれた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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