第十六話「白狼騎士団長、作戦会議を開く」
統一暦一二一五年六月二十四日。
グライフトゥルム王国中部、西方街道上。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長
西方街道を東に進み、ようやくヴォルケ山地を抜けた。まだ、オストヴォルケと呼ばれる森林地帯は抜けていないが、明日中にはその森も抜けることができる。
(森を抜けさえすれば、王国軍に敗れる可能性は一気に減る。ただ気になるのは情報の少なさだな。ラウシェンバッハの軍が近いのだろうが、敵の動きが分からんというのは気に入らない……)
西方街道は王都と西部域を結ぶ主要街道であるため、普段なら多くの旅人がいると聞いていた。しかし、我々が侵攻したことで民間人の往来は通常の十分の一以下に落ちているらしい。
更にラウシェンバッハの軍が王都を攻めるという情報が入った後は、全く情報が入って来なくなった。奴が情報封鎖を行ったからだろう。
午後四時頃に予定していた野営地に入ったが、午後六時を過ぎても哨戒部隊からの定時報告が来ない。
(いつもならこの時間には確実に定時報告があるのだが……我が軍の周囲に王国の偵察隊はいないはずだが、ラウシェンバッハの軍が思いの外、近いようだ。日が落ちた後に作戦会議を行った方がよさそうだな……)
敵の偵察隊が我が軍に近寄れないよう、餓狼兵団に厳重に警戒させている。
作戦会議を招集しようとした時、副官が声を掛けてきた。
「餓狼兵団のグラオベーア兵団長が至急報告したいことがあると言っております。いかがいたしましょうか?」
この副官は獣人族に対し偏見を持っている。そのため、兵団長が至急報告したいと言っているのに確認を取りに来たのだ。
「すぐに通せ」
そのことに腹立たしい気持ちになりながらも、すぐに入るように命じた。
すぐに大柄な灰熊族のグィード・グラオベーアが天幕に入ってきた。
「急な面会の申し出、申し訳ございません」
そう言って頭を下げるが、すぐに報告を求める。
「お前が至急ということは重大事なのだろう。それで何が起きたのだ?」
「はい。先行させている哨戒部隊ですが、ラウシェンバッハ騎士団らしき獣人族部隊に殲滅されました」
哨戒部隊が全滅したことは想定していたが、グィードが知っていることに違和感を持つ。
「それは想定していたが、なぜお前がそのことを知っているのだ?」
「念のため、狼人族の元狩人を付けておりました。その者が今戻ってきましたので、すぐに報告に上がりました」
「お前の部下が哨戒部隊に同行していたのか?」
「いえ、騎士たちからも見つからないよう、森の中から監視させていました」
そこでなぜこのようなことをしたのか理解した。
「我が騎士団の騎士たちはお前たちと行動を共にすることを嫌っているからか。いや、騎士たちなら自分たちの能力を疑うのかと怒り出しかねん。それで騎士団と兵団の間に溝ができることを嫌ったのだな」
グィードは小さく頭を下げることで肯定する。
我が騎士団の指揮官クラスは私の命令に従って餓狼兵団に対して差別的な行為は行わないが、トゥテラリィ教の教えを完全に忘れたわけではない。
それにヴォルフタールの戦いでは餓狼兵団が大きな戦果を挙げている。しかし、他の騎士団は大した戦果はなく、逆に略奪行為を行って、私の叱責を受けていた。そのことを快く思わない者が多いから配慮したのだろう。
「嫌な思いをさせたな……だが、この情報は助かった。すぐに作戦会議を開き、この情報を伝えねばならん」
「作戦会議の開催について申すことはありませんが、できますれば、我が兵団が情報を伝えたということは伏せていただきたいと思います」
彼の意図はすぐに分かった。
「分かった。定時報告が届かないから全滅の可能性が高いと伝えよう。だが、このことは記録に残し、必ず報いる。この情報のお陰で、敵の裏を掻けるかもしれんのだからな」
そう言うと、グィードは深く頭を下げた。
彼が出ていった後、主だった将を呼び出す。
「哨戒部隊からの定時報告がない。敵が近くにいて哨戒部隊を殲滅した可能性が高いと判断した」
私の言葉に最年長のオトフリート・マイズナー赤狼騎士団長が首を傾げる。
「貴殿はそう言うが、連絡が遅れているだけではないのか?」
マイズナーは私の元上官だ。神狼騎士団のトップである白狼騎士団長の座を私に奪われたと思っており、否定的な言動が多い。
「哨戒部隊が定時報告に遅れたことはないのだ。少なくとも敵がいることは間違いないだろう」
「だからと言って、王都にはマルクトホーフェン率いる三万の兵がいるのだぞ。それを無視してここまで軍を派遣するとは考えられん」
「現状では西からも情報が入ってこない。恐らくケッセルシュラガー侯爵の軍が街道を封鎖している。それに呼応する形でラウシェンバッハが軍を差し向けてもおかしくはない。いや、私なら確実にその手でいく」
私の軍略家としての名声は今回の作戦で高まっている。マイズナーは事実であった時のことを考えたのか、それ以上強く言ってこなかった。
しかし、身長二メートルを超える偉丈夫、イェンス・クライン黒狼騎士団長が首を傾げている。
「マルシャルク殿はケッセルシュラガー軍とラウシェンバッハ軍が我が軍を挟み撃ちにしようとしていると言いたいのか?」
既にその可能性があることは伝えてあるのにまだ理解していない。十二年前に敗死したリートミュラー黒狼騎士団長と同じく、戦略的な思考を苦手としている。
そのことに頭が痛くなるが、努めて冷静に指摘する。
「ラウシェンバッハの情報伝達能力は我々の常識を大きく超えている。それに王都に向かった軍が一万二千というのも早期にこちらに向かうために、あえて少数精鋭にしている可能性が高い……」
マルクトホーフェンからの使者の情報では、八日前の六月十六日にはラウシェンバッハ軍が王都の東五十キロメートルほどにまで進出していたとあった。
王都からここまでは百八十キロメートルほど。獣人族主体の軍なら充分に移動できる距離だ。
そのことを説明すると、将たちはようやく納得する。
「確かに我々を挟撃しようと軍を動かした可能性が高いということは理解した。それでどうされるつもりか」
私の盟友、ハンス・ユルゲン・ゲラート青狼騎士団長が確認してきた。
グィード・グラオベーアと共に信頼できる将だ。
「まず敵が二十キロ以内にいることはまず間違いない。餓狼兵団が五キロ以内の哨戒に当たっているから、奇襲を受ける可能性は低いが、夜襲の可能性があることも視野に入れておくべきだ」
ラウシェンバッハ軍の偵察能力ははっきり分かっていないが、あの情報収集能力を考えると、こちらの位置を掴んでいる可能性は高いだろう。
もっともラウシェンバッハもこちらに餓狼兵団がいることは理解しているから、兵の損耗を嫌う彼が夜襲のようなリスクの高い作戦を採る可能性は低いと思っている。
しかし、我が軍の将たちに危機感を持たせるため、あえて可能性に言及したのだ。
「確かにその通りだ。では、夜襲に備えるということだろうか」
「いや、ラウシェンバッハは思った以上に慎重な男だ。恐らくだが、街道上の有利な場所で待ち受けている。そして、奴なら我らの位置を把握しているだろうから、戦闘は明日の午後以降だと考えているはずだ。それを逆手に取る」
「逆手に取るということは、こちらから打って出るということか」
「いや、敵の思惑通りに進むように見せかけ、敵を引きずり出す」
「どういう意味だろうか?」
「敵は有利な地点に防御陣を築いているはずだ。そこに攻め掛かれば損害が馬鹿にならん。敗走する振りをして敵を防御陣から引きずり出す。ラウシェンバッハ軍の兵は王国騎士団とは比較にならないほど精鋭と聞くが、互角の条件なら我ら神狼騎士団の敵ではない」
「なるほど。敵を引きずり出して、叩き潰すのだな。マルシャルク殿らしい大胆な策だ」
好戦的な者が多いため、この策に乗り気になっている者が多い。
そんな中、グィードが手を上げた。
「グラオベーア団長、君は反対なのか?」
「いえ、閣下の策を用いて神狼騎士団が戦うのであれば勝利は間違いないと思います。ですが、敵は我が軍の輜重隊を狙ってくるのではないでしょうか? 我が兵団は輜重隊を守るため、敵の奇襲部隊に対応したいと考えます」
グィードの意見に将たちが満足げに頷く。
彼は将たちのプライドを刺激しつつ、最も危険な任務に志願してくれた。しかし、ラウシェンバッハと対決するのに、餓狼兵団抜きというのは考えられない。
「グラオベーア団長の意見には聞くべきところがあるが、輜重隊はここに残しておけばよい。敵は狭い街道で待ち受け、獣人たちを迂回させてくるはずだ。奇襲を仕掛けてきても問題ないと思うが、鬱陶しいことは間違いない。餓狼兵団が敵奇襲部隊を蹴散らせば、我ら騎士団は前面の敵だけに集中できる」
私の言葉に将たちが頷いている。
「それでは明日は予定通りに出発する。但し、輜重隊をここに置いていくことを敵に察知されてはならん。餓狼兵団は早朝より周辺の哨戒を強化せよ」
「はっ!」
グィードは短く返事をすると、頭を下げてから天幕を出ていく。
「マルシャルク殿は彼らを使うのが上手いな。獣人同士を噛み合わせ、我らが敵の首魁ラウシェンバッハを倒す。なかなかの策だ」
「勝利をものにするためだ」
クラインの言葉にそう言って曖昧に頷く。
(まだ認められんのか……この戦いを彼らの力で勝利に導けばよい。ラウシェンバッハを倒し、私の武勲が認められれば、彼らの評価を上げることは難しくないのだ……)
私は早めの夕食と就寝を命じ、明日の出撃に備えさせた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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