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第十五話「第三王子、戦闘準備を確認する」

100話に到達しました。

今後とも応援よろしくお願いします。

 統一暦一二一五年六月二十四日。

 グライフトゥルム王国中部ノイムル村西エンツィアンタール付近。第三王子ジークフリート


 レヒト法国の北方教会領軍との決戦の場、リンドウ谷(エンツィアンタール)に到着した。

 街道が通る平地は幅五十メートルほどの草原で、その左右は雑木林になっている緩やかな丘だ。


 草原部分には防護柵を設置し、丘は戦えるように木を伐採する。

 その作業が開始されたため、現場を見ようとマティアス卿に提案された。


 最前線となる草原部分では、防護柵が構築されつつあった。高さは三メートル以上あり、使っている木材も太く頑丈なものだ。


「意外に大きいのだな」


「ええ、王国兵や帝国兵が相手なら、ここまで大掛かりでなくてもよいのですが、法国兵は身体強化が使える者が多いですから、通常の普人族相手の柵では飛び越えられる可能性があるのです」


「なるほど」


「と言っても、この防護柵はカモフラージュです。これだけの用意をしているということは山岳地帯に入ったところでの戦闘を想定しており、戻ってくるとは思っていなかったとマルシャルク団長に思わせたいからです」


「狭い街道での戦いを想定し、少数精鋭で進軍してきたと思わせたいということか……」


「その通りです。以前私が流した情報と照らし合わせて考えると、それまで迷っていたのに霧が晴れたように辻褄が合ったと思うはずです。これで我々がケッセルシュラガー軍と挟み撃ちをすべく、少数で急行したと考えやすくなります」


 相手の心理を読むマティアス卿に感心することしかできない。


 防護柵の設置作業ではディートリヒ・フォン・ラムザウアー男爵が陣頭指揮を執っている。

 私たちが近づくと、ディートリヒ卿を含め、兵士たちが片膝を突く。


「そのまま続けてくれ」


 私がそう言うと、ディートリヒ卿が立ち上がった。


「殿下もこうおっしゃっておられる。作業を再開せよ!」


 その言葉ですぐに再開された。


「見事なものだな。エッフェンベルク騎士団にも戦闘工兵がいるのだろうか?」


 私の問いにディートリヒ卿が答える。


「我が騎士団には専門の工兵はおりませんが、元々防御戦を得意としておりますから、こういった作業は得意ですし、訓練も欠かしておりません」


「なるほど。さすがは名門エッフェンベルク騎士団だな。武名の高い長槍兵がこの柵を使って守りを固め、最強の弓兵と言われるエッフェンベルク長弓兵が後ろから射かければ、どれほどの敵でも恐れることはない。ランダル河での活躍の再現を期待している」


 私の言葉が聞こえたのか、兵たちが顔をほころばせている。


「今回は攻勢を仕掛ける作戦だが、守りを得意とするエッフェンベルク騎士団をどう使うのかと気になっていた。こういった使い方なら、存分に力を発揮できるということか」


「それぞれの部隊の特性を生かすことも参謀の務めです。ですが、策を生かすも殺すも実際に戦う者たち次第です。幸い、ラザファムもディートリヒも優秀な指揮官ですし、エッフェンベルクの兵士は昔から優秀ですから、存分に力を発揮してくれるでしょう」


 エッフェンベルク騎士団から離れ、左翼側、南側の斜面に向かう。

 既に多くの獣人が斧や鎌を使って雑木林の広葉樹や灌木、生い茂る雑草などを伐採していた。まだ作業中であるため、少し登っただけで足を止める。


「こちらにはラウシェンバッハ騎士団の第一連隊とエッフェンベルク騎士団の長弓兵が配置されます」


 ラウシェンバッハ騎士団の兵士は複合弓を使う弓兵でもあるため、強力な射撃部隊が配置されるということだ。


「なるほど。法国軍の兵士は盾を左手に持っているから、敵の右翼側に弓兵を集めたのだな」


 これは軍事の常識として学んだことだ。


「その通りですが、思惑は別です」


 マティアス卿の言葉の意味が分からない。


「どういうことだろうか?」


「常識通りに弓兵を左翼側に配置していれば、慌てて防御陣を構築したため、正攻法でしかできなかったと思うはずです。それに兵の数が想定通りなら、後方撹乱部隊がいる可能性は考えるかもしれませんが、大規模な伏兵がいるとは考えないでしょう」


「これも敵将の心を攻めるという奴か……自分の至らなさが嫌になるな」


 さっき言われたばかりなのに、常識に囚われたことに落ち込む。


「すべてを殿下が考える必要はないのです。そのために私やイリス、ラザファムたちがいるのですから。大事なことはきちんと理解することです。そのためには気になったことは必ず確認する。これが大事だと思います」


 マティアス卿がフォローしてくれた。

 獣人たちにも声を掛ける。


「大変な作業だと思うが、よろしく頼む」


「昔のことを思えば、全然大変じゃありません。斧もいい物ですし、何より仲間がいますから」


 四十歳くらいの犬人族の兵士が斧を振りながら答えてくれた。


 左翼側の視察を終え、右翼側に向かう。

 左翼側より作業が進んでいるため、丘の頂点まで登っていく。


「ハアハア……なかなか歩きにくいですね……」


 大した傾斜ではなく、移動距離も短いが、足場が悪いことから、マティアス卿の息が上がっていた。


「右翼側は第二連隊と第三連隊か……第二連隊には弓を持たせないのだな」


 王都での戦いではラウシェンバッハ騎士団の第二連隊も複合弓を使っていたが、左翼側と違い、弓矢が運び込まれていない。

 マティアス卿も息が整ったのか、私の独り言に答えてくれた。


「こちらの方が与しやすいと思って攻撃してくれれば、防御力の高い第三連隊が拘束し、攻撃力の高い第二連隊がその側面から攻撃します。我が騎士団は足場が悪い地形での戦闘訓練を行っていますが、神狼騎士団は城塞攻略を主眼に置いていますから、こう言った地形は想定していないでしょう」


 北方教会領軍の主力、神狼騎士団はヴェストエッケ城攻略を悲願としており、それを目指して訓練をしている。そのため、城壁の登攀や狭い城壁上での戦闘は想定しているが、切り株が多く残り、草が生い茂る地での戦いは初めてだろう。


「唯一の懸念は餓狼兵団ですが、神狼騎士団の将たちは彼らばかりに活躍されることを嫌い、後方に置くか、側面の防御に回すでしょうね」


「ヴォルフタール渓谷では餓狼兵団が大活躍したが、その後に大きな戦いはない。だから自分たちが活躍したいと前線に出てくるということか」


 敵の心理を読み、どのような配置になるかを想定した上で、最も有利な体制で迎え撃つ。

 さすがは千里眼(アルヴィスンハイト)だと感心していた。


「マルシャルク団長らがどのような手を打ってくるかは分かりませんが、あとは指揮官であるラザファムたちに任せれば問題ないでしょう」


 マティアス卿は戦場となる平地を見下ろしながら笑みを浮かべていた。


 視察を終え、総司令部に戻る。


「ヴァイスカッツェ連隊長から敵哨戒部隊を一騎残らず殲滅したという報告が入りました」


 参謀からの報告を聞き、マティアス卿は満足そうに頷く。


「ミリィに見事だったと伝えておいて。明日も大変だけどよろしく頼むとも」


 明日は移動しづらい雑木林の中で敵斥候隊の排除という面倒な仕事があるが、ミリィ・ヴァイスカッツェ連隊長にマティアス卿の今の言葉が伝われば、第四連隊の士気は大いに上がるはずだ。


 ラザファム卿がマティアス卿に声を掛ける。


「防御陣の構築も殿下とお前のお陰で今日中に終わりそうだ。明日に向けてゆっくり休んでくれ」


「私は何もしていないよ。まあ、夕食が終わったら、ゆっくり休ませてもらうけどね」


 今日の夕食はノイムル村から運ばれるため、野営とは思えないほど豪華だ。

 香辛料が効き、たっぷりと肉と野菜が入ったスープと、柔らかいパンが兵たちに配られる。普段なら乾燥野菜と干し肉が入っただけのスープと堅パンなので、ごちそうと言えるだろう。


「ハルトの故郷だから村長が頑張ってくれたようですね」


 そう言っているが、マティアス卿が手配したのではないかと思っている。

 はっきり言わないのは兵たちの士気を緩めないためだ。ノイムル村が自主的に提供したということにして、司令部は関与していないという姿勢を取っているのだろう。


「明日は決戦ですから今日はゆっくりと休みましょう」


 それだけ言うと、マティアス卿は自分の天幕に入っていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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