怪異の正体に関してのいくつかの報告
皆さん、本日はエス博士のことについて、お話ししたいと思います。
エス博士とは何者なのか、そして彼に何が起こったのか、もちろんご存知の方も多いと思いますが、今一度、彼を惜しむためにも、もう一度だけ説明をさせてください。
エス博士は、怪談研究の第一人者であり、日本のみならず世界中の怖い噂、要するに怪談を個人的に収集し、その成果については、おもに動画サイトでの報告をしていました。
そんな彼が「驚くべき発見を語る」と題したライブ配信を行ったのは、6月のある夜のことでした。
彼は、長年の研究によって、幽霊の正体を明らかにしたとおっしゃったのです。
例えば、川や海に引きずり込もうとする青白い手の正体は何者なのか。なぜ夏場に幽霊が多く、冬場には少ないのか。タクシーに乗った乗客がいつのまにか消えた時、シートが水で濡れていたのはなぜか。これらの現象を結びつけ、一つの結論にたどり着いたとおっしゃったのです。
ついに彼の研究が花開く時が来たのだと私はかたずをのんで、動画を見ていました。
しかし、この動画は衝撃的な終わり方をいたしました。エス博士の研究結果の結論を語ろうとした、つまり怪異の正体を語ろうとしたまさにその瞬間です、突然彼の声が途絶えました。
代わりに、まるで貯めた水を抜くような、配管の中を流れる水のような、ゴボゴボという音が聞こえ始めたのです。
その音が流れ始めたと同時に、エス博士は目を見開き、喉を抑えました。口をパクパクと開け、まるで、水槽に入れられた酸欠の金魚のような姿が流れ続けました。それはとてもつらい。見ているだけで息苦しさを感じる映像でした。
やがて博士は倒れ、配信は途絶えました。倒れたときに、何か配信の機材を壊してしまったのかもしれません。
それ以来、博士が新たな配信を行うことはありません。彼の行方は不明です。そもそも、動画の投稿以外での博士を知るものなど、私を含めて誰もいませんでした。
はたして、博士が語ろうとした幽霊の正体とは一体何だったのか。
私は、エス博士に及ばずながらも研究者を名乗る一人です。そんな私なりに、エス博士が発表しようとした、その正体について考えてみました。エス博士が最後に示した怪談の共通点、それは「水」です。夏場の湿気、川や海、濡れたタクシーシート。全ては「水」に関連しています。博士が伝えたかったのは、幽霊の正体は「水」そのものであるということではないでしょうか。
もちろん疑問は残ります。水が原因だとして、なぜ水はエス博士を襲ったのでしょうか。
ここで一つ、皆さんにお伝えしておきたいことがございます。
それは、水とは念のこもる存在であるということです、感謝の気持ちを込めて水に話しかけると、水の味が変わるという話を聞いたことがあるかもしれません。
では、悪意や憎しみの念がこもった水はどうなるのでしょうか。博士が気づいた幽霊の正体とは、まさにその悪意ある水という存在だったのではないでしょうか。
博士は、研究の結果から、悪意ある水の存在が幽霊の正体であることを気づき、さらにその正体を暴こうとしたために襲われたのでしょう。水は、自分たちの存在が人々に知られることを秘密にしておきたいのです。だからこそ、エス博士を襲い、彼の研究発表を止めたのです。
私の話を、荒唐無稽な妄想だと思いましたか。そうお考えになることも理解しています。
しかし、この話は真実なのです。その証拠もございます。
実は、私もこの調査を始めてから、奇妙な体験をするようになりました。
夜中に水滴の音が聞こえたり、部屋の湿度が異常に高くなったり。最初は気のせいかと思っていましたが、ある日、寝ている間に突然呼吸ができなくなりました。私がハッと目を覚ますと、部屋中の壁や家具に水滴が浮かび、まるで水が私に向かって虫のように這って向かってきているかのようでした。
恐怖のあまり、その日は寝なおすことなどできず、声も出せずにただ震えていました。
この話を知った以上、皆さんも同じ目に遭うかもしれません。次にあなたが水音を聞いたとき、それはもう逃れられない合図かもしれません。気をつけてください。世の中の至る所に存在する「水」が、あなたに襲いかかる日が来るかもしれないのです。