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熊蔵 冬の恋




   熊蔵 冬の恋



ちよのことを、だれかに相談しなくてはと、ずうっと思っていた。自分の中では、決めたことで迷いはないが、一種の形を作らなくてはいけない。

 どんなふうに見られるのだろうと、そのとき初めて考えて、踏ん切りがつかなかった。でもずるずるして、ちよに迷惑を掛けるわけにはいかない。

 平左衛門に声をかけて見ることにした。

 兵助のところの長くいる奉公人だった。商家でいえば、番頭にあたるだろう。もう四十近くになるが、独身で温厚な人柄だった。ただズバッと厳しいことを言ったりする。噂では、先々代の隠し子ではないかと言われていた。

 兵助はそんなことを気にもしていないだろう。気付かないかもしれない。意外と当事者には噂が届かないことがある。反対に言えば、自分も噂の対象になっている可能性もあるということだった 。自分はいいが、ちよを傷つけてはいけない。

 日が暮れるころ出かけて行って、

「相談があるのですが」

と、切り出してみた。

 ちよと付き合って、子も身ごもったと話をした。


「熊さんもなかなかやるな」

と、からかい気味だったが、さてこの後どうするか、と思案顔になった。

「熊さんが考えているように簡単には済まないな。おちよに恥をかかせるわけにはいかないからな」

 平さんはそう宣告した。

「オヤジには俺から話すとして、善は急げか、ちょっと待っててくれ」

と言って、母屋の中に入って行った。

しばらくして、平さんが戻ってきて、

「オヤジは、おちよさんを連れて一緒に来るようにと言っているよ」

 兵助はどうしようとするのだろうか。

もたもたしてもいられないので、

「へい」

と返事をして、そのまま勘助の家に急いだ。


 話を伝えると、ちよは、顔つきが引き締まったが、出かける支度を始めた。

 冬の日は短く、もうとっぷりと夜の陰が広がっている。

「母さん、ちょっと出てくるから」

と断って、ちよは提灯に火を入れた。

 ちよは何か覚悟をしているのか、堅い表情のまま黙っていた。


 兵助の家に着くと、手前の座敷に通された。

「話は平左衛門から聞いたが、所帯を持つということで間違いないな」

勝手の方から出てきて座ると、そう兵助は訊いて、二人を見つめた。

 熊蔵はうなづき、ちよは小さな声で、

「はい」と答えた。

 二人でどうしようかという話は何度かしていた。ただ、踏ん切りがつかなくて、現状を大きく変える案は出てこなかった。ちよは、勘助を迎えるときはまだ小さくて、具体的な手続きはわからなかった。それに、もよが出て行ってしまって、近所付き合いも少し、遠慮がちではあった。

 世間体を気にするというか、気が引けるような、おっかなびっくりな態度に家族がなってしまっていた。

「まず」

 と一呼吸、兵助は入れた。

「結婚は二人だけで決まるものではない。それに子は村の財産だ。熊蔵は父親が亡くなってから天涯孤独で、家の体をなしていない。

 が、だ。熊蔵は養子にいくわけではない。勘助は養子だが、立派な一家の主だ。わかるな」

 兵助は、二人を代り番に眺め、諭すように話した。

「私が熊蔵の親代わりになろう。まあ、仲人親ということだが。勘助に縁組の了承を得て、結納、式と。当然華美にはならない、形だけといってもいいかもしれないが、しっかりとやっていこう」


「お願いします」

「ありがとうございます」

 熊蔵とちよは同時に答えてしまい、顔を見合わせた。

 ちよは緊張が解けたようだ。いつもの笑顔になっている。二人で悩んでいた問題も解決してしまった。

 ちよが熊蔵のあばら家へやって来るのだ。二人で暮らせるように家の手入れも始めなくてはいけない。やらなくてはいけないことが一杯で、熊蔵は興奮した。


 外へ出ると、熊蔵が提灯を下げ、ちよは癖になっていたように、熊蔵の袖をつかんだ。雪がちらちら、と落ちてきた。風がないので、ゆっくりと舞っている。

「幸せになろうな」

 熊蔵は前に向かって言った。

 ちよは袖を何度か引いた。それが返事の合図なのだろう。そして顔が袖に近づいた。


 道は少し下っていてちよの家の手前で上りにかかる。そのまま左に折れて階段を上がれば、山王さんになる。そのきわにちよの家はある。通りの両側には家が並んでいて、灯も洩れるから真っ暗というほどでもないが、歩くのには用心しなくてはならなかった。

 そのころには、うっすらと雪が積もり階段を白くしていた。静かで、すっかり闇の中に入ったように感じた。

 入口まで送り届け、戻るつもりで振り向くとちよが胸に飛び込んできた。

 慌てて、提灯を落として抱きとめた。

 火が消えて、しばらく抱き合っていた。目をつぶると、ちよの温もりが余計感じられた。気が遠くなるようで、もたれ合っていたが、そのままだと倒れそうになって、腕を緩めた。

 接吻をして、別れた。

ちよは何も言わなかった。


 確かにちよは変化していた。明るさは変わらないが、少し控えめで、しとやかになった。

 少女から若い女に。そのちよに子ができる。改めて熊蔵は、責任を自覚せざるを得なかった。

 正月まであともう幾晩かで、寒さも厳しくなっていた。

 戻ると、囲炉裏いろりの火をおこし湯を沸かした。

 先立つものは確かにないが、これから精一杯頑張ってみよう。なんとかやってみせるよ、おやじ。

 ありがとうよ、おやじ。兵助さんも手助けをしてくれるのだって、おやじがいたからなんだよな。みんなのおかげだ。大切にして、感謝しなくちゃいけないな、おやじ。

 白湯を飲んで、煎餅布団にもぐりこんだ。隙間風は入ってくるが、幸い雨漏りはしていなかった。明日から掃除方々修理も始めよう。あれこれ考えているうち眠り込んだようだった。



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