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自害

 



  一



 田植えが終わってしばらくしたころのことだった。

 熊蔵は、兵助のせがれ常吉と川のほうへ歩いて行った。

 常吉は、どういうわけか熊蔵を気に入って、弟分のように接していた。兵助は熊蔵の上役だから家に顔を出すと、時間があれば寄ってきて話をしながら、そのまま付いて来たりした。


 川はざわざわと流れ、堰の下でごおっと響いている。魚が赤い腹を光らせて泳いでいった。

 小川のほうに子供たちが集まって、えびでも取っているのか時々歓声が聞こえる。

 こんなにのんびりしたのは久しぶりだ。

 ただ千代のことが思い浮かぶと胸がどきっとする。

 常吉も思いにふけっているようで何も喋らない。


「一休みだな」と呟いた。

「なんだかほっとするね」と常助は答えた。

 そして小石を拾って川に投げた。

 駆け出したい気分だった。



 翌日午前、早飛脚で書状が届いた。

 下鶴間地頭、都筑氏からのもので、村役人兵助への依頼であった。


 下鶴間村名主、嘉右衛門宅で妻が自害したので事情を取り調べ報告としてほしい、という内容だった。

 用人が多忙で来村できず、急を要するのですぐ取り掛かるよう付け加えられていた。

 兵助が見込まれたらしい。

 常助が迎えに来て、熊蔵に付いていくように伝えた。

 名主の家の問題でなければ、当然その村の役人が調べることになるが、当事者であるので憚れたと思われた。嫌な感じがしたので断りたかったが急ぐことでもあり、辞退できそうもなかったので引き受けることにした、と兵助は説明した。


 近年とくに地頭は領主経営に不熱心になっている。幕府のお触れでさえ洩れることもあり、近在の村から知らされたりした。もちろん知らなかったということで許されるわけではなく、不利益をこうむるのは村民だった。   

 下鶴間村は北隣の村で都筑氏と江原氏の二百石ずつの相給支配となっていた。正確に言えば幕府の直轄地として残されていた九石五升が松平氏に与えられていたが、集落は大きく分けて北が公所、南が目黒(山谷、宿)となっていて、別村の如しといわれている。

 嘉右衛門の住む「宿」は名の通り大山道の宿場町で旅籠が立ち並び、東海道の脇往還として継立村になっていた。また市が立っていたときもあり手広く商いをする者もいて、公所や熊蔵の村とは違った気風が育ってもいた。

 午後、兵助は玄運に同行を頼み、熊蔵を連れて下鶴間村に向かった。

 急ぐと少し汗ばむような暖かい日だった。

 嘉右衛門の屋敷は立派な門を持ち、広く高い板塀に包まれている。半開きの戸を入ると良く手入れされた庭が見えた。もともと「宿」の家並みは間口は狭いが奥行きのある敷地を持っている。門前で熊蔵は風聞を調べるよう命じられた。


 兵助たちは、事情を述べると座敷に案内された。畳敷きで真新しい建具と品のいい調度が揃っている。

 さっそく嘉右衛門が現れ、挨拶をした。痩せぎすだが骨格のしっかりした顎の大きい、五十位の温和そうな人物だった。ただ事件の衝撃か顔を暗くしている。

 妻の志のが一昨日の昼過ぎに倉で首を吊っていたという。

「詳しい話は後で聞くとして遺骸はどちらにありますか」

 できるだけ兵助は事務的に言った。

「ご検分があるとは承知していましたが、そのままにしておくには忍びず、運び出して仏間に安置しております」

「お悲しみのところ申し訳ないが、こちらの玄運は医師ですので、ご案内いただいて見分させていただきたいのですが」

「どうぞ」と、嘉右衛門は立ち上り廊下を通って奥の部屋に案内した。

 仏壇の前に布団が敷かれ顔に白布を掛けられた遺体が置かれていた。

 兵助は枕もとで合掌し、一通り検分すると、

「ここは医者に任せて現場を見せていただけますか」

 と言った。

 嘉右衛門は頷くと土間まで戻り裏の倉に案内した。勝手口を通り、かなり広い裏庭を右手に見て進んだ。左手は開けていて長屋風の小屋や物置などの小屋がある。木戸を抜けると小道が三方に続いている。右手にしっかりとした土蔵が見えた。

 錠を外して戸を開くと、正面の上方に明かり取りがあった。書類を入れてあるのか行李が整然と左右の棚に積まれている。奥に二階に上がれる梯子があって、真中に太い梁が渡っていた。そこに紐を張って首を括っていたという。

 梯子を上り梁に紐を渡し、きつく端を縛って首を入れ飛び込んだというのだろうか。

 それとも踏み台でもあって、それに上り足を外したのだろうか。兵助は梯子を上って階上と梁を見て戻った。

「使った紐はどれですか。それに踏み台でも残っていましたか」

「紐は腰紐を持ち出し二本は梁に掛け、一本で着物の裾を結んでいました。踏み台はいつもここに置いてありました」

「遺書はありましたか」

「見つかっていません」

「分かりました。ここはこれでいいでしょう。ではお話をお聞きします」


 部屋に戻ると玄運がいたので引きとってもらった。

「お手数掛けました。帰ってから報告を聞かせてください」

 と兵助は伝えた。

 玄運が引き上げると嘉右衛門は話し始めた。

 どう話すか考えていたような感じだった。

「当日私は寄り合いがあって朝から出かけていました。八つ半ごろ家人の弥七が駆けつけまして、すぐ戻りました。発見したのは下女のお菊でした。昼食にも出ないのでおかしいと思っていたようでしたが、一段落したので探すのでもなく、見て回ったそうです。すると文庫倉が少し開いていたので不審に思って覗くと志のが死んでいたそうです。それですぐ私に知らせに走りました」

 そのとき女が茶を運んで来た。

「どうぞ」と茶を勧めて、嘉右衛門は話を続けた。

「すぐ自害だとは見て取れましたが、自分が村役人なのでどうしたらいいか迷いましたすえ、あまりに不憫に思い吊るされていた遺体を降ろしました。それからすぐ地頭様にお知らせした次第です」

「原因の心当たりは」

「心身の不調を気にしてだと思われます」

 嘉右衛門は落ち着いていて、しんみりした調子で話した。ここで立ち入ったことを聞くのを兵助は断念した。

「心中お察しいたします。地頭様にご報告しなくてはなりませんので、お調べは続けさせていただきますが、まずは葬儀を済まされるのがよろしいかと思います。ご家族ご家人から事情を聞くことになりますので名を控えておいてください。それに外へ出るものがいたら届けてください。今日はどうも失礼いたしました」

「かたじけなく存じます」

 そう言うと、深々と頭を下げた。


 門まで見送られて通りに出たが、しばらく行って立ち止まった。

 熊蔵が脇から出てきた。

「どうも奥方は気が触れていたようですね」

 熊蔵は楽しそうに言った。

 何か気配を感じたので辺りに目をやり、兵助は歩き出した。

 熊蔵はついて来る。定使い(小歩き)は田畑二反、二反を持つ名請け人だった。村役人の下使いをして世襲だったが屋敷地はなく役人宅などに住んでいた。ただ時代が降って地頭から四俵の扶持をもらう下役になって家を持つようになっている。先代の熊蔵は早くに妻を亡くし男手一つで熊蔵を育てた。熊蔵は小さいころから物怖じしない人懐こい子で、親父が寝込んだので十七、八からこの役をしていた。

「それで、どこでネタを仕込んできた」

 山王社の先に出て人家もまばらになった所で兵助は尋ねた。

「へい、同業でも江原の殿様の方へ聞きに行きました」

 確かに嘉右衛門に仕えている身では話しにくかろう。

「あの家の評判はあまり良くないようです。たぶん金を溜め込んでるせいでしょう。やっかみというやつで、それで奴も喋りだすことになる」

 早足で歩いているので込み入った話はできない。

 噂を聞いているのだ。

「何でそんなに儲けてるのだ」

「なんでも山を集めているらしいですね。もともとは田畑を奉公人に耕させて、増やした土地を貸して小作にしているようですが、儲けで山林を買い始めたといいます。材を刈ることもそうですが、焼いて炭にして売るのだそうです」

 地頭と話がつけば、うまい商いになりそうな気はする。

「名主は座っているだけですが、差配のものが二人いてそれが威張っているということです。今はちょうど時期で雇いの木挽きや炭焼きが荷を運んできて忙しそうですよ」

 荷も人も見かけなかったから荷を出し入れする横口があるのかもしれないな、と兵助は思った。

「嫁さんは恩田村からやって来てやはり名主の娘だそうです。子は男が一人に女が二人で、上の娘は江原様の村役の倅に去年嫁いだようです」

 それで避けたかな、と兵助は思った。

 詳しい事情は知らなくても地頭は相給の村役人を使わなかった。差し障りがあると思って隣村の村役人に依頼した。江戸で言う株仲間のような横の連帯があるのかもしれない。

「それでその嫁さんですが、どうもおかしいという噂が出始めたのは去年の春頃だったそうです。普段は変わりないんですが、突然ものに憑かれたようになるようです。近所の葬式に出たとき気が触れたように叫びだし、異様な声で話してから気を失ったといいます。それからは外に出ることはなくなったのですが、出入りする者が洩らすことによれば収まってはいなかった、ということのようです」


 一通り話し終えたと見えて熊蔵は黙った。兵助は頷いて聞いていただけで口を挟まなかった。しばらく無言で歩いた。家はもうすぐだった。

 これが殺しとでもいうなら内部の詳細を是が非でも探らなければならないが、自害なら深くえぐり出す必要もないように思えた。そうしてくれと暗に嘉右衛門は言っている様にも感じられた。

「一緒に来てくれ」

と兵助は言って、玄運の所に寄り、呼び出して外で話を聞いた。

「縊死です。首に太くない紐の痕のようなあざが残っているだけで他に外傷はありません」

「他殺の線はないかな」

「ほとんど考えられないですね。ただ叫び声を聞いたり抵抗した跡があれば無理やりということにもなるが、それでも争えば手や顔に傷がつくはずです。新しい傷や打撲はありませんでした」

 着物の裾を紐で結んだのも、たしなみなのだろう。

 ただ踏み台の上で裾を紐で結ぶのも簡単ではない。自害をしたのは確かなのだろうが手助けをした者がいたのかもしれない。切腹でも介添え人はいる。罪になるわけではないが、もし自害の意思がないとすればどうなるのだろう。書状を見たとき嫌な予感がしたのはこういうことなのだ。事実を明らかにしても碌なことにならない。

 玄運に礼を言って書類にするよう頼んだ。

「どう思う」

 熊蔵に訊いてみた。

「何かに憑かれて突発的に自害を図った、ということなんでしょうね」

 急に元気を無くしたように熊蔵は答えた。

「葬式の様子を見に行っておいてくれ。書類を作るのはその後だ。今日はご苦労様、戻ってくれ」


 兵助は最初から気が重かった。勢いをつけて出かけたが余計気が重くなっていた。形だけのことなのだ、と思い込もうとするのだけれど得心しなかった。そのとき次第だ、と覚悟を決め、それで考えるのを止めた。




   二



 翌日、嘉右衛門から名簿が届いたが一目見て放って置いた。三、四日して熊蔵が来た。葬式が終わったらしい。

「それでどうだった?」

「盛大なものでしたよ。どこから人が集まるのだろうというぐらいでした。坊さんも何人いたのやら」

 熊蔵は素直というのだろうか、しきりに感心していたが、とぼけたところもあり、冗談めかすが曲がったことは嫌いだった。

「徳兵衛さんはじめ村からもけっこう出向いて来ていましたね。一通り見て回ってから方々、聞き歩いてきましたが、これという話はでてきませんね。気を病んで自害したということは皆言いますが家族の仲は良かったようです。あんな大尽でも、悩みがあったのかという感じですね」

 周りでは深く悲しむということもないだろう。

 ひそひそと自害らしいよ、と他人事で囁きあうだけだ。可哀相に勿体無いと、遠くから言葉を投げかけるのだ。なにか因縁があると判じる者もいるだろう。

「奉公人に話は聞けたかな」

「出入りしている人足と話しましたが、屋敷の方には近づけないようですね。家族の顔を見ることはないと言ってました」

「番頭のようなものが二人いるんだな」

 兵助は改めて届けられた名簿を見た。片右衛門と源之助とある。

「一人が田畑の差配で、もう一人が山の方みたいですね。もともと百姓で家から通っています。その下に手代のような奉公人が二、三人いて、倅は体が弱く外の仕事はしていないようです」

 屋敷にいる奉公人は男が八人、女が五人と記されている。奥の女中はお菊、お春とお仲。あとの二人は若く手伝いのようだ。

「嘉右衛門に浮いた噂はないのかい」

「それは聞きません。滅法堅い人で嫁さんは大事にしていたといいます」

 そんな感じではあったな、と徳治は思い出していた。辛そうにしていた。志のは四十一、まだまだ先はあったのだ。

「明日四つから取調べをすると伝えて、近くの寺を借りておいてくれ。最初はお菊、次は弥七、それから片右衛門。午後の分は追って知らせると。おれが筆記するからお前が調べてみろ。名と年、仕事の内容と当日の行動、それに気付いたことを訊けばいい。できるだけ丁寧にな。おれも気になることは口を挟む。分かったな」




  三



 寺は本堂脇の一部屋を借りた。書付ける台もあってちょうどよかった。

 三人は本堂で待っていた。まずお菊を呼んでもらった。

「菊と申します。年は二十八、下女でございます。あの日はお春さんと昼の支度を終え、お高とお峰に畑へ運ばせました。若旦那の膳を下げましたが女将さんの膳がそのままで、部屋にもいないので、どうしたのかと思いながら台所に戻りました」 

「膳を運んだ時には女将さんはいたのですか」と、熊蔵は訊いた。

 お菊は小紋に丸髷をを結って百姓の下女には見えなかった。先日茶を持ってきた女とは違った。

「それが、だんな様を送り出してから具合いが悪いとおっしゃって休んでおられたので、声は掛けましたが返事はありませんでした」

「勝手で食事をしたのは誰ですか」

「お嬢様とお仲さんに私とお春さんです。それに弥七さんが後から来ました」

「それでは屋敷にいたのは家族三人とあなた方四人になりますか」

「あの日は荷を捌くのに忙しくて皆、向かいの作業場の方に行ったきりでした。それで食事を運ばせたのです」

「それではその後のことを聞かせたください」

「もう一度女将さんのところに行きました。膳がそのままでしたので声を掛けて、奥に進むと床も片付けられていて誰もいませんでした。前には床が敷かれていたのに、おかしいなと思いながら膳を下げてお勝手に戻りました。お春さんにそのことを話したのですが、

 放っておきなさいと言われて。というのも女将さんは気が立って大声を上げたりすることがあるので、そのときは声を掛けず見ないようにしろと言われていたからなのです。

 それでも気になって一人で屋敷を見て回りました。若だんなとお嬢様にお聞きしましたが知らないと言うことでしたので外に出てみました。裏のあの倉の前を通ったとき錠が外れているのに気付きました。何でこんな所にと思って、女将さんと呼びながら戸を開くと正面に首を吊っている姿が見えました。たぶん叫び声を上げたと思いますが立っていられなくて腰から崩れてしまいました。

 一瞬だと思いますが動けなくなってぼうっと眺めていました」

「そのとき女将は動いていたかい」

「後ろから光があたって陰になっていましたので詳しい表情はわかりませんが、体は揺れていませんでした。事切れていると思いました」

「では続けて」

「弥七さんが駆けつけて来て倉の外へ引きずリ出されました。そのときになって正気付いたようで、大変なことが起きたと思いました。そのあとお春さんとお仲ちゃんが来て、それから弥七さんが旦那様に知らせに行くから倉の前にいて中には人を入れないように、といって出かけていきました」

「弥七とお仲はそれまでなにをしていたんだい」

「弥七さんは庭木の手入れをしていて、お仲ちゃんはお嬢さんのお相手です」

「若だんなの具合はどうなんだい」

「もうお医者様にも掛からずに、良くなってきてご本を読んでいらしゃいますが激しく動くのは無理なご様子です」

「なるほど」

 と言って、熊蔵は兵助に振り向いた。

 口を挟まなかったから何か他にという感じだった。

 お菊は勝気だが正直そうな気がした。嘘はついていないだろう。

「午後からお春とお仲を呼んでおいてくれ。下がっていいよ」

 と兵助は言って口述の認めだけもらった。


 次は弥七だった。

「年は五十三、下男です。あの日は主人のお供で松葉屋さんまで参りました。帰りは夕方だと言うので、近くですので一旦屋敷に戻りました。やりかけだった庭の手入れをしていると、女の悲鳴が聞こえたので裏へ回りました。すると倉の戸が開いているので駆け寄るとお菊さんが腰を抜かして指を差していました。その正面に奥さんの首吊り姿が見えました。それで驚いてお菊さんを外にだすと主人を迎いに行きました」

「悲鳴を聞いたのはいつごろでした」

 熊蔵が訊いた。熊蔵を真中に奥に兵助、手前に平左衛門が座っている。

 平左衛門は、兵助の家の古くからの奉公人だった。商家でいえば番頭みたいな者だ。

「八つの鐘を聞いてしばらくしてからでした」

「それまで誰かに会いましたか」

「四つ過ぎに戻って、九つの少し前に昼飯を食べました。そのときはお春さんに給仕をしてもらいました。その後も庭にいましたので誰か見かけたとしても話はしませんでした。ただ、若が縁側に出てきたので挨拶をしました」

「その若様は何していたのかな」

「たぶん厠でしょう。すぐ戻ってきましたから」

「お志のは見かけなかったのだな」

 兵助が言った。

 急に兵助が口を開いたので、弥七は驚いたように兵助を見たが、

「気がつきませんでした」

 と答えた。

 倅は嘉介といって二十一になる。最後には倅や下の娘、お仙にも話を聞かなければならないだろう。

 ただ一人ずつ呼び出すというわけにはいかない。村役人の家族だし遺族だからだ。

「お菊を外に出してから中で何をしていたのですか」

 と熊蔵が言った。

 弥七は俯いて黙っていたが思い出そうとしているようにも見えた。

「死んでいるのを確認しました。それもぶら下がっている奥さんが苦しんだ顔をしていなかったからです。生きているように思えたのですが、でももう冷たくなって呼びかけても返事はありませんでした。そのとき裾の紐が解けたので結び直しました」

「奥さんはどんな人でした」

「それは優しくて私どもにも声を掛け親切にしてくれました。奥さんを悪く言う人はいません」

 兵助は口述の筆記を読み上げ確認して爪印をもらった。


 片右衛門はがっしりした体で髭の濃そうな四角い顔をした男だった。

「三十七歳、百姓です。名主さんの所の山林を管理しています。当日は朝、屋敷に出向き

 ご挨拶をしてからすぐ作業場に行き人足の監督をしておりました。以後屋敷に立ち寄ることもなく戻ったときに奥様の死亡を知りました。他には何も申しあげることはありません」

 切り口上に言うと、黙って熊蔵と兵助を見た。

「知っての通りご地頭の依頼により本件の取調べをしている。知っていることがあったら隠さずに述べてもらいたい。最後にお志のを見たのはいつだったかな」

 兵助が質問することにした。

 ただ協力がなければ聞き出すことができない。

「五つには出向きましたので、そのときお会いしました」

「様子はどうだった」

「変わりなくしておられでした」

「近ごろ様子が変だったという話があるがそれについてはどう思う」

「その噂は聞くことがあります」

 と言って片右衛門は息を詰めた。

「ただその詮議は私どもの任ではなく、与えられた仕事をするだけだと考えています」

 当然の答えだとも思えた。ただそれでは内実が見えてこない。こちらの線からは無理だと思えた。ただ源之助も呼ばなくてはならない。そのことを告げて下がってもらった。


 弁当を取り出して三人で食べた。寺から茶をもらった。

「まったく嫌な野郎ですね。睨んでいましたよ。あの顔で人足を怒鳴り散らすと言いますよ」

 熊蔵が息巻いていた。ただ兵助もその任ではなかった。

 平左衛門が熊蔵を宥めていたが、

「ただ妙に奥さんは浮いていますね」

 と言い出した。

「腫れ物に触るような扱いだし、本気に心配している人が見えてきませんね。見張りではないけれど誰か見てる人を付けませんか」

「言うことを聞かなくなるんじゃないですか。酒乱と同じですよ」

 と熊蔵が答える。

「そうかなあ。近づかなくても遠くで見てる人ですよ」

「たとえば、前に自害を図ったとか、死にたいとか洩らしていて、周りもそれに同調していたとしたらどうかな。手伝わないまでも見逃していたとしたら」

 兵助にはそんな気がしていた。裁かれる前に志のが自分を裁いていたのだろう。自分が元の自分でなくなるのに耐えられないし、周りにも迷惑をかけるとしたら。

「そうかもしれませんね」と平左衛門は呟いた。

 熊蔵は黙っていた。


「春、三十八、下女でございます。あの日最後に昼飯をとったのは弥七さんでした。その後、片付けやらしてずっと台所にいました。

 炊事、洗濯、掃除が仕事です。お仲が裏で物音がすると台所に来ましたので一緒に外へ出ました。倉の前でお菊さんが転んでいましたので駆けつけてそのことを知りました。奥様の姿は見ていません」

「そのことを聞いてまず何を思いました」

「驚いて何も考えられなかったのですが、ああ奥様が亡くなってしまった、と思っていました」

「もう少し詳しく言うとどうですか」

「奥様が時々おかしくなるのは皆知っています。普段はおとなしくて優しい奥様ですが、突然前触れもなく、叫んだり体を震わせたりします。そして男の低い声で何やら訳のわからないことを話し始めるのです。見えないものを見てそれに話し掛けているようにも見えます。しばらく続いてから叫び声をあげて倒れるのです。そのあと気が付くと、もうそのときのことは覚えていないのですが、人を傷つけたり物を壊すわけでもないので、放っておけと旦那様が言われるのも尤もです。そんな奥様がとうとう自分の命を絶ってしまったと」

 お春は目を伏せて袖を当てた。

「するとそんな徴しがあったのですか」

「そういうことではございませんで、気が付かないままになってしまった、ということでございます」

「お医者にはかかっていたのですか」

「それはもう最初のころは何人もお医者さんが来て診ましたが、匙を投げて、とうとうご祈祷までしましたが治ることはなくて最近余計ひどくなったように思えました」

「奥さんはそのことをどう考えていたのでしょう」

「まったく覚えていらっしゃらないのでしょうね。ただ周りの者が不審に思っているのは分かりますし、自分でもご注意しておられるのもこちらにわかります。だから今度のことも自分でお分かりにならないままなさったような気がします」

「なるほど」

 と熊蔵は唸った。筋が通っているようにみえるが兵助はそうではないような気がした。しかし多くの者が納得するだろう。

「ちょっと尋ねたいのだが」と今度は驚かさないように兵助は言った。

「裏の倉に行くには台所の勝手口を使うか表に出て屋敷の脇を通るしか行き方はないのだろう。どちらにしても土間を通らなくてはならない。そうだな」

「はい。ただ庭からは外へでられます」

「裏の庭から外に出るのは木戸を通るのだな」

「はい。そこは生垣になっています」

「お志のは倉にどう行ったと思う」

「はい、台所にはずっと私がいましたから奥様は庭に出て木戸を通られたと思います」

 嘉右衛門の屋敷は広くて、座敷の真中に廊下が通っていて左手裏側の奥に仏壇があった夫婦の部屋があって、向かいの表側に奥から 倅の嘉介、娘のお仙の部屋になっている。お春のいうように、部屋から裏庭に降りて生垣際の木戸を通れば裏に出れる。そこから道ができていて倉や小屋がいくつか見え、坂のその向こうは林になっている

「話は違うが倉は何であんなにばらばらに建っている」

「それは、風水によったと聞いたことがございます」

「どちらにしても一番手前の倉になるな。錠はどこにあった」

「存じません。旦那様が持っておられたと思います。木の板に幾本か下がったものを見たことがございます」

「正気のないものが隠れて錠を持ち出し、腰紐を取り出しそのうえ人目を忍んで倉に行って首を括るというようなことができると思えるのか。まあ、それはいいとして悲鳴は聞いたか」

「悲鳴と申しますと」

「弥助が聞いたというお菊の悲鳴だ」

「はい、それが私には聞こえませんでした」

「確かか」

「はい、間違えございません」

「弥七はそれを聞いて急いで倉に行ったというが、それには気付いたか」

「見ておりませんが、走っていくような物音は聞こえました。それで勝手口から覗こうとしたとき、お仲が急いでやってきたのです。それで二人で外に出ました」

「それではそれほど時間は経っていないということだな」

「はい」

「では、お菊のことを訊く。お菊はお志のを探しに行くと言っていたのか」

「奥様が見当たらないというようなことを言っていましたがどこへ行ったのかは知りませんでした。あの娘はよく気がついて働き者ですが一途で頑張りすぎるところがあります。それで奥様のことも心配していたのだと思います」

「どういうことかな」

「あの、その、先ほど仰った、徴のようなものを感じていたのではないでしょうか。何も言いませんでしたが」

「お志のは度々外へ出歩くことがあったのか」

「はい、外ではないのですが裏の社にはお菊を連れたり、お一人でも出かけていました」

「何を祈るのかな」

「うかがい知れませんが、跡取りのご病状かと存じます」

「そんなに悪いのか」

「胸の病だそうでお若い時からですので」

「奉公して何年になる」

「十二年でございます」

「それでは弥七の事を訊く。弥七は表にいたのか、それとも裏にいたのか、どう思う」

「それは表です。昼の前も後も表の庭を手入れしていました」

「するとなぜ悲鳴を聞いて、勝手を通らないで裏へ行った。わざわざ遠まわりになるのに」

「そうですね」とお春は考え込んだ。

「私の気付かないうちに裏に回ったのですね。弥七さんなら厠の後ろを通れますね、普通は通りませんが」

 そういえば厠に行く嘉介に挨拶したと言っていたので、その近所で作業していたことにはなる。嘉介に会ったのはいつごろだったのだろう。

「弥七も長く勤めているね」

「はい、私が来た時にもう長く勤めていると聞いたことがあります」

「わかった有難う」


「仲、十八、下女です。下働きのほかお嬢さんのお相手をします。あの日もお嬢さんと一緒に、ご本を見たりしてお話をしていました。お菊さんが奥様の事を聞かれて、しばらくしてから外が騒がしいようで、お嬢さんが様子を見てくるように言われるので部屋を出ました。台所へ行ってお春さんと倉の方に行きました。奥様の姿は見ていません」

「食事の後それまでお嬢さんとすっと一緒だったのですね」

「はい、間違いありません」

「お嬢さんはどんな人ですか」

「ご主人のお子様ですが親切で、着物などわけてくださります。お相手して楽しいです」

 座敷に茶を出したお仲は明るい器量良しだが何も関与していない。お仙もそのような娘であるような気がした。

 源之助は用で江戸へ出ていて事件に係われなかった。男の奉公人は朝出て夜帰るきりで当日屋敷に残っていたものはいなかった。


 一日の仕事を終えて家に戻りたかったが、熊蔵と平左衛門を帰し兵助は一人で嘉右衛門の屋敷に向かった。門は閉ざされていたので脇から入った。

 嘉介と話をするつもりだった。

 嘉介は床を離れて机に向かっていた。嘉右衛門は兵助を紹介すると出て行った。嘉介は色の白い細い顔をしている。

「お加減はいかがですか」

「有難うございます。苦しむ程ではありませんがなかなか全快とはいかなくて」

「このたびは母上がご不幸でお悔やみ申しあげます。ついてはその件で皆さんにお話を伺っているのですが、よろしいでしょうか」

「はい、お聞きください」

「それではお亡くなる前の母上のご様子をお聞かせください」

「母は何か思い詰めていたと思います。今までの生活が失われるような、特に私の体のことを心配しすぎて、自分の方がおかしくなってしまいました。そのことが哀しくてなりません。なぜ強く生きてくれなかったのか口惜しいです。母は優し過ぎました。弱くて生きているのに耐えられなかったのです。私も力になれませんでした。それが私の後悔です。母は不安で怯えていました。何か憑依していると言うものがいますが、確かにそう見えるかもしれませんが、それは母が格闘している姿なのです。あの呪文めいた言葉を聞き取ることができたら母は救われたと思います。ただ私たちにはそれを聞く耳がなかった」

「どうすればよかったのです」

「分かりませんでした。慰めても頷くだけで母の心に届きません。それよりも周りの目を気にして段々閉じこもるようになりました。自分を閉ざしていった結果なのです。ただそれによってよく理解できることがあります。

 苦しみや不安についてです。母は一人でないと今は思います。いずれ母は寝込んで死んでいったでしょう。それが良くて自害が悪いなどとは到底思えません。母は死ぬ訳も考えてはいないでしょうし、迷いもなかったと思います。そのとき思い立ちすぐ実行したのです。その前に充分心の準備をしていたのでしょう」

「哀しいことですね。母上は一人だけで出来たのでしょうか」

「相談するということはありません。やはり一人だったのでしょう。それがかわいそうです」

「ところで当日、弥七を見かけていますか」

「庭で木を剪定しているのを見ました」

「いつごろでしょう」

「九つ半頃でしょうか」

「母上には」

「当日朝、挨拶をしましたがそれが仕舞でした。変わった様子もありません。何かご不審がありますか」

「いや、確認です。母上が殺められたということはありませんし、見かけたものがいないか尋ねているのですがそれも見つかりません。これで調べも終りです」

「ご苦労様です。よろしくお願いいたします」

「では失礼します」

 兵助は屋敷を引き上げた。お仙の話を聞く元気がなかった。日は暮れかかっていた。



 ──下鶴間村宿の名主・嘉右衛門の妻、志のは某日午後、不意に思いつき家人に認められることなく裏の蔵に至り、そこで縊死いたしました。そのことで不審のすじはございません。以下医師の所見と発見者等の供述を添えます。以上ご報告申しあげました。


 翌日、兵助と熊蔵の署名をつけ嘉右衛門の判をもらって地頭に送り届けた。


 その後受け取りの書状が届いたきりで、他にはどこからも何も言ってこない。



   この編、完了。





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