憧れのフラミンゴ
僕の好きな動物はフラミンゴだ。憧れているといってもいい。
子どもの頃、テレビで動物番組を見て、フラミンゴは喉の奥でミルクを作り、お父さんでもミルクをあげることができると知った。何ならお母さんより、お父さんの方が赤ちゃんにミルクをたくさんあげると聞いて、すごい! と思ったのだ。
去年、妹が生まれてからお母さんは、お父さんに対してイライラするようになった。
「せめてオシメぐらい見てくれない?」
「今日は、お風呂に入れてちょうだい!」
と小言を繰り返す。そして決まって言う文句がある。
「おっぱいあげるのは、私しかできないんだから」
それを長らく聞いていたので、僕は大人になって結婚したら、ミルクもあげられるパパになろうと誓った。
そんな時にフラミンゴをテレビで見たのだった。
そして僕はフラミンゴ好きになった。
◯
僕は大人になって結婚した。来月、子どもも生まれる。子どもの名前はもう決めている。
楽実だ。
楽しく実りある人生を送って欲しいという意味があるということにしているけれど、実はフラミンゴの名前の一部を入れたかっただけだ。
僕が心からフラミンゴを愛していることを、妻は知らない。だから『楽しく実りある人生』で『楽実』にしたいと話すと妻は「いいね!」と即、賛成した。
だからフラミンゴ要素が入っていることは、墓場まで持っていこうと思う。
そして、楽実は予定通り、フラミンゴのような色に紅葉が色づき始めた季節に生まれた。母子ともに健康だ。
さぁ、いよいよだ。フラミンゴ好きの血が騒ぐ。
◯
僕は積極的に授乳を手伝いたい旨を妻に伝えた。とはいえ僕の体から母乳を出せる訳ではないので、妻に母乳を冷凍保存しておいてもらうことにした。
そうすれば、僕にも授乳ができる。
妻は訝しむ様子なく喜んで賛成した。よし! これでフラミンゴに近づける!
僕は、ほくほくしながら授乳をした。夜中の授乳は交代でした。だから寝不足になった。それでも僕の腕の中で、ごきゅごきゅと力強く哺乳瓶を吸う楽実を見ていると、体が震えるような嬉しさが込み上げてくるのだった。
妻と協力して授乳をし、やがて楽実は卒乳した。その時は嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになった。
そして、僕は次の目標を立てた。それは楽実の一人立ちの練習を一緒にすることだ。
フラミンゴは他の鳥類に比べて足が細いため、体温を奪われないように片足立ちをするのだという。フラミンゴの雛は、両親に見守られながら片足立ちの練習をする。
初めはバランスが取れなくて、すぐに足をついてしまう。でも、少しずつ片足立ちできる時間が増え、大人のフラミンゴと同じように片足立ちができるようになる。
人間は両足立ちだけれど、楽実が自分の足で立つ練習を僕も一緒にしよう。
◯
楽実はつかまり立ちをするようになった。まだ、自分一人の力で立ち上がることはできない。急に手を離して後ろに倒れ、後頭部を打つこともあるから、ヒヤヒヤする。
だから、楽実の小さな手を支え、立たせてやる。重心が前後左右に傾き、尻餅をつく。フラミンゴの雛と一緒だ! フラミンゴの雛と一緒なんて思っていることが妻にバレたら、激怒されるだろう。絶対、フラミンゴのことを口にすまいと誓う。
楽実は少しずつつかまり立ちできる時間が増えていき、手を離して立つこともできるようになってきた。
そして、ついに、その日を迎えた。
ある日曜日の昼下がり。昼食を食べ終え、テレビの前でごろごろしている僕の前に、楽実が座っていた。徐に身じろぎしたかと思うと、足を踏ん張って立ち上がった。
――! !
僕は一瞬、息が止まった。
「立った! 立った!」
叫ぶと洗い物をしていた妻が、何事かとリビングに飛び込んできた。そして、自力で立っている楽実を見て
「らぁちゃん、すごい! すごい!」
と言ってスマホで動画を撮影し始めた。
僕は目標をやり遂げた。フラミンゴにも認めてもらえるくらいイクメンだ。
◯
「パパぁ、この鳥、何ていうの?」
金網に指をかけ向こう側にいる鳥の群れに目を向ける楽実。
「フラミンゴだよ」
僕は嬉々として話す。あれから三年。楽実は三歳になった。卒乳しても歩行が始まっても、僕は積極的に子育てに関わった。フラミンゴにも「お前、やるな」と言われる自信がある。
今日は日曜日。妻と楽実と三人で初めて動物園にきた。園内入ってすぐにフラミンゴの飼育エリアがあった。この動物園では今年、雛が生まれたらしい。
目を凝らして見ると、赤い群れの中に小さな灰色の羽毛が見える。雛だ。
「楽実、見て。あそこに赤ちゃんがいる」
楽実を抱きかかえ雛を見せる。
「ちっちゃーい!」
楽実は目を丸くする。
フラミンゴのおかげで、僕は今、幸せだ。
読んでいただき、ありがとうございました。