弓士モルトは命賭けでももふもふしたい
Cランク冒険者パーティー蒼剣の誓い。
近頃は冒険者の仕事よりも休息宿ラブホテルの用心棒としてラブホテル内に引き籠っている事の多い彼ら。
巷では“もう冒険者廃業するんじゃねぇの?”なんて事をまことしやかに囁かれる彼らだが。
今はあくまでも充電期間である(外の世界に電池は存在しないがアイトが何度も充電期間冒険者と言うので覚えてしまった)。
そんな蒼剣の誓いの中でも最も地味で目立たない地味な男。
地味過ぎてこれまで気にした事がないし、最早アイトに存在すら忘れられているのではないかと疑惑の上がる地味な男。
冒険者としても縁の下の力持ち的なポジションにおさまり、目立った活躍はあまりしない地味な存在。
蒼剣の誓いで弓士を務めるモルトは今。
アイトからの特命でダンジョン内のシークレットエリアを訪れていた。
ここはラブホテルにとって、アイトの管理するダンジョンにおいての最重要エリアと言っても良い階層。
ダンジョン内のあらゆる物を作り出し生み出す元となるダンジョン力を永続的に生成し続ける、ダンジョン力生成階層だ。
どうしてそんな重要な場所に地味なモルトが立ち入っているのかと言うと。
数日前。
モルトは強い決意を秘めつつも、とてもスッキリした顔で自室を出た。
蒼剣の誓いは各自に寝泊りする客室が与えられているので自室を出るとエントランスとなる。
自室を出たモルトは一直線にフロントにいるエマの所へ行って。
「オーナーさんに取次ぎをして貰いたいのだが可能だろうか?」
アイトと話せないかとエマに問い合わせる。
エマが内線を繋ぐと『え?モルトって誰だっけ?』とか言ってあんまり認識されていなかったので「蒼剣の誓いの最後の一人です」って説明をして。
アイトは『え?彼らってトリオじゃなかった?ピアノとベースとドラムでしょ?』と何故かピアノトリオとして認識していたのを。
エマが「カスタネットもいるんですよ」と、意味はわからないが何故だか少し馬鹿にされている様な気になる説明をして。
『ああ!カスタネットね!いたね!紐の外れたカスタネットの彼ね!』と、それは最早単なる二つの円盤ではないかとツッコミが入りそうな内容で納得して。
漸くモルトの話を聞く事に決めたのであった。
そして受話器を受け取ったモルトは。
「俺にワンポちゃんの世話係をさせて下さい!」
自薦だった。
特命ではなく思いっきり自薦だったが。
ワンポはダンジョンマスターで主人のアイトよりも、外の世界から来たりしハーフエルフのエマに懐いているフリーダムモンスターわんわんおである。
しかしエマは朝の7時から夜の7時までラブホテルのフロントで仕事をしていてワンポは構って貰えない。
その代わり夜の7時から朝の7時まではベッタリなのだが。
それ以外の時間は基本小屋で寝ていて、時々フロントやマスタールームに撫でくり回される為に現れるだけである。
であれば蒼剣のカスタネット担当が相手でも暇をしているよりは良いかと考え。
アイトはモルトの願いを承諾したのであった。
モルトがシークレットエリアに転移すると、ワンポは犬小屋から起き出してモルトへと駆け寄って。
モルトの尻に齧り付いた。
これは正に。
おしりかじり犬だ。
ワンポにとっては猛烈に手加減した甘噛みなのだが。
普通に地味な人間であるモルトにとっては猛烈に痛みを伴う甘噛みである。
だってワンポはサタンウルフという3m級の激ヤバモンスターちゃんだ。
人間なんて一瞬で食い殺せちゃうモンスターの甘噛みだなんて激痛が走るに決まっている。
しかしモルトは動じない。
動じないどころか、ちょっと表情がにやけていて気色悪いぐらいだ。
「ワンポちゃんは今日も元気だなぁ」
にこやかにそう言っておしりかじらな犬になったワンポをわしわしと撫でる。
ワンポは撫でられる事が大好きだ。
長い毛並みのもふもふした体毛を撫でてやると、ゴロンと転がって腹を見せる。
そして腹を撫でてやると嬉しそうに楽しそうに、擽ったそうに体を捩るのだ。
暫くもふもふしているとワンポは起き上がって遊んで遊んでとモルトにじゃれつく。
これも大分手加減はしているものの、普通にザックリ傷が出来るぐらいに爪が刺さる。
3m級のわんちゃんなので傷がでかいし深い。
しかしモルトは動じない。
動じないどころか、もっと欲しいとさえ思っていて気色が悪い。
あまりじゃれついてばかりいると失血死してしまうので。
モルトは得意の弓を出してワンポと遊んであげる事にする。
弓を出すとワンポはじゃれつくのを止めて。
番えた矢の方向に体を向けた。
弓を目一杯引き絞り。
モルトが矢から手を離すとビュンと風切り音を鳴らして猛烈な速度の矢が放たれた。
ワンポは猛烈な速度で放たれた矢を追い掛け。
「うぉん!」
ジャンプ一番、見事に矢を口でキャッチしてモルトの所に帰って来た。
「よしよしよし!凄いねぇ!良い子だねぇ!可愛いねぇ!」
モルトはワンポから矢を受け取ってもふもふのワンポを撫でくり回す。
ワンポは体力が文字通り無尽蔵なのでもっともっととせがんでくるので。
モルトもワンポの求めに応じて何度も何度も矢を放つ。
因みにモルトの使っているこの弓。
ワンポの走る速度に合わせて作られたコンパウンドボウである。
ワンポの最高速度は光の速さを超える。
これはアイトが言い出した比喩表現であり、実際に光よりも速い事は有り得ないのだが。
まだラブホテルとして営業を開始する前に全員で鬼ごっこをした時。
最初の鬼になったワンポが30秒待ってからシュリンプピンクオーガにタッチした時の速度はアイトの目で追えない程の速さだった。
F1カーとかリニアモーターカーとかそんなレベルじゃない。
一瞬消えて、現れるみたいな速さだったのだ。
因みにそんな速さでタッチされたシュリンプピンクオーガは。
顔に餡子が詰まったヒーローにでも殴られた様に凄まじい飛距離を記録していた。
その後シュリンプピンクオーガが後頭部を擦りながら“いやぁ、ちょっと遠くまで飛ばされちゃいました”とでも言っているみたいな軽い調子で帰って来たのが不思議なぐらいである。
そんな走行速度を誇るワンポだけに、ある程度は張り合いのある速度を出せないと8時間も経たずに飽きてしまう。
その対策としてアイト謹製のオリハルコン製コンパウントボウが遊具としてモルトに進呈されたのであった。
進呈はされたがダンジョンの装飾扱いとなるので例によって外への持ち出しは不可。
ついでにダンジョンモンスターへのダメージは与えられない仕様になっている。
モルトが普段使っている弓はロングボウである。
アイトから渡されたコンパウントボウは扱い方が異なるのでロングボウを扱う技術に狂いを生じさせる可能性は大いにあるだろう。
しかしモルトはコンパウントボウで矢を放つ。
今のモルトには冒険者としての腕よりもワンポのお世話係としての腕を上げる方が重要なのだ。
だってこんなにもふもふして可愛いわんこと触れ合える機会って無かったんだもの。
外の世界のもふもふって大体襲って来るから死に物狂いでもふもふするしかないんだもの。
もふもふ狂いのモルトは、楽しそうに幾度となく矢を放ち。
慣れていないので時々手元を狂わせて悲しきミステリーサークルに撃ち込んで数体の犠牲者を出す事となった。
しかし死んでもダンジョンに吸収されてダンジョン力へと変換されるのだから安心である。
その後、時々ワンポが途中退席する事はあったが日暮れまでたっぷり遊んで去り行くワンポを見送ったルイス。
ルイスは今、人生の中で最も充実した時間を過ごしていると心底幸せな時間を噛み締めて。
部屋に帰って獣〇モノを見て一人遊びに耽ったのであった。
アイトが独自調査したワンポの好きな外の人間ランキングによると。
ラブホテルに住む人間たちの中でモルトの順位は現在最下位である。
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作者のモチベーションを上げるなら数字が一番だって昔どこかの偉人が言ってた気がする。
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