商人娘とその恋人は愛の巣をつくりたい①
ここは休息宿ラブホテルが去った後のヤーサンの街。
タスケが商会長を務めるテーラ商会では彼の妻であるバルバラの指揮の下、エライマンへの本店移転準備が進められていた。
元々ヤーサン独自のみかじめ料なる集金が固定額から利益に対しての割合額に変更されると通達があり、ヤーサンを本拠地とする旨味が無くなっていた。
そこへラブホテルの移転となったのだから、作物の取引をラブホテルとしているテーラ商会の移転は避けて通れなかった。
今更前の生活には戻れないし。
まだまだ自分をピッカピカの艶っ艶に磨きたいし。
ラブホテルに通わないと美を維持する事も難しいし。
完全にラブホテルに依存しているし。
バルバラはラブホテルが無いと生きていけない体になっていた。
テーラ商会はヤーサンで一番の商会だった。
そんな商会が出て行くのだから住民への影響は大きいだろう。
今まで商会を支えれくれた住民達を袖にして街から出て行くのはあまりにも不義理ではないかと思われるだろう。
しかし、それについても既に手は打ってある。
と言うか手が“打たれてしまった”。
「貴方達は本当にヤーサンに残るのね?メアリーは本当にそれで良いの?」
「こんなチャンスは中々訪れないと思いますから。それにヤーサンの人達には良くして貰いましたし」
「もう決めたの。エリックの事は私が支えていくって。それにテーラ商会の商会長の娘がいた方が商売も何かと都合が良いでしょう?口煩いパパからも解放されて、二人で伸び伸びと商売していくわ」
テーラ商会の本店が移転する話になった時、ヤーサンに支店を残すという選択肢もあった。
これまでと同じ様にとはいかないが、今まで贔屓にしてくれた住民への影響が少なくなる様に。
儲けが出ないか、若しくは多少赤字になったとしても情勢が落ち着くまでは営業を続けるつもりではいた。
今後の情勢は確実に変化していく。
だってラブホテルが無くなったらついて行く者が多発する可能性が超絶的に高いのだから。
まず冒険者は多くがヤーサンからエライマンに拠点を移すだろう。
ギルドマスター夫妻も下手をしたら思い切る可能性はある。
冒険者は定食屋と酒場と宿屋。
それから武器防具屋から市場の屋台に至るまで街での売り上げに大きく貢献している。
ここがごっそりと抜ければ商売あがったりとなって、ヤーサンを離れる店も出て来るだろう。
そうなれば不便になったヤーサンから後追いで出て行く住民も出るかもしれない。
他の街へ移り住むのはそう簡単に出来る事では無いが、やる気次第ではどうとでもなる。
そんな危うい状況にあるヤーサンなので、多少赤字を被ったとしても今まで世話になった住民を支えようと考えてはいたし。
商会主のタスケもそれを選択肢の一つとして持ってはいた。
しかしタスケとバルバラの娘メアリー。
そしてメアリーと恋仲にあるエリックが、これを勝機の商機と見てテーラ商会から独立すると決めた。
街で一番の商会であるテーラ商会が撤退した後にエリックの立ち上げる商会が収まれば。
若かりし頃にタスケが成功したのと同じ様にヤーサンでの成功を収められるだろうと考えたのだ。
メアリーはタスケがエリックとの交際を良く思っていないのを知っているし、商会を立ち上げるエリックを支えるのは自分しかいないとヤーサンへ残る事を決断。
タスケには一言の相談も無しで強硬する腹積もりである。
留まるタイプの。
新しい形の駆け落ちである。
本来の駆け落ちと違って何処にいるかは直ぐにバレるのだが。
エリックが商会を立ち上げるということで、テーラ商会はヤーサンからの完全撤退を決めた。
半端に営業を続ければエリックの商売の邪魔になるからだ。
テーラ商会所有の本店の土地と建物はメアリーの所有としてエリックの商会で使える様に残した。
二人が結婚する時にタスケを交えて話し合いをし、エリックの名義に変える約束をして。
こうしてテーラ商会はヤーサンから撤退。
エリックはテーナ商会という非常に紛らわしいタイプのバッタものみたいな商会を立ち上げて商売を開始したのであった。
「まさかこんなに早くメアリーと二人っきりになれる機会が訪れるなんてな」
「そうね。ラブホテルには沢山感謝しないと。パパの所にいたら、きっといつまで経っても結婚なんて出来なかったもの」
「ははは。タスケ商会長はメアリーを溺愛してるからな。まあ商会長は当分エライマン領から出られないだろうし、その間に商人としての実績を残して正面からメアリーを下さいって結婚のお願いをするよ」
「私はこのまま既成事実を作っちゃうのが良いんだけどな。子供が出来たら強情なパパだって許してくれるんじゃない?」
「それは流石にな。商会長には育てて貰った恩義があるし、そこだけは筋を通したいんだよ」
テーナ商会の執務室。
数日前まではタスケが使っていたその部屋で、エリックとメアリーはベッタベタにくっつき合ってイチャコラしていた。
既に商店の営業開始時刻は過ぎている。
しかし店はヤーサンに残る事を希望した元テーラ商店の従業員を雇って任せているし。
仕入れは今までテーラ商会が取引していた取引先との関係をそのまま引き継いでいる。
タスケの娘であるメアリーが興した商会だと対外的に思わせているのも大きい。
だってこんなに似てる名前で同じ場所に店を構えて全くの別人が商会長をやってるとは思わないもの。
取引先としては今まで通りの卸値で取引がされるのであれば一応は問題が無い。
メアリーが関わっているのは事実であるし、メアリーはタスケに溺愛されているのでそれなりの金も持っている。
なので暫くの運転資金に困る事は無い筈だ。
テーナ商会の方針として。
テーラ商会時代の商売を引き継ぐ事で今まで通りに商売が行われ、金が入って来るシステムが既に構築されている。
だからエリックは別に何か手を加える必要は無いと考えていた。
勝ちが決まっている商売に余計な手を加えて売り上げを落とすなんて愚かな真似はしない。
それで今までと同等の売り上げが見込めるだろうと。
エリックはそう高を括っていた。
そしてテーナ商店の開店から1週間経ち。
エリックとメアリーの二人は相変わらず執務室でイチャコラしていた。
どれだけお互い好き合ってるんだってぐらいイチャコラしていた。
1秒だって離れたくないとか言ってトイレにまでついて行っちゃうぐらいにイチャコラしていた。
寝起きのチュー。
おやすみのチュー。
食前食後のチュー。
仕事チュー。
四六時チュー。
トイレチュー。
唇が接触している時間と接触していない時間がピッタリ同じになるくらいに唇を重ね合って。
二人とも一週間前と比べてたらこ唇になった印象すらある。
どれだけ今まで抑圧されていたんだと。
付き合いたての中学生かと。
最早異常とも思えるキスの嵐の中。
「売り上げが落ち込んでるな」
エリックは木札に書かれた売上報告を見てボソッと呟いた。
テーナ商会の昨日の売り上げはテーラ商会だった頃の平均から半分程にまで落ち込んでいる。
「偶々じゃないの?ねぇ、もっとチューしましょうよ。チューだったら幾らしたって赤ちゃんは出来ないんだから」
「ああ、、、」
メアリーは楽観的であるのだが、エリックはこの状況を流石に拙いと考えていた。
同じ立地で同じ商品を並べて売り上げが半減するのは流石におかしい。
エリック自身が執務室に引き籠らずに街へ出て市場調査を行っていたならば結果は変わったかもしれない。
エリックとメアリーが店に顔を出して訪れる客と顔を合わせていたならば結果は変わったかもしれない。
しかし二人きりになれた事に浮かれて引き籠ってしまった事で今回の状況を作り出してしまった。
既にエライマンに向けた冒険者達の大移動は始まっていて。
更にはテーラ商会のあった店舗に入ったテーナ商会が胡散臭いだなんて噂話が流れていた。
テーラ商会の名前を騙った怪しい店なのではないかと。
噂を流したのはヤーサンにある別の商会なのだが、店員に見覚えはあるもののヤーサンの住民に顔と名前を良く知られているタスケとミキャエラの姿が見えないし。
娘のメアリーの姿も見えない。
誰かが反論をして訂正する訳でも無い。
メアリーが少しの時間でも店に顔を出していれば話は違っただろう。
それがタスケの傍について仕事を手伝っていたエリックだったとしても話は違ったかもしれない。
しかし二人が執務室に引き籠ってイチャコラしていたせいで、根も葉も無い噂が否定される事無く広まってしまった。
テーナ商会で雇った従業員はあくまでも木っ端従業員だ。
優秀な従業員は皆ミキャエラについて街を出てしまった。
そんな木っ端従業員に店を任せてお前らは何をしているのだという話なのだが。
店に並んでいる食材は何日も前に仕入れた物であり。
新鮮な食材は倉庫の方に溜まっていく。
掃除が行き届いていないので店内は以前の様な清潔さが無く。
葉野菜についていた虫がそこらを歩いている様な状態だった。
誰も指示を出さないのだから、店の管理が行き届かないのは必然だったかもしれないが。
三日後、何か原因があるのだろうと考えて執務室を出たエリックは漸く店へと顔を出し。
「なんじゃこりゃあ!」
荒れに荒れた店内を目の当たりにしたのであった。
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