ラブホテル観光ベリーグッドツアー
「終始誰一人としてボケてないじゃない。これじゃ笑いの成分が全然足りてないよ。やっぱり俺が台本を書いて渡しておくべきだったか」
見てた。
アイトはエライマンの街で開催され、大盛況の内に終わった大抽選会の模様をマスタールームで見ていた。
とは言っても会場で撮影された映像を再生しているのでリアルタイムで見ている訳ではないのだが。
「やっぱりパッと見は普通で真面目に進行してるフォルカー君が、ふと後ろを振り向いた時に尻が丸出しになってるみたいなクラシックな演出が必要だったよな。迫真の司会進行から不意に見せる尻ボケの緩急。絶対にウケたよな。絶対にウケたよ」
観客の爆笑を確信している様子でうんうんと頷くアイト。
アイトがどうして大抽選会の映像を入手出来ているのかと言えば。
デジタルビデオカメラと言うアーティファクトを作ってスミスに撮影を依頼したのだ。
そして外の世界には存在していないデジタルビデオカメラをスミスは見事に使いこなして大抽選会の様子を撮影してみせた。
それを鑑みてアイトは。
備品としてデジタルビデオカメラを置いたハ〇撮り部屋の実装を心に決めたのであった。
大抽選会から3日後。
エライマン伯爵邸の中庭には抽選に当たった20名と同伴者1名ずつの計40名が集まっていた。
普段伯爵邸を開放するする事はまず無いので、この中庭に入れただけでも平民にとってはプレミアムな体験である。
そして領主のフォルカーが屋敷から現れると更に熱が高まる。
「エライマン伯爵領の民達よ。よく集まってくれた。今日は休息宿ラブホテルでの素晴らしい体験を心ゆくまで楽しんで欲しい」
フォルカーは民からの信頼が熱い大人気領主様である。
そんなフォルカーから直接掛けられた言葉は、皆を一様に感激させた。
今日のツアーに関して、フォルカーの役目はここまでである。
フォルカーは最近ちょっと燥ぎ過ぎて結構な量の書類仕事が溜まっている。
これ以上燥いでいたら忠臣である側近にも流石に怒られる。
どれだけ心酔していたとしても怒られる。
絶対に怒られる。
だからフォルカーは“今日まで燥いで明日から仕事すれば良いじゃん”の精神を強靭なメンタルで捻じ伏せて執務に励む事にした。
夜は11番目の側室と励むんだけれども。
ワンチャンス12番目の側室とも励むんだけれども。
フォルカーは念願のマカマカテラックスを無事処方されたのだ。
フォルカーのフォルカーは朝から元気イッパイである。
そんな元気イッパイのフォルカーに見送られ、40人は伯爵家が所有する馬車に乗ってラブホテルへと向かった。
この馬車を使っての移動というのが、実を言うと抽選会参加への呼び水となっていた。
アイトは“休息宿ラブホテル日帰り無料観光ツアー”の企画をその場のノリでぶち上げた時にラブホテルを無料で利用出来るだけでは現状訴求力が弱いと考えていた。
ヤーサンでラブホテルを開店した時にもそうだったように、得体の知れないピンクの塔に訪れようと思うのは命知らずな冒険者達ぐらいなのだ。
だから一人遊びが蔓延して、2人利用が流れに乗るまでには多少の時間が掛かった。
ヤーサンとエライマンでは住む人間の性質が違うだろうが、危険かもしれない場所に行くのは例え無料だったとしても尻込みする者は多いだろう。
領主が安全だと発表したならば大きな効果は見込めるだろうが。
様子見に徹する者が出れば群集心理として参加者が伸びない可能性は充分にある。
そこまで考えた上で、アイトは。
「だったら普段乗れない特別な乗り物で来れば良いんじゃね?」
と唐突にはっきりと口に出して言って。
「普段使いの馬車とかいっぱいあるんじゃないの?奥さんいっぱいいるんでしょ?」
とフォルカーに問い質して伯爵家の紋章が入った馬車でラブホテルへの往復を送迎するプランを提案した。
フォルカーとしてもそれで民が喜ぶのならと快諾したのだが、この作戦が当たった。
エライマン伯爵家の馬車はエライマンに住む民からすれば街で見掛けるお馴染みの馬車だ。
フォルカー自身や妻や側室、息子娘の利用する馬車は、家族の人数が多い事もあってそれなりの頻度で街中に登場する。
民達は馬車を見掛けるとそちらへ向かって手を振って。
馬車に乗っている伯爵家の人間が笑顔を向けて手を振り返し。
時には興奮し過ぎて失神する者が出て来る程。
そんな憧れの領主家族が乗っている馬車に自分が乗れるチャンスがあるのだとしたら。
民が大抽選会の参加受付に長蛇の列を作るのは必然であった。
エライマン家の騎士や兵士達によって護衛され、馬車に乗って街中を通れば。
まるで自分達が貴族にでもなった様な夢心地であった。
大抽選会が大々的に行われていたのもあって、参加者や観客だった者達は羨望の眼差しを向けている。
またいつか機会があるならば次こそは、と決意を固める者。
馬車の中はお貴族様の良い匂いがするんだろうなぁと羨ましがる者。
俺だったら座席に頬を擦り付けてスーハ―スーハーするんだけどなぁと考えるクンカクンカ民。
馬車は当選者一行を気持ち良くさせながら街中を抜けて。
魔物に襲われる危険も無く休息宿ラブホテルへと辿り着いたのであった。
「オーライ。オーライっす。ストップっす。駐車が済んだら全員塔の中に入って欲しいっす」
ラブホテルの外で一行を待ち受けていたのは元冒険者で現プロゲーマーのミーアだ。
恐らく外の世界に住む人間の中で最もゲームが上手いので、先日アイトからプロゲーマーの称号を賜った。
因みに30日間で銀貨1枚の手当も出るので立派なプロゲーマーである。
今のミーアはアイトが作ったベネチアンマスク風の仮面を身に着けている。
アイトは従業員の顔バレにはちょっと煩いのだ。
本来であれば昼の時間はエマが対応する事になるのだが、エマはすりガラス越しでないと人見知りを発動して上手く喋れない。
だから今回はミーアと代わっている。
そもそも元冒険者で対人スキルが高いミーアの方が明らかに適任なので、確実性を求めたアイト監督の采配でもあるのだ。
騎士と兵士、馬車から降りた40人はミーアの先導でラブホテルへと入り。
通常のフロントとは異なる広めの空間へと転移した。
この場所はフロントをデザインそのまま空間だけ広くしていて。
アイトが今回のイベント用に作った部屋である。
「お越し頂きありがとうっす。ここは休息宿ラブホテルの受付っす。本当はもっと狭いんすけど、この人数だと全員入れないんでオーナーが皆さんの為に急遽作ったっす。5分ぐらい時間を取るから好きに見てくれて良いっす」
ラブホテルの中に入った兵士と当選者達は圧倒されていた。
何なんだここはと。
美しいピカピカの床。
凄まじく煌びやかなシャンデリア。
天井や壁には汚れの一つも見えない。
曇り一つ無いガラスと逆に完全なまでに曇っているガラス。
そして最も気になるのは。
「あ、やっぱりそこが気になるっすよね。それはラブホテルの客室の絵っす。本当は絵じゃなくて写真なんすけど、絵だと思ってくれて良いっす。5分経ったら料金システムとそれの使い方について説明するっすよ」
フロントから見て正面。
入口横の壁に新たに作られたのは“ラブホテルと言えばこれ!”と思い浮かべるであろう客室の写真が写った例のパネルだ。
上からランクS、ランクAと写真の写ったパネルが並び。
一番下の列がランクEの客室となっている。
写真の下には休憩2時間と宿泊の料金が記載した金色のプレート。
その横に利用する客室を決定するボタンがある。
今後、特に常連と不倫や浮気などであまり人と顔を合わせたくない者はフロントで受付をせずにこちらで客室を選んで部屋へと転移する事になるだろう。
そんなパネルの中には、見た事も無い絶景が描かれた絵も混ざっている。
庭園や海や夜景。
美しい花々で飾られた部屋。
しかも絵と言うにはあまりにもリアル過ぎる。
外の世界には写真が無いから、皆絵として認識しているだけなのだが。
数人はシャンデリアや床に興味を持ったが、多くの者は例のパネルの前に集まった。
そしてその内の一人がパネルに手を伸ばすと。
パネルに指が触れた瞬間に別の写真へと切り替わった。
アイトは前世のラブホテルにあった例のパネルを真似るだけでなく。
パネルに触れる事で客室内の他の写真に切り替わる仕組みへと変更していた。
パネルに触れてしまった者は、絵が別のものに変わってしまった事に罪悪感を覚えたが。
「あ、それ仕様だから大丈夫っすよ。後で説明しようと思ってたんすけどね。その絵に触ると客室内を写した別の絵に切り替わるんすよ。他の人も触ってみると良いっすよ」
ミーアの説明にパネルに触ってしまった者は安心すると共に。
パネルの前に集まっていた者も。
他に目を向けていた者も集ってパネルを触って遊び始めた。
手で触れると絵が別の絵に切り替わるなんて、こんな珍しいもの他では見られない。
これには護衛でついて来た兵士達まで混ざって、ミーアは10分程待ちの構えを取る事にした。
早く終わらせてゲームをやりたいとしか思っていなさそうなミーアにしては意外な判断だ。
騎士達はフォルカー達の護衛でラブホテルに来ていたので、その時に見て知っているのだが。
それでも毎回驚かざるを得ない技術である。
「そろそろ説明を始めるっすよ。まず料金システムっす。休息宿ラブホテルは普通の宿と違って休憩と宿泊の二種類の利用方法があるっす。休憩は朝7時から利用出来て最終受付が午後の5時までっす。午後6時以降は宿泊になるっす。宿泊の料金は休憩2回分で朝7時まで利用できるっす。後はそのパネルの使い方っすけど、、、」
ミーアの説明で参加者達も兵士もラブホテルの利用方法を理解していく。
やはり対人スキルが高くて頭も要領も良いミーアを充てたのは正解だった様だ。
アイト監督のファインプレーである。
今回の企画は実の所、新たに導入したパネルの使い方を周知させる狙いもあった。
ある意味で言えば勉強会みたいなものだ。
この場でパネルの使い方を覚えた者は、街に帰ったらあの塔には世にも美しい絵があって触ると別の絵に切り替わるんだと自慢気に話をする事だろう。
そしてミーアが彼ら彼女らにした説明をまるで自分が考えたかのように語り出す。
話に興味を持った者はラブホテルを訪れて例のパネルを使って客室を利用する。
そして今度はその者がパネルの話を他の者へと広めるのだ。
あまり娯楽の無い世界で、こんな面白い物があったなら自分も使って他の者に自慢したいと考えるだろう。
その永久サイクルに入ってしまえばパネルの使い方は勝手に周知されるし、ラブホテルの知名度も上がって完全勝利である。
実際にこの作戦が功を奏してヤーサンの時よりも時間が掛からずにラブホテルが繁盛するようになるのだから、アイトの企画力も侮れない。
「わっはっは!俺は天才だからな!」
「流石はマスターです」
こうやって直ぐに調子に乗るから本人には言わない方が良いのだけれど。
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